第二十八話 当然のこと(荒川慎二) 衝撃(伊東夏樹)
これまでの「告白なんていらない」は、
荒川慎二と原田龍之介は仲の良い友達、そして両想い。しかし相手を思う感情をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川はそんな自分を嫌悪していた。
伊東夏樹は肥田明美への当てつけとして肥田が嫌う我妻冬海を茶事へ招待する。この我妻は恐れられる曰く付きの人物であったが伊東のことが好きらしい。
【当然のこと 荒川慎二】
お母さんがお父さんを叱り飛ばしている。靴下を伸ばしてカゴに入れていなかったらしい。お父さんは靴下くらい伸ばせばいいしお母さんはそんなことでいちいち怒るべきじゃない。大した手間じゃないだろう。どちらの言い分も何もかもくだらない。お父さんは臍を曲げて飲み屋に行った。ガキかよ。まあ風呂を占領されないのはいいニュースだ。
「夕飯作ったのに。慎二もご飯よ、早くしなさい」
イライラとお母さんは俺に言った。レオン先輩に夕飯を奢ってもらった後だけど問題ない、腹はいつも減っている。
「私も働いて帰って疲れているのに夕飯を作っているのよ。それなのに。」
とかなんとかぶつぶついっている。今言ってもお父さんには届かない。お父さんはエスパーじゃないから。
「毎日毎日献立考えて作るのは大変なのよ」
じゃあ楽なものを作ればいいじゃないか。もしくは人に頼むとか、手を抜けばいい。別にそれは悪いことじゃない。俺は毎日、大変なものを作って欲しいなんて一度も頼んだことはない。愚痴をかき消すためにテレビをつけた。お母さんが好きな俳優の出ているドラマにチャンネルを合わせる。機械的に夕食の準備をして弟を呼びに行った。
「どう?美味しい?」
お母さんが険しい顔で言う。
「美味しいよ。このプチプチしたやつが入っているから食感が楽しい。」
俺は満面の笑顔で言う。正直味なんてしない。嫌だ嫌だと言いながら作ったこの生温かいものより笑顔で出してくれるカップ麺の方が美味しいってことをお母さんは知らない。
「でもちょっと醤油を入れすぎたわ。それにかたかったわね」
俺の意見にも俺の笑顔にも意味はない。お母さんの顔は険しいまま、まあいいかドラマで俳優を見ていれば少しくらい和らぐだろう。その時、背筋のゾクっとする警告音とともにニュース速報が入ってきた。ミサイルが飛んできたのかと思ったら違った。もっと近く、歩行者天国に車が計画的に同時に突っ込み、轢くだけ轢いて車が止まるとナイフで逃げ遅れた人や轢かれて怪我した人を刺していったらしい。テロだ。警官二人が負傷したものの犯人は全員現行犯逮捕された。一安心だな。
食器を食洗機に入れて自分の部屋に入った。
『あの動画送ってくれない?じっくり見たい』
そうメッセージを送るとすぐ既読がついてそのまま通話がかかってきた。
「なんだよ?」
「じっくり見たいなんて荒川も鬼畜だな」
「いや、そう言うわけじゃない」
俺は映像を分析したかった。
「まあいいよ。公開しなければいいみたいだから。それよりさ、明日からカラオケでの朝練再開しないか?」
「いいよ」
「じゃあまた明日」
それだけのために通話かよ。メッセージでいいだろうに。意外な時に声を聞けて嬉しかったなんて俺は思っていない。原田からもらった動画をもとに撮影現場を想像してiPadに書いてみた。動画を見ていて今日のことを少し思い出す。
「ひどい動画だな。」
俺はシンプルに感想を述べた。ただ三脚を立てて置いただけ、画角に収まり切ってもいない。
「だよねー。まじ記録としても不完全クソウケるぜ。」
「こ、こ、こ、こんなもんでしょ。ホームビデオなんて」
先輩たちが勝手に喋る中、俺はこれだと思った。
「俺でももっと上手く撮れる。」
意識せずそんなことを言っていた。いや、上手く撮りたい。遠くでレオン先輩の声が聞こえる。
「やめとけ、やめとけ、面倒なだけだぞ。それにな音楽のあの先生は非協力的なので有名なんだ。」
だからなんだよ。俺の知ったことじゃない。
次の朝、カラオケボックスの硬い椅子に腰掛けソーダを飲みながら原田の様子を見ていた。原田がキーボードを叩きつつ歌っている。もうだいぶ仕上がっているのは俺でもわかる。楕円形の綺麗な爪のついた手が鍵盤を叩く、手が動くと肩も動くが頭は動かない。口が動き眉が動き、髪が揺れる。時たまこちらに目がむいて視線が合う。すると意味深な微笑みを浮かべるんだ。
原田のことが好きか?ああ、好きだよ愛おしくてたまらないよ。でもそんなこと今はどうでもいいんだ。今、俺は原田を画角におさめたい。これを切り取り、数分間のこの世界を俺のものにしたい。
好きとか嫌いとかじゃない。ただただ美しいものを画角に収めたい。当然のことだろう?俺はiPadを取り出し、昨日もらった画像を分析したページに溢れ出るイメージを書きつけた。ペンが鈍い、思いつくイメージに思いつく文字が及ばない、追いつかない、ちゃちなイラストで補足しこの感動を忘れないように努めることしか俺にはできなかった。でも心に決めたことがある、自由発表の動画を今年撮るのはこの俺だ。
「どうしたの?あんなに見つめられたらやりづらいよ」
うるさい黙れ、メモが不十分になる。ただでさえ書けていないのに!無視していると原田は黙って隣に腰掛けた。原田の近い距離感も気にならない。一通り記したところでふと思い至って俺は顔を上げた。
「なあ、本番ではボーカルだけなんだよな?」
「あ、ああ」
原田が急な質問にめんくらっている。
「もう一度歌ってよ。今度はキーボードなしで」
原田はしばらく不思議そうな顔をしていたが、俺の本気を感じ取ったのか了解というような頼もしい笑みを浮かべてマイクを取った。
「わかった」
【衝撃 伊東夏樹】
夏の茶事当日、私は緊張して茶室にいた。
相変わらず明美とはピリピリした空気がある、話しかける感じじゃない。笹山君はそんなことは気にしないで音頭を取り始めた。
「まずは今日の開催までこぎつけられたことに感謝します。無事終えられるよう一同努力します。よろしくお願いいたします」
全く頼もしい後輩だ。こっちの気も引き締まってくる。
「最終的な参加者をお伝えしておきます。」
笹山君が参加者の名前を申請順に述べていく当然最後は
「我妻冬海さん。」
笹山君の声と顔が鋭くなり、みんなに衝撃が走る。私は予想通りの衝撃を与えられたことに人知れない満足を感じた。
「夏樹!いったいどういうこと?」
明美がさけぶ。
「言った通りよ。友達を呼ぶのはそんなに悪いこと?」
「友達なんかじゃないって言ってたじゃない。」
「なんであれ、招待するのは別に悪いことじゃないでしょう。楽しんで欲しいと思っただけよ」
「私への当て付けね。」
「どう言うこと?」
私はわざとわからぬふりした。
「お静かに!もうそろそろ人が来ます。くれぐれも私情を挟まないでくださいね。」
私は笑顔で立ち上がり準備に向かった。明美はこちらを睨みつけている。様ないわ。そんなに冬海を嫌わなくってもいいだろうにねえ。
ひと段落ついたところで堂島君に声をかけられた。
「もう一人って我妻だったのか?」
「そうよ。堂島君まで反対するの?冬海に感謝してることはたくさんあるんじゃない?」
堂島君は意外にも不機嫌にはならずその通りという顔をした。
「まあな。ちょっといいか?」
真剣な顔で言われ、私たちは茶室を出て公園を歩いた。初夏の太陽が強く差し込む。
「新緑が綺麗だな」
「そうだね。」
堂島君は雑談が苦手なのかすぐに本題に入った。
「なあ、我妻と何かあるのか?」
「何かって?」
「取引を持ちかけられたとか弱みを握られたとか?」
「そんなものないわよ。」
「俺に解決能力があるなんて嘘はつかないが誰にも言わない。それは信用してくれていい」
「本当にないわ。強いていうなら私から持ちかけたの」
堂島君が目を丸くする。
「木村が冬海を恐れていたからしばらく一緒にいたの、お昼を一緒に食べたりね。実際、木村は引いてくれて喜んでたんだけど今となっては興味が明美に移ったからで冬海の力じゃなかったのかも。でもまあもうそれも取り消しで今はなにもないわ。ただ話の流れで誘ったら来てくれるっていうから。」
恋人なんていうあったようななかったような設定は言わなくていいだろう。堂島はやれやれという顔をした。
「今は普通に仲がいいってことか?」
「体育が同じだったから元々顔くらいは知ってたし。意外と悪い人じゃないなって思ってる」
堂島は大きなため息をついて私に向き直って言った。
「あまり言いたくないが一つ忠告しておく。これ以上仲良くなるのはやめておけ必ず痛い目をみる。」
「確かに噂は」
「噂じゃない」
堂島君は私の言葉を遮った。その顔は意地悪や噂を広めるというよりも本気で心配しているようだった。
「やめとけ。初等部から知っている俺が言うんだ。あいつはマジでやばいんだよ。委員長として関わったりするのはいい、でも深入りするな。他に友達なんていくらでもいるだろう。」
それがいないのよ。私が戻ろうとすると堂島君はその手を掴んで引き留めた。
「聞いてくれ。一つ教える。俺が初等部の時、実際に一つ隣の席で見聞きした事件だ。噂じゃなくて事実だ。知りたいだろう?」
【つづく】
次回、【第二十九話 事実(伊東夏樹) 歌って(原田龍之介)】
初等部から我妻を知る堂島、取引したりと上手く付き合っているように見える堂島だか、彼が我妻を恐れる理由は他とは少し違うもので、、、
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