第十五話 最高の日 (原田龍之介)

これまでの「告白なんていらない」は、


 原田龍之介と荒川慎二は仲の良い友達そして両想い。しかし恋心をひっそりと楽しむ原田と違い、荒川は自分の恋心への激しい嫌悪に苛まれていた。あることから原田は我妻冬海に感謝を述べるがそれは原田が同性愛者であると認める内容でもあった。

 オープンスクール当日、伊東夏樹は我妻冬海がクレーマーと対峙しているところ見かける。自分には取れない行動を取る我妻に伊東は好感を抱く。そして我妻はついに伊東からの恋人のフリをして欲しいという申し出を承諾するがその直後、何かを見つけた我妻は走り去ってしまう。 


【最高の日 原田龍之介】

 今日は空が紫色だ。月も出ている。ガラガラと通り過ぎてゆく自転車。この世の全てが俺に拍手をくれている気がする。応援委員会のステージのことではないその前にあった我妻先輩とホワイエの銅像しか知らないちょっとした会話のことだ。ああ、なんて素晴らしい。今日は最高だ。緊張で失神するかと思ったけれど我妻先輩に言ってよかったな。あんなふうに泣いてしまったのはいつぶりだろう記憶がない。やっぱり感謝は伝えないとね!たったこんなことで世界が倍にも広がった気分だ。今思うと泣いたのも緊張したのも馬鹿らしい。

 目つきの悪い変わった人だけどあの人のことを信じて良かった。やっぱりあんなストローでココアを飲む人に悪い人がいるわけないよね。それにしてもあの人の受け入れかた格好良いな、先輩らしいけど。俺もさらっとあんなことを言えるようになりたい。思い出すとなんだかニヤけてしまう。 

 今日のステージが絶好調だったことは言うまでもないよね。ニコニコしていたからかパンフレットもたくさん捌けた。でも俺は気づいた。

「あの曲の名前まだ聞いてない!」


 片付けも何もかもを終えて俺は校門で荒川を待つ。夕食を一緒に食べる約束だ。今日は何がいいかなあ、俺、今日頑張ったよね。ラーメンにチャーシュー増量しようかな、でもコンビニでスイーツを買って帰るのも魅力的だ。いや、駅にできたばかりの台湾屋台の豆花もいいな。そんなことを考えているうちに荒川が出てきた。不機嫌というか疲れたような顔をしている。

「ひどい顔だな」

「わかってる。」

すげー不機嫌、なにかあったのかな。

「何かあったのか?」

「ああ、いやさあ。」

荒川はことの顛末をボソボソしゃべった。トイレでクレーマーに絡まれ、別のトイレに案内しようとするも失敗して謝らずにいたら先生に大目玉を食ったらしい。これは相当先生に絞られたな。

「謝れば良かったのに〜、そしたらすぐ終わったよ。そうしょげるな。ラーメンでも食べてぱっぱと忘れよう」

俺は笑ってそう言ったけれどこれがまずかった。

「はあ?」

荒川は傷ついたような声で言った。

「信じてないのか?俺が何か」

「信じてないわけじゃないよ。ただ」

ただ俺はいつものように、レポートの再提出の時と同じように二人で笑い飛ばせると思ったんだ。

「やってないことで謝れっての?」

本当に怒らせてしまったようでかつてないほどに睨まれた。ごめんよそういう意味で言ったわけじゃない。本当に違うんだよ。

「俺は原田みたいに器用でも要領いいわけでもないよ。先生の言葉を借りれば子供さ。でもよ、俺は17、子供だ。それでも子供の下した決断だとしてもそれを否定される謂れはない。それはお前の正解ってだけだ。」

ごめんよ。そう思っているけれど気迫に押されて言葉が出ない。荒川は恐ろしいほど落ち着いた声で続けた。

「俺は先輩たちに迷惑をかけたことにしょげてているんだ。怒られたことなんてどうでもいい。先生の便宜やあんな半袖短パンで学校に来るようなやつのことなんて本当にどうでもいい。ぶっちゃけ言えば学校の評判だってどうだっていいんだ。先輩たちは怖くて常識のない悪魔と思われてるけどそれだけじゃないからな。冬海先輩はまず俺の話を聞いてくれた。俺が後輩だってただそれだけで俺の決断を事態の収拾以上に尊重して俺の側についてくれたんだ。先生に怒られた時、見ないふりしてればいいのにレオン先輩だって間に入ってくれた。二人ともまず俺を信じてくれた。それで先生に注意されてる。それでまた噂になる。怖がられる。あの妙な奴が悪いのに。俺が悪いのにだ。」

大きくため息をつくと俺の目を見て言った。

「事件をよく知りもしないくせにわかったような口を聞くな。この表担当が!」

その通り過ぎて言葉もない。表担当というのは応援委員会がよく目立つ表とすれば放送委員会は裏担当だと放送委員会が少々自虐的に呼ぶ言い方だ。実際俺たちや吹奏楽部が式典の数々で先生たちから感謝の言葉をもらえることに対して放送委員が感謝の言葉をもらえることは決してない。究極の裏方。確かに日々感謝されてるからこそたまにの理不尽は目を瞑ろう、全体の利益を考えようと思うのかもしれない。日々感謝されない立場だったら?機嫌が最悪の時だったら?同じように俺は思えないのかもしれない。何も言えないでいると荒川は一人先に行ってしまった。

「ごめん」

今言ったって仕方ない。本当にそんなつもりじゃなかったんだ。すっかり気分が沈んで、やはり適当に何かを買って家ですまそうなどと思った時、意外な人に会った。

「おい、原田君」

我妻先輩だ。この人もなんか怒っている。真剣なだけではない気迫がある。朝と全然違う。怖い。ひょっとしてティッシュ返してってことか?

「は、はい。自分ですか?」

「そうだ」

「なんで一人でいる?」

「なんでって」

「慎二君はどうした?」

「あ、いや。そんないつも一緒にいるわけじゃないですよ。」

我妻先輩が首を傾げる。ごめんなさい、嘘です。確かにいつも一緒に帰っています。

「実はちょっと嫌われちゃったかなあと。俺が悪いんですよ」

なぜか我妻先輩が頭を抱えている。

「トイレでクレーマーに会ったって、先輩の方がよくご存知かとは思いますけど。それで俺が「謝れば良かったのに」って不用意に言っちゃって。かなり怒らせちゃって。なんでちょっと、許してもらえるまで距離置こうかなって」

「ああ、そうか。」

我妻先輩は首をカリカリと掻きながら申し訳なさそうに言った。

「なあ、ちょっとしたお願いを聞いてくれないか?無理にとは言わない」

「なんですか」

「荒川と一緒にいてくれないか?」

「いや荒川が嫌かなって。それに一緒にいるって?」

「何、特別なことなんてしなくていい。ただそばにいろ。できる範囲でいい。」

「なんでそんなこと言うんですか。」

「君は一緒にいたいんだろ。」

じろりと睨まれて俺はごくりと唾を飲んだ。なんでわかる。

「はい」

「ならなんの問題もないな?」

先輩は行き交う電車を見ながら合わせた手を顎にやっている。

「わかりました。でもなんでそんなこと」

「ああ、全く私の柄じゃないね。人のプライベートを漁るのは趣味じゃねえ。だから言うことを聞けとは言わない。ただ、なんだね。放送と応援の未来のためだ」

横顔しか見えないが付け加えた最後の一言が嘘であることは明らかだった。

「わかったならいい。またな」

我妻先輩は振り返らず雑踏へ消えた。なんだったんだ。まさか先輩は好きなのが荒川であるというところまで気づいているのかしら。いや、まさかそんなことはない。それでも俺は荒川にDMを送った。

『ごめん。俺が悪かった。不用意だった。』

既読はつかなかった。気にすることはない、荒川は即レスするタイプじゃないんだ。家族とテレビを見ているうちにiPhoneが鳴った。俺からメッセージを送ることはあっても他人から来ることなんてない。つまりこれは荒川だ。ほら、ちゃんと返ってくるんだ。

『原田君。こんばんは。今日流していた曲のミュージックビデオだ』

我妻先輩だった。


【つづく】

次回、【第十六話 それぞれの夕べ】


朝から晩までてんてこまいの我妻はようやく帰宅し、、、

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