第2話 電光石火

「待て!」


 あたりにびりびりと響くような大声で思わず俺はびくっとする。


「なんだあ……?」


 そう言って隣を見ると夕映も驚いているらしく目が丸くなっている。


「なんだ?」

「なんだお前は?」


 通りから一人の男が姿を見せた。

 背が高く制服の上からでも筋肉質なのがわかる少年だった。

 暗くなってきたのでよく見えないが、制服には見覚えがあった。


「夕映。あれうちの高校の制服じゃないか?」

「ああ……」


 チンピラたちもよく見ると制服をだらしなく着ているが高校生のようだ。

 急に現れた少年をじろじろと見ている。


「お前たち恥ずかしくはないのか!」


 少年が一喝いっかつした。


「はあ?」

「なに言ってんのこいつ」


 チンピラたちは小馬鹿にした様子で少年を見る。


「俺は恥ずかしくはないのかと言っている」


 少年は一歩前に出た。


「三人がかりで一人に対峙たいじしなければいけないほどお前らは弱くて臆病者おくびょうものなのか。そんな卑怯ひきょうなことで恥ずかしくないのか」


 堂々とした立ち居振る舞いは高校生とは思えないほどだった。


「いや、俺一応警察官なんだけどね」


 安斎がそう言うと少年は大きな声で言った。


「なんとお巡りさんだったか!お仕事お疲れ様です!」


 その声もでかい。

 すっかり無視されているので呆気にとられるのを越して気分が悪くなったのかチンピラが言った。


「なんだこのうぜえやつ」

「やっちまおうぜ」

「待て」


 中の一人が前に出た。


「こんなやつ俺一人で十分だ」


 さっき大風を起こしたやつだ。

 大声の少年も長身だが、それよりもでかく重量がありそうだ。

 どうする。

 俺はそう思った。

 一緒に出て加勢をするべきだろうか。

 自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。

 緊張しているのが自分でもわかった。

 冷や汗が背中に垂れて気持ちが悪い。

 すると、夕映が背中をポンとたたいて首を振った。

 しばらく様子を見ようということだとわかる。


「やっと一人出てきたな。お前の相手は俺で十分だ」


 少年は胸を張って安斎の前に出る。


「ちょっと君……」


 安斎はそう言うが少年に気にした様子はない。


「なに、すぐにすむ」

「すぐにすむのは……」


 でかいチンピラが拳を振り上げた。


「こっちのほうだ!」


 それを少年が避ける。

 いや、避けた?


「ふむ」


 少年は横にわずかにそれてうなずく。


「なかなかに早い。いい拳だ」

「こいつ」


 大男が拳を再びくりだす。

 それをまた少年はよけた。

 それを数回繰り返す。


「なんなんだこいつは……」


 大男の息が切れてきた。

 対して、少年はまったく平気といった顔で余裕の笑みすら浮かべてみせる。


「そら、どうした。もう終わりか?」

「この野郎こっちが軽く見てやったら……」


 風が渦巻く。


「危ない!」


 そう言って安斎が少年に体当たりした。

 その横を風がすり抜ける。


「あれ……」


 安斎があたりをキョロキョロと見回している。

 それもそのはずで俺も目を疑った。

 一瞬の間に安斎は離れた位置の壁に押しやられていた。


「すまない、お巡りさん。でも加勢はいらない」


 対して一瞬の合間に少年はまた大男の前に立っていた。


「なに……」

「は!」


 気合の声を上げると少年は拳をくりだす。

 重たい打撃音があたりに響く。

 負けじと大男も拳を返した。


「そうそうそうでなくてはな!」


 どこか嬉しそうに少年は言った。


「男同士、拳で語り合えるのはいいものだ」


 最初は圧倒していた大男だが少年のほうが小回りがきくからか、もともとの体力の差からか徐々に劣勢になってきた。


「このクソがあ!」


 我慢の限界にきたのか、大男が距離をとると両手を振りかざした。


「まずいぞ」


 俺が息を飲む間にもだんだんなんらかの力が男の手にたまっていくのがわかる。


「くらえ!」


 吹きだまりが一気に少年を襲う。


「危ないよけろ!」


 俺は考えるより先に飛び出していた。


「おいバカ!」


 慌てて夕映も飛び出してくるのが見える。

 少しだけ少年が振り向いた。

 次の瞬間。

 地面が吹っ飛ぶような衝撃がきた。


「な、なんだ……?!」


 空気がビリビリと震える。

 まるで近くに雷でも落ちたような。

 慌てて地面に伏せるが、俺の身には何もない。


「やれやれ」


 少年が首を振った。

 その手がパリリと光る。

 なんだあれは静電気か?

 いやそれよりももっと大きな力の気配。

 見ると大男は白目をむいて倒れていた。

 制服の端がブスブスとくすぶっているように見えるのはたぶん気のせいじゃない。


「拳で語り合えるかと思ったんだかな」


 いや、そんな無茶なと言う前に向こう側から声が上がった。


「あ、君たち!」

「げ」


 安斎が近寄ってくる。

 そういえば俺たちは帰ったことになっていたんだった。


「なんでここにいるんだ」

「いや、それはその」


 俺が視線を泳がせていると、意外なほうから声が上がった。


「君は朝丘あさおか君じゃないか?」

「はい?はい、そうですけど」

「やっぱりだ」


 なぜか少年にがっしりと手を握られる。

 改めて正面で顔を見て気づいた。


「えっと、武宮たけみや先輩ですか?」

「そうだ!武宮だ!なんだ覚えていてくれたんだな!」


 そう言ってバンバンと背をたたかれる。


「なんだ、知り合いか?」


 夕映が少し引きぎみに尋ねる。


「ああ武宮先輩だよ。ていうか、夕映知らないのか?ああそっか体育祭夕映は白団だったもんな」「武宮たけみや御門みかどだ。そちらは?」

天野あまの夕映、です」

「俺の同級生です」


 一応そう言っておく。


「体育祭では大活躍だったな」

「いや、そんな武宮先輩ほどじゃ」


 校内トップの身体能力を誇る先輩にそんなことを言われると照れてしまう。

 武宮先輩は赤団の団長だった。同じく赤団だった俺はその無双っぷりを見てつくづく同じ団でよかったと思ったっけ。

 うんうん、と過去を思い出していると安斎に再度言われた。


「同じ高校の生徒なんだね。もう一回聞くけどなんで君たちはここにいるのかな?」

「それは……」

「俺がここの巡回に来ていて、この二人がそれを手伝ってくれていたんだ!」


 そう言って両手で武宮先輩は俺と夕映の肩を抱く。

 思わず顔を見合わせる俺たちにここは任せておけと言ったふうに武宮先輩は目配せした。


「うちの生徒が火災があってからここらへんをうろつき回っているらしくてな。風紀委員としては見逃せないと思って自主的にパトロールしていたんだ」


 風紀委員というのは本当だ。

 ただし、武宮先輩だけだが。

 うまく嘘と真実を織り交ぜている。


「ちょうど不良のやつも見つけたことだし」


 いまだに伸びている大男を見下ろす。

 ちなみに残りの二人はさっさととっくに逃げ出していた。


「それは結果オーライなんだけどね。見回りは学生がやることじゃない。本職の俺たちに任せてくれないかな」


 安斎は困ったものを見る顔で言った。


「以後気をつける!」


 そう言って先輩が頭を下げるので俺と夕映も一緒に頭を下げる形になる。


「なあ」


 夕映がヒソヒソと声を潜めて言う。


「これってどういう状況?」

「まあいいんじゃないか。収まるところに収まったって感じだし」

「いや、どこがだよ」

「じゃあ君たち三人とも気をつけて帰るんだよ。今度はまっすぐにね」


 念を押されてしまった。

 その時、ゆらりとなにかが建物の裏でゆらめくのが見えた。


「どけ!」


 武宮先輩に突き飛ばされた瞬間に炎が大地をなめていた。


「いきなり押してすまなかったな。ケガしてないか?!」


 武宮先輩がそう言って目の前を険しくにらむ。

 建物の脇に、人影のようなものが見えた。

 こちらからはちょうど死角になっている上に暗くてよく見えないが武宮先輩はなにかを感じ取ったらしい。


「先輩」

「しっ」


 夕映が目の前を見すえて鼻の前で人差し指をたてて静かにしろと言った。

 人影の周りで、炎が揺らめくのが見えた。

 ジリジリとした熱がこちらにも伝わってくるようだ。


「なあ、もしかしてあいつがビルに放火したんじゃあ……」

「そうかもしれない」


 夕映は顔を歪めた。


「だからお前は下がってろって言ってんだよ。ここは俺たちが手を出していい領分じゃない」

「俺たち、ってことは夕映もだろ。俺だけのけものにするなよ」

「……」


 夕映は前方を睨んでいた。


「君はなんだ?」


 パリリと武宮先輩の周りで電光が閃いた。

 そして、信じられないことに。

 先輩がさっと手を上げるとその電光が少年のほうに目がけてはしっていった。

 まるで空中に雷ができているようだと俺は思った。

 熱が、ゆらゆらと力を増す。


「君があくまで俺と後輩に危害を加えようとするのなら応戦するぞ。どうする」


 先輩がそう言った。


「やめろ」


 安斎がその時に割って入った。


「尋常な気配じゃないぞ。君たちが対応できる相手じゃない。俺が応援を呼ぶから君たちは下がるんだ」


 すごいな、と智雪は感心した。

 こんな、非現実な状況が起きているというのに安斎は冷静に対処しようとしている。

 この場では安斎以外が未成年だから大人の対応なのかもしれないが、それでもたいしたものだと思った。

 すると、その時熱が下がったのを感じた。

 人影が遠ざかっていく。

 武宮先輩の力に恐れをなしたといった感じではなかったが。

 場の緊張感がゆるむ。


「君たち大丈夫か」


 武宮先輩も臨戦態勢をといた。

 驚いたが先輩が真剣に心配してくれているのを感じて俺はうなずいた。


「ええ。今見たものは信じられませんけど。先輩って超能力者なんですか?」


 思わず聞いてしまって口が滑ったかなと思う。

 でも、この街に超能力を持ったものがある程度いるというのは周知のことでもある。

 たしかに間近で目にする機会はあまりないが。


「ああ。一応な」

「……先輩はもしかしてマスターファイブなんですか?」


 夕映が顔を強張らせて言った。

 マスターファイブ。

 超能力者のトップに立つレベルを持つ五人の能力者。

 ふっと先輩は顔を緩めた。


「その話はまた今度な。夜も更けてきたようだし、明日も学校だ」


 否定も肯定もしなかった。

 それはつまり。

 すごいな。

 俺はそう思って身が震える思いだった。

 この世界では、いやこの街だけでも俺が知らないことがいろいろある。

 たった一晩の出来事なのにそう思い知らされた。

 今までのものの見方を、常識を覆すようなそんな感覚。

 超能力者が現実にいることは知っていたがまさかこんな経験をするなんて。


「君たち。今職場のほうに連絡をした。不審人物についてもこちらが捜査するから君たちはもう家に帰りなさい」


 安斎はため息をついた。


「って言うのも何度目なんだろうな。言っても聞かないなら好きにすればいいがちゃんと気をつけて帰れよ」


 その目が鋭くなる。


「じゃないとまた暴漢に襲われるかもしれないからな」

「わかりました」


 俺は今度こそ気を引き締める。


「夕映、途中まで一緒に帰ろうぜ」



 ビルから離れて少し歩いて気づいた。


「あっやべ。充電切れてる」


 携帯電話の画面が真っ暗だった。


「どうせ使わないだろ。家に帰ってから充電しろよ」


 そう冷たく言う夕映に反論する。


「それもそうだけどこれじゃ時計も見れないじゃん」

「どれ。貸してみろ」


 先輩がそう言うので携帯を手渡した。

 パシッと電気が走る。


「これでよし。どうだ?」

「うわっ、すごい電源ついた」


 俺は感激する。


「こんなこともできるんですね」

「まあ訓練の賜物たまものだな」


 先輩は鷹揚おうようにうなずく。

 こんなにすごい力を持っているのに偉ぶらないのはすごいと思う。

 やっぱりさっきの不良とは大違いだ。

 俺たちは角を曲がった。


「じゃ、俺たちこっちなんで」


 夕映がひらりと手を振る。

 俺と夕映は同じアパートに住んでいるご近所さんだ。


「俺は君たちとは反対側だからここでお別れだな。また学校で会おう」


 そう言うと先輩は軽やかに去っていった。

 俺はその後ろ姿をしばらく見送る。


「あんなすごい先輩が同じ高校に通っているなんて。世間は広いようで狭いというかなんか。夕映もそう思うだろ?」


 俺がそう言って振り返ると夕映はなんだか難しい顔をしていた。


「できすぎている」

「は?」


 俺は首を傾げる。


「安斎だ。あそこで俺たちを逃がそうとした素振り変だと思わなかったか?」

「いや別に」

「それにあの炎をまとったやつ、すごい力だった。一度にマスターファイブ二人が同じ場所に出現するなんてことがありえるか?」

「偶然なんじゃないか?」

「世の中に偶然なんてないんだよ。起こるべくして起こる必然しかない」


 夕映は嫌なものを食べたような複雑な顔をした。


「なんだな周りがきな臭いな。お前も用心しろよ」

「なんで俺が」


 おどけた調子で言うが夕映はまったく笑ってなかった。


「知ってしまったからには部外者じゃいられないからだ。お前も無関係じゃないんだよ、何事もな」


 夕映はエントランスのロックを解除すると先に入っていった。


「戸締りはきちんとしておけ。お前も気をつけろよ」


 だいぶ遠くに行ってから俺は言った。


「なんなんだあいつ」


 俺は携帯電話のロックを解除しようとして指を操作した。

 ブツ。


「あれ」


 急に画面が暗くなってうんともすんとも言わなくなった。


「なんだこれ?武宮先輩に充電してもらったはず……」


 お前も気を付けろよ。

 部外者じゃいられない。

 夕映の声がやけに胸に残った。


「なんなんだよ……」


 真っ暗な画面にはなにも映らなかった。

 とにかく今日はいろいろあって疲れたから休もう。

 俺は家の方向へ歩き出す。

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