告白なんていらない

青岩 八凪

第零話 悩み事(肥田明美)

【悩み事 肥田明美】

 私の友達、伊東夏樹は茶道部室に入ってくるなりため息をついた。

「どうしたの?」

 理由を知っているけれど聞いて欲しいのだろうから私は聞く。夏樹は無言で扉を指した。やっぱりね。この一ヶ月、夏樹は木村とかいうストーカーに悩まされている。扉の向こうに木村がいるのだろう。木村はどこにでも現れ、待ち伏せ、付き纏いは立派な犯罪であるという意識などまるでない。そして先週からついに部室にも現れるようになった。

「伊東!あれをどうにかしろ!」

 部長の堂島が部室に入ってくるなり怒鳴った。

「あれって?」

 夏樹がわざとらしく聞いた。

「君に取り憑いているストーカーだよ。ただでさえ新入部員がいないのにあんな図体のでかいのが部室の前をうろうろしてたら見学にこようって子も減っちゃうじゃないか!」

「部員が入らないのは私のせいじゃない」

「どうにかしろ!俺が怖いんだよ。部室に入るたびに睨まれる。はっきり言わせるな。」

「どうにかしたいよ。何か案ない?」

「そんなのあっち行けって言えばいいだろ」

「言ったよ」

「なんだって?」

「嫌だって」

「先輩。私からもお願いします。嫌ですよ部活でトイレに行く度にあんなのと目があうのは」

 後輩までもが夏樹にそんなことを言った。まあ、確かにうろつかれたくはないよね。よっしゃ、私が一肌脱いでやろう。私は夏樹の肩を掴んでいった。

「悩めるあなたに秘策を授けよう。」

「秘策?」

 夏樹があからさまに嫌な顔をする。何よ、アイデアを出してやっているのに!

「昨日新しいドラマを見出してね。閃いたのよ」

「はあ」

「誰かに恋人のフリをしてもらうのよ。ドラマでは親のお見合い地獄から逃げるために偽装結婚をする、でそこから始まるロマンスなんだけど。どうよ、あなたにも応用できるでしょ。彼氏のいる人間を誘おうとは思わないじゃない。実際、木村も何度か「恋人もいないんだし」って言っていたわ!」

「できないでしょ。当てもないし。相手に旨みゼロじゃない。好きになられても困るし」

「何よそのお嬢様めいた言い分は。あなたに選択肢はない。牛丼でも奢って友達に付き合ってもらえ。これ以外ない」

「だ、か、ら、誰がそんな損なことやるんだよ。」

「友よ、冷静に考えたまえ。木村の目標はなんだと思う?」

「そりゃ恋人が欲しいんだろ」

「ああ、でも。なんで」

「なんでって。」

 反論しかけて夏樹は気づいたようだ。

「そういうことか。修学旅行。」

「よくできました。」

 私はわざとらしく拍手をする。私たちの修学旅行はこの夏にある。大学受験を受ける者がほぼいないこの学校においては妥当な時期だ。

「たかが高校生、「恋人が欲しい」の目標はたいてい何かを一緒にやったり、周りと差をつけたいから。写真を残したいとかね。文化祭なんかがすぐに上がるところだけどこの時期なら修学旅行でしょ。班行動の班分けは自由。それまでに彼女が欲しい。裏を返せばそれ以後はまあ、どうでもいいわけ、続けばめっけもん。くらいさ。」

「つまり班が決まるまで逃げ切れれば」

「あなたは晴れて、自由の身。あと一ヶ月。一ヶ月くらいなら何かで釣れば誰かしらOKくれるよ。」

 夏樹の顔が心持ち明るくなる。ね、私の案、良い案でしょう!

「手始めに、部長。夏樹の彼氏にならない?」

 私はテキパキと部活の準備を進める堂島に言った。

「俺が木村を撃退できるわけがないだろう。ごめんだね。」

 全く冗談が通じないんだから。

 その時強く扉をノックする音がした。ひょっとして木村?みんながそう思って固まった。しかし、立っていたのは予想と違う人物だった。でも嬉しいわけじゃない。

「あ、我妻。こ、こんなところになんのようだ?」

 堂島がこわばっているのがわかる。当然だ、我妻は悪い噂の絶えない放送委員会の頂点に君臨する悪魔だ。今日は子分を引き連れている。目つきの悪い悪魔が口を開いた。

「勧誘放送について、あの内容では規定違反だと言ったはずだ。そして吹き込んだ声が小さすぎる、もっと大きな声でとってくれ。今日までに再提出願う。そうでなければ流さないからそのつもりで。」

「再提出したぞ」

「それがまだ規定違反だと言っているんだ。あと、音だ。案内通りに録音していただきたいね」

悪魔が声を荒げる。

「お、音ってどうやって大きくするんだよ。ここには良い録音機材なんてない。」

「みんなそうだ。」

「やり方がわからないんだよ」

 しばらく悪魔は黙っていたが子分の方を見るとにこりと不気味に笑った。

「慎二君。部長に録音のやり方を初めから教えてあげて欲しい。」

「もちろんです。」

 子分がはっきりした声でいう。悪魔から信用されているのが嬉しいという感じだ。

「提出までちゃんと見ていてね。どれくらいかかる?」

「三十分を目標にします。無理そうであればまた連絡します。」

「わかった。私は舞と方をつけてくるから。よろしくね。」

 悪魔が静かに扉を開ける。そうそう、さっさと出てって。開けた扉の向こうには何も知らない木村が立ち塞がっていた。あらまあ。

「邪魔だ。」

 悪魔はイライラとそう言って木村を手で払うと去って行った。


【つづく】

次回、【第一話 幸せ(原田龍之介)ごめんな(荒川慎二)】


悪魔の子分にも色々悩みがありそうです。

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