佐鳥先輩のへっぽこ第六感は絶対にあたらない、と思っていた

さやあくた

我が文芸部では散歩が許されている

「むむむ、今日は雨が降る。私の第六感がそう告げている……!」


佐鳥さとり 先輩、またそれですか。

 この前も同じこと言って、雨なんか降らなかったじゃないですか」


「いーや今日は降るね! 田中君、傘持っていこう傘!」


「はいはい」


 晴れた日に傘を持ち歩くなんてバカバカしいとは思う。

 けれど佐鳥先輩の『第六感』が発動したら最後、

 従わなければこの先輩はテコでも動かないんだから仕方がない。


「むむむ、今日はこっちの道を行こう。あっちの道はイヤな予感がする……!」


「どっちに行ったって同じですよ」


「油断しちゃダメだよ田中君……!

 あっちの道に進んでいたら、私たち今頃お陀仏 だぶつだよ……!」


「そんなはずないでしょ」


 我が文学部では、アイデアに行き詰ったときの散歩が許されている。

 佐鳥先輩は机に噛り付いているよりも、歩いた方が調子がいいタイプの人だ。

 だからしょっちゅうフラフラと部室から出て行ってしまう。



「むむむ、あっちに可愛い猫がいそうな気がする……!」


「ここらへんには猫もけっこういますからね」


「かわいいモフモフ猫ちゃんに大歓迎されちゃうね……!」


「騒がしい人には懐かないらしいですよ」



 路地を進んでも、けっきょく猫とは合わなかった。

 ここらへんでも沢山見かけるのになあ、猫。

 先輩の第六感はとにかくへっぽこなのである。



「むむむ!」


「今度はどんな第六感です?」


「田中君、聞こえるでしょ? 焼き芋屋さんの屋台の声が……!」


「はい、聞こえますね。焼き芋食べたいんですか?」


「くぅ、逆だよ……! 私ダイエット中だから、焼き芋屋さんがいない道を通ろう!

 見ると食べたくなっちゃうから……!」


「なるほど、で、どっちに行きましょうか」



 行く手がちょうど二股の分かれ道になっている。

 この道のどちらかを進むと、焼き芋の屋台に鉢合わせすることになってしまう。

 どちらに進むかによって、運命(佐鳥先輩の体重)が変わることになるだろう。

 非常に重要な分岐点なのである。



「むむむ……! 右! 右、だと思うけど……参考までに聞くんだけど、田中君はどっちだと思う?」


「佐鳥先輩が選んだ逆の道です」


「はーんっ?? 言ってくれるね、こんなにふざけた後輩は初めてだよっ……!

 右……! 右に行けと私の第六感が告げているからね……!!」



 雨が降る気配もなく、ほとんど杖と化していた傘で右側の道を指し示すと、佐鳥先輩はずんずんと進んでいく。

 進んだ先には、予想通りに焼き芋の屋台があった。

 やはり先輩の第六感はへっぽこである。



「繁盛していますね。おいしいんでしょうね」


「むむむ、私の第六感が、あそこの焼き芋はおいしいと告げている……

 でも、ダイエット中だしなぁ、はぁ……」



 第六感ではなくても、美味しそうなのは伝わってくる。

 焼き芋の甘い匂いが風に乗って流れてくるのである。

 佐鳥先輩のお腹が「ぐううううう」となってしまったのも、仕方がないことだ。



「はう! う、うううう……!」


「はぁ、泣かないでくださいよ。半分ならいいでしょう? 俺、買ってきますよ」


「な、泣いてないよ……! い、いけないんだー、部活中に買い食いするなんて、わるい後輩だー」


「あ、はい、先輩はいらないんですね」


「いや、先輩として一応言ってみただけだって……!

 食べるよ……! でも私、お金持ってないし……」


「今度ジュースおごってください。それでチャラにします」


「よし、交渉成立。それじゃあ田中君、早く買ってきて……! おなかが、へって、死にそうだから……!」


「はいはい」



 焼き芋の屋台には近所の人々が数人の列を作っていた。

 今はちょうどお腹がすく時間帯なのだ。

 大中小のサイズの中から、中の焼き芋を選んで買った。



「んーおいしいねー! 生き返るー! いやー、いい後輩を持ったもんだっ」


「こぼさないでくださいね、先輩、食べるときも無駄にアクティブですから」


「ハイハイ、田中君はお母さんみたいだね」


「いいえ滅相もない」


「なんだかんだ私の散歩にもついてきてくれるしさ。焼き芋も買ってきてくれるし。

 むむむ……!」



「なんです? また第六感ですか?」



 先輩の『第六感』は本当に当たらない。当たった試しがない。

 本当の本当にへっぽこなのだ。

 これから先も、先輩の第六感が当たることはないのだろう。

 俺は焼き芋を頬張りながら、コツコツと傘を杖にしながら歩いていた。



「田中君、私のこと、大好きだね……?」



 俺は立ち止まって、先輩の顔を信じられないものでも見るように眺めた。

 


「やだな、冗談だよ、冗談」



「……驚きました」



「え?」



 先輩の第六感も、当たることがあるんだな、って。

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