第二十七話 思いつき(伊東夏樹)暑い日(我妻冬海)

これまでの「告白なんていらない」は、


 元付き纏いと友人の肥田明美が付き合っていたことを知り、かつ一緒に修学旅行を回ってほしいと頼まれたことに憤る伊東夏樹。腹の虫の治らない伊東は我妻冬海にその事実を伝えるべく、ビデオ通話を始める。


【思いつき 伊東夏樹】

 冬海とビデオ通話をするのはこれが始めてた。なぜ今までしなかったのか、必要もなかったからと言うのもあるけれど、明美と必要なんてなくてもやっているわけで、知ってはいけない何か知りたくない何かを知ってしまうような気がして私は少し怯えていたのだと思う。

「自分の分のお皿くらい洗いなさい!」

母の声が聞こえるけど知らないふりして私は自分の部屋に閉じこもる。自分のお皿だけで済むはずが無いのだ。本当に自分の分しかやらないとまた小言を言われる。そんな負の連鎖、わかっていて誰が引き受けるものか。

 約束の時間までまだ少しある、私は堂島君に連絡を取ってみた。

『よう。今日のことだけど、風紀だったんだね』

『応、先輩に人数合わせに誘われたのが運の尽きさ』

『なるほど。あんなことして大丈夫なの?』

『大丈夫、大丈夫。それより夏の茶事が不安だ』

『笹山君なんだから大丈夫でしょ』

『いやあ、あいつお兄さんのことになるとなんというか過敏でな。準備は万端だろうが当日が不安だ』

『大丈夫だよ』

『そういや木村と仲直りしたのか?』

『え。仲直りも何も初めから仲良くなんてない!なんでそんなことを?』

『招待客リストに入ってた。』

明美のやつ!なんてことを

『クソが』

思わず打つと堂島は怖がっているカエルのスタンプの次にケラケラと笑うカエルのスタンプを押した。私はここで一つ良いことを思いついた。

『ねえ、まだ余裕ある?』

『ああ、一人くらいならいいと思うぜ。』

『OK一人増えるかも』

『了解。伊東が誰かを連れてくるなんて珍しいな。彼氏でもできたのか?』

『違うよ。もっと刺激的なものさ』

その時、冬海からビデオ通話がきて堂島君とはそれで切り上げた。身だしなみを整える。髪を解いて、ネックレスを外そうとして、これは他の人と通話する時のお決まりだったが、なんの出来心か私はそれをやめた。ちょっと緊張しながら応答を押す。どんな部屋かな、どんな服かな。これでいいかな?

「こんばんは」

「こんばんは」

冬海は鮮やかなアロハシャツを着てハーフリムのメガネをかけ、長椅子に座っていた。似合わなさが似合っていて確かにしっくりこないこともない。長椅子はシンプルだが高級そうで白い背景の部屋は天井も高く、広さもありそうだ。なんであれ、次の言葉が出てこない。

「お話ってなに?」

「そうよ!そうだった。明美を覚えてる?」

「よく一緒にいる人だよね。肥田さん」

「そうそう。同じ部活なんだけどさ。そいつが、なんと」

ああ、もう、思い出しただけで腹たってくる!私はためてから叫んだ。

「問題の木村と付き合ってたんだってさ、少し前から。今日それを聞かされた!」

「ふうん。」

冬海は興味なさそうにそうもらしただけだった。もうちょっと反応ないの?と思ったら冬海は言った。

「良かったねえ」

どこがだよ

「どこが!?」

「だってこれで大っぴらに付き纏われることはないでしょう、多分だけど」

「そうだけど。修学旅行で同じ班に誘われたのよ。それが嫌で冬海に協力してもらってたのに!」

「ああ」

「それだけじゃないわ、どうやらあいつ夏の茶事にまで木村を招待したみたいなの!」

「なるほど。でも主催は中等部の低学年じゃなかった?」

「そうよ。よく知ってるわね」

普通は身内に部員でもいないとこの茶事の存在は知らない。恐るべし、放送委員会の情報収集能力、怖いくらいだ。冬海はなんてことないというように肩をすくめた。

「主催でないのなら別に全ての参加者と喋らなきゃならないってわけではないのでは?」

「そうだけどさ。同じ場所にいるだけで落ち着かないのよ」

「それは木村の話だよね。肥田の方はどうなの?」

「どうなのって?」

「仲良くしたい?」

「配慮のなさに呆れてる。仲良くはしたいけど、現状明美とだけ仲良くするというのは無理っぽい」

確かに縁を完全に切ってしまいたいのかと言われればそういうわけではない。

「二人とちゃんと話してみたら?」

「え」

「おしゃべりして、木村は肥田が好きなのか、夏樹ちゃんへの気は残っているのかいないのか、この辺りを判断すればちょうど良い距離感が掴めるのでは?」

「距離感ね」

「だめだこりゃと思ったら断絶でいいし、様子見でもいい、肥田とだけ仲良くって言うのも意外と可能かもしれない。早急に判断しなくてもいいんじゃないか?せっかく仲良くしたいって思ってもらえているんだから」

一理ある。でも、でもなあ

「そうね。一回くらいは話してみる。ところで一つお願いがあるんだけど」

「何?」

「その夏の茶事にきてくれたりしない?一人じゃ話す勇気が出そうにない」

後半のは半分ほんとで半分嘘。冬海は表情を変えずすぐに返事をした。

「行く」

「え」

今なんて言った?

「どう言うこと?」

「茶事に呼んでくれるのなら喜んで参加する」

「あ、ありがとう。火曜日の十六時から、市立庭園よ」

「了解」

「なんでOKしてくれるのこんなお願い」

正直めんどくさいはずだ。

「彼女と過ごすのに理由がいる?」

さっきまでと変わらない淡白な顔でそんなことを言った。一瞬意味がわからなかった。

「はあ?」

冬海はおかしそうにケラケラと笑っている。

「まあ、いいわ。OKなのね」

「OKだ」

「約束破らないでよ。」

「破らないよ」

全く、いつもつまらなそうな顔をしているくせにこういう時だけ満面の笑みだ。はあ、私はなんだかため息が出た。

「どうしたの?」

「いや、疲れたなあと思って。そういや今、そこリビング?」

「ああ、居間だよ。」

「いいな広そう」

親は金持ちなんだろうな。

「まあそうね」

「邪魔されないってことはひょっとして一人っ子?」

「いいや、妹がいる。」

「へーお姉ちゃんだったんだ。そういえば家では普段なにしてるの?」

「テレビ見て、食べて、お風呂入って、寝る。急になんで?」

「そういえばあんまり冬海のことを話したことなかったなあって思って。あんだけ話したのに妹がいるってことすら知らなかったし」

「まあ、聞かれなかったから」

「そりゃそうね。スポーツは、何かやらないの?」

「あんまり。」

「ゲームは?」

「やらないな。なんていうのかな人と点を競う気が起きないから興味が湧かない。」

「へえ、売られた喧嘩は必ず買って、ねじ伏せるタイプかと思ったのにな。」

私は冗談めかして言った。

「喧嘩はね。自分たちで方がつくけどスポーツとか試験とかって第三者がいる」

「審判のこと?」

「審判とか観客とか、退屈だわ」

本当につまらないというように言うものだからなんだか笑いが込み上げてきた。

「何がおかしいの?」

「納得したのよ」

「ふうん」

冬海の目が眼鏡とカメラを超えて私を見つめる。頬杖をついて首を傾げている姿が奇抜な服装も相まって絵になる。目は死んでるみたいだけど。

「じゃあ、色々ありがとね。こう言うわけでもう協力してもらわなくて良くなったから、茶事だけ、来てね。」

「了解」

何に急かされるわけでもないのに私はなぜだか居た堪れなくなってビデオ通話を終わらせた。死んだような目で見つめられて怖くなった?別に怖い話をしていたわけじゃない。いくら明美と話しづらいからって興味本位で冬海のことを知ろうなんて思うもんじゃないわね。明美の代わりにするには正体が謎すぎる。疲れているんだ、私は笹山君に一人招待する旨だけ伝えて寝た。


【暑い日 我妻冬海】

「お嬢様、何もなければ今日はこれで失礼させていただきます。」

夏樹ちゃんとのビデオ通話の後、お手伝いさんの島崎さんが声をかけてきた。

「何もない。今日も問題なし?」

「はい。本当に綺麗に保たれていて私は必要ないくらいです。お食事もちゃんとされているようですが肉も食べてますか?」

「ええ」

「ちゃんととってくださいね。虎徹様はお嬢様の体を心配されていましたよ。夏ですからバテやすいですし」

この人はただのお手伝いさんではない。

「そうですね。」

父は私の体を心配しているだろう。

「今月もお電話忘れないでくださいね。」

「私が忘れたことはないでしょう。」

「そうでしたね。ところで、笑ってしゃべれるお友達がいるみたいで安心しました。」

「今日が初めてですよ」

そしてきっとこれが最後だ。茶事が過ぎれば私は完全にお役御免なのだから。

「そうですか。それは素晴らしい。ではまた来週」

帰ろうとする島崎さんを私は思わず呼び止めた。

「あ、そうだ。いつも駅前の通りで買い物なさるんですよね?」

「え、ああ。買わなくてもよく通りますね。今は歩行者天国に提灯がついていて良い雰囲気なのですよ。」

「今日は寄り道しないで帰った方がいいですよ。暑すぎる。それではおやすみなさい」

「おやすみなさい」

島崎さんは面白いと言うような笑みを浮かべると帰って行った。この人はただの人ではない。普通は怖い顔になって暴言の一つでも吐くか逃げ出すところだ。


【つづく】

次回、【当然のこと(荒川慎二) 衝撃(伊東夏樹)】


波乱の予感、夏の茶事はじまる!

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