予感の始末

一色 サラ

浮気の予感

 都美子は、洗濯機を回そうと白物を洗濯機に入れていく。夫の正弥の服にワイシャツから、香水の匂いが漂ってきた。嫌な予感が、脳裏によぎってしまう。女の第六感は働てしまった。いつも真面目なあの人が、浮気なんてするわけがない。同じ職場に居た人の匂いが移っただけだと言い聞かせながら、洗濯物を洗濯機に入れて行った。都美子は自分を騙すように、柔軟剤で円を描くように服にかけた。匂いが消えれば、何もなかったことになる。 

 今の幸せを自ら壊すことはできない。外で働きたくないから、大学から付き合っていた正弥と結婚して専業主婦になった。それから12年になる。息子の光輝も小学校5年生になる。ごく普通の家庭だ。贅沢などしていない。

 家族三人仲良く過ごしている。ただ、ここ最近、正弥が夜遅くなっている。残業と言われても、鵜呑みにはできない。なんでこんなに嫌な予感しかできないのだろう。、悪方向へと進んで行く。それでも、都美子は『気にしない』と心に呟きながら、頭から忘れ去るように心がけた。


 ピーピーと洗濯機の音が聞こえてきた。洗濯物からは匂いは消えている感じはした。

 ベランダに出て、洗濯物を干していく。5階のベランダからは春の穏やかな風が透き通るような気持ちよかった。

 隣の部屋から物音がした。隣の秋定という家族は、都美子たちより少し年上の30代後半の夫婦と小学生低学年くらい子と幼稚園の女の子が2人いたはずだけど、こんな朝の11時すぎなら、子どもたちは小学校と幼稚園に行っているはずだ。でも、微かに声が聞こえて来た。

「旦那にバレたらどうするの?」

「大丈夫じゃない」

旦那さんじゃない男性と隣の奥さんの声だろう。たぶん、窓のドアが少し開いているのだろう。少しはっきりと声が漏れている。知らなくていいこと男を家に連れ込んでいるようだった。完全に浮気してる。見て見ぬふりをしないといけない。洗濯物と早く干して、部屋に入ろう。焦りと向こうに聞いてしまったことをバレたくはなかった。干し終わると同時に、隣のドアがガラーンと開いた。

「外で煙草を吸っていい?」

男の声がした。都美子は心配になった。こっちの洗濯物に煙草の匂いが移るかもしれない。

「ダメだよ。バレたらヤバイいんだから、換気扇の所で吸ってよ」

「ああ、そう。分かりました。」

そう言って、ドアが閉まったので安心した。隣が気になって、落ち着かないので、スーパーに買い物に行くことにした。

 ドアを開けると、隣も同時に開いた。

「こんばんは」

都美子は何も知らないフリをして挨拶をした。金髪の小柄なジャージ姿の女性が出てきた。隣の奥さんだ。ミニスカだった。若作りもほどほどにしてほしいとも思える。

「こんにちわ」

と言いながら、ドアが閉まった。2台あるエレベーターの前に男性がいた。一緒にエレベーターに乗ってしまった。

「あのおばさん、めっちゃ若作りしてますよね」

男性に話しかけれた。

「誰のことですか?」

無視するのも嫌だったので、一応答えた。

「あなたの隣の秋定さんのことですよ。ちなみに、浮気じゃないですよ。お金貰ってますから」

「はい?」

「レンタル彼氏ってやつです」

「でも、あの人結婚してますよ」

「それを聞いてなかったので、誤算です。もう会いません」

エレベーターが1階に到着して、降りた。男は何事もなかったように、先に歩き去った。

 男が去っていく後ろ姿を呆然と眺めてしまった。なんで、わざわざ、都美子にレンタル彼氏だと、あの男は告げたのだろう。

 自転車でスーパーに行っても、何を見ても買う気がなく。カゴの中は空っぽままだった。何も買わずに、マンションに帰ってきてしまった。

 隣の秋定家の前を通り過ぎる。何もなかったかのように、時間は過ぎていく。


16時過ぎに息子の光輝が帰ってきた。

「ただいま。なんかあった?」

「何もないよ。」

「部屋の電気も付てないよ」

「あっ、ごめん考え事してた。」

夫の浮気疑惑と隣の奥さんのレンタル彼氏の件が混合して、正常な考えではいられなかった。

「夜ご飯、これから用意するの?」

「う~ん。今日はしんどいから、パパが帰って来たら、ピザでも頼もうか?」

「やったー!ネットで注文していい??」

「いいけど、パパが帰ってくる19時くらいにしてほしいから、その時間くらいに電話で注文しようよ。」

「電話しなくてもいいよ。ネットでメニューを選んで、時間設定した19時くらいには届くと思うよ」

「そうなの。今の時代は凄いわね」

光輝に何を頼もうかと、スマホでメニューを選び始めた。

19時ごろ、正弥が帰ってきた。

「お帰り」

手にはピザの箱と飲み物などが入った袋を持っていた。

「ただいま、これは光輝から連絡あって、下で受け取ったんだよ」

「さすがだね」

何もなかったように、3人でシーフードピザを頬張った。

「ごちそうさま」

 光輝はそのまま食事を済ませて、部屋に戻って行った。

「何?」

「ワイシャツって香水の匂い取れた?」

「えっ!?」

急に、正弥が光輝がいなくなってから言った。

「なんか、昨日行った取引先の社長が異常に香水臭かったんだよね。その匂い消えたかなと思ってさあ」

「消えたと思うよ」

何だ。浮気じゃなかったんだと安心してしまった。

 「そういえば、帰って来た時、エレベーターで隣の秋定さんの旦那と出くわしたんだよ。」

「そうなんだ。出張か何かな?」

「挨拶したら『妻とは離婚することになったので、出て行くことにしまして』って言われたんだよね。なんか、あったのかな?」

「さあね。人の家族の問題に首を突っ込みたくないよ。」

「まあ、そうだな。奥さんが浮気でもしたのかな」

「そんなわけないじゃん」

適当に返したが、都美子は正弥の方が、第六感が働く気がして、少し怖くなった。

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予感の始末 一色 サラ @Saku89make

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