煌めく星空から、恋した君に会いにゆく

桜 透空

一. 夢

 


prologue



ボクの名前はミルク


姿は猫


神様から猫としての体を授かり猫として生まれた


人の言葉を聞き理解する


でもボクはひとりぼっち


ママもいない


パパもいない


今日もこの暗い箱の中でひとりぼっちのまま




ねえ、神様


ボクの願いを聞いてくれるとしたら、いったい何を叶えてくれるのかな


そうやって記憶のノートに書き残していく


人間は七夕の日にお星様に向かって、お願いごとをするんだって


ボクもたったひとつでいいから


たった一度だけでいいから


願いを叶えてみたいな



──君のために、たった一度の奇跡を起こすよ






ミルク、私達に会いに来てくれてありがとう。

今日、七月七日は七夕の日。

ここへ来ているということは願いを叶えに来たのでしょう。

貴方のために、ひとつだけ願いを叶えましょう。

流れ星に今の想いを願ってください。

きっとミルクならその願い叶えられるはずです。






   ***


 暗い。目覚めるとそこはいつも通り箱の中だった。

 ボクは多分、生まれた時からここにいる。

 周りはボクよりも大きい猫ばかりだ。まだ小さいから特別にひとり檻の中で過ごす。

 ママもパパも知らない。顔すら見たこともない。

 生きているのかな、この建物のどこかにいるのかな、それすらも知らない。


 どうしてご飯食べないのかしらねえ、とボクを心配そうに見る世話をしてくれる女の人。きっとここで働く職員だと思う。

 どうしてって、そりゃあね。こんな所に閉じ込められてたら食欲も沸かないし遊ぶ気にもなれない。ボールもねずみのマスコットもあるけど、冷たい檻の中でどうやって遊べというんだ。

 ──そう、ボクは人の声を聞き感情も理解する猫。話せないのがもどかしいくらい。


 動物愛護センターというのも名ばかりで、ここの部屋にいる猫がある日突然に姿を消す。

 どうしたのかな?

 体でも綺麗に洗ってもらっているのかな?

 でもどれだけ日にちが経っても、姿を消した猫は戻ってはこなかった。

 

 ある猫の前に、小さな男の子を連れた家族連れの親子がいた。何度かその猫に会いに来ていた家族だ。

 シルバーとブラックの縞模様が綺麗に入った猫、アメリカン・ショートヘア。通称アメショ。ただそこにいるだけで気品溢れる佇まいだ。

ボクの真っ白で短い毛並みとは違う。

 そのアメショも家族連れが会いに来なくなってから、ここへ戻ってくることはなかった。

 きっと男の子の家族の所で一緒に暮らしているんだろうって思った。


 ボクの未来はいずれ決まる。

 ここで終わるか、それとも違う未来が待っているのか。

 変わり映えのしない室内で、ひとり檻の中で与えられた食事をする。これが美味しいのか美味しくないのかすらも感じない。お腹が満腹に満たされれば良かった。そして満腹になったら寝る。一日がそんな風にして流れていった。

 ただ楽しいことと言えば空想することくらい。

 寝ている時と空想している時が、ボクにとって一番楽しい時間なんだ。

 でもね、悲観なんてしない。

 だって今日もまた、同じあの夢を見たのだから。

 おりひめさまと、ひこぼしさまが年に一度だけ出会う場所、天の川に行く夢を何度も見る。

 ボクは信じてるんだ。

 夢の中でいつも耳にする、萌音もねちゃんという女の子のこと。

 きっとボクはその女の子のことをずっと待ってるんだ。彼女と出会うために生まれてきたのだということを信じて。

 

 いつものように無機質な丸い器に水とキャットフードの朝ごはんが置かれていた。

 今日はちょっといつもと様子が違う。やたらボクの周りが騒がしい。お世話をしてくれる女の人がボクの所へ来ては、またどこかへ行くということを幾度となく繰り返している。

 感情もなく朝ごはんを食べていると、ある家族連れが目の前に立った。初めて見る顔ぶれだと思った。檻の柵と柵の隙間から覗き込む一人の女の子。目線をボクに合わせてこう言った。


「私、この子猫やっぱり飼いたいの。お母さん、いいでしょう?」


 どうやら知らない間に起きていた出来事。女の子を連れた家族は幾度となく足を運び、ボクを見に来ていたらしい。今まで気づかなかったってことは寝ていたのかな。

  

「そうね、ここにいて引き取り手がなければ殺処分されてしまうのよね。まだ子猫だし。いいわ飼っても。その代わり萌音、ちゃんとこの子の面倒を見るのよ」

「うん! お母さん、ありがとう!」


 この瞬間、彼女の笑顔を一生脳裏に焼きつけておこうと思った。

 夢の中で何度も見たおりひめさまとひこぼしさまは、ボクと萌音ちゃんが出会うことを知っていたんだ。

 何の温かみのない檻から出されたボク。そして彼女の温かな手のぬくもりの中に抱かれていた。未知なる外の世界へと飛び立つことができた。













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