第6話、元清掃部の喧嘩番長
翌朝、シリウスに連れられたラストが辿り着いたのは、グランキュリス城に隣接する『本部
私服姿で高級感あるシードの制服を着た若者の集う施設を行くと自ずと視線は集中する。
シリウスの姿を確認するなり全ての者が歓喜し、ラストの悪名を忘れてしまうのが幸いだった。
「……あれが確か脅威指数2だな。輝士になるには最低でも指数5は倒さなければならないことになっている」
厳重な管理を徹底された施設には窓もなく、扉が何重にもあり牢を思わせる造りがされていた。
『ビースト管理棟』。実験や研究の他に、神血の武具による技“
現在は鉄檻の中で獰猛に暴れ狂うウサギのような怪物に、怯えながらも学生達が懸命に剣を突き立てている。
教官用の観覧席からその様を見下ろし、ラストとシリウスが二人きりで密談を交わす。
「あいつらは少しも倒せてないぞ」
「上手く権能の模倣を引き出さなければ、そう簡単にはビーストの外皮は破れないさ。最初の内はあれでも優秀な方だ」
力一杯に切っ先を突き立てるも、悍ましき模様の刻まれた凶暴な生命体は怯む気配がない。重厚な鉄の檻を突き破らんと揺り動かす勢いだ。
「……それで、あの化けもんは?」
「あれがシルヴィアだ。お前にビースト戦を見せたいらしい」
大きな檻の中で小さな人狼型とも言うべき人犬型六体に、人間が取り囲まれていた。脅威指数は9。
しかし制服姿の少女は殺到するビースト達の急所にサクサクと点滅するように剣を突き立て、ものの数秒で倒してしまう。まるで舞のような鮮やかな手並みである。
「対人に優れた彼女だが、数年でビーストにも見事に適応したようだ。九輝将の者達でも彼女を正面から倒すのは困難を極めるだろう」
おまけに倒せず終えようとしていた隣の組の兎型へと剣を振り、小さな光の球を撃ち出して……それはあっさりとビーストを弾き飛ばしてしまう。
「あれは……お前の“ストレート”か?」
「
「
「あれはあれで可愛げがあるじゃないか。私はあのようなコンパクトなものも好きだ」
シリウスが立ち上がる。
「……学生を経験するいい機会だ。そこまで自重する必要もないし、楽しむといい」
………
……
…
廊下でシルヴィアがやって来るのを待ち、ラストを引き合わせる。
「では、シルヴィア。私はすぐに戦場に赴く事になるだろうから、後は頼む」
「お任せください」
「まぁラストもシルヴィアも、くれぐれも仲良くな?」
心配げな眼差しを二人へ向けたあと、深くお辞儀をするシルヴィアと『忙しいなら早く行け』とばかりに顎で指すラストを置いて光となって消える。
「それで………信じられないな」
「奇遇ね、私もよ」
すぐ隣に一目でこの者が『ヤードの奇跡』なのだと分かる、圧倒的な美を感じさせる少女がいた…………ラストの首元に交差させた剣を翳して。
彼女は幻想的な銀髪を背面で一纏めにして涼しげに、大きな胸元はシードの制服を押し上げて弾けてしまいそうだ…………そして今にも抜き身の刃を引こうとしている。
「輝士になりたいと言うから模倣をやって見せたのに、ほとんど見ていなかったわね。私が最も嫌なのは他人に時間を割くことなのに、腹立たしいわ……」
見惚れるのは道理とも言える…………弄ぶように刃の圧に強弱を付ける狂気を無視すれば。
「こんな真似をする奴が社会に溶け込んでていいのか? 聞いていた話とまるで違うぞ」
「奇遇ね、私もよ。ところで私はカエルが嫌いで嫌いで触るなんて考えもしなかったのだけど、もしかしたら今なら触れるかもしれないわ」
「……良かったな、カエルより嫌いなものが見つかってっ」
「反省が見られないわね。血を流せばその生意気も少しは抜けるのかしら」
「なんなんだこの分かり易いサイコパスは」
重なる剣を擦り合わせて脅す女を睨み下ろしたまま嘆息して言う。
「……不安になる。今でさえ驚くほどストレスフルだからな」
「初めに厳しく躾けておきたいだけよ。明日からは私に盲目的に可愛い子犬のように忠実でいればストレスフリーだから安心して」
「こいつ、絶対危ない人間なんだけど……」
しかしこの状況でも一向に不遜な態度を崩さないラストに、燻る苛立ちを覚え始めていた。
「……あなたの生死は私の意志一つなのだけれど、それを理解しているのかしら」
「こんなもん大した問題じゃないだろ。ほら――」
薄っすらと笑みを浮かべたラストが、首筋に確かに触れる刃にも躊躇いもなく一歩踏み出した。
「っ……!? あなたはっ、あなたはどうかしているわ……!」
「これで自由だ」
慌てて刃を引き、指先で双剣を巧みに回転させて鞘へと収めた。
引くのが遅れていれば上質な直剣の刃は首を内側内側へと滑り、両側から血液が噴出する凄惨な光景が生まれていただろう。
「行くぞ、シメオンの弓で粋がってる奴に会いに行くんだろ?」
「……そっちは行き止まりよ」
「あ、あぁ、そう……」
♢♢♢
上級生で成績上位者のシルヴィアは任務の現場を見せる為に指導している隊員を連れて来ているとのことで、本部
「…………」
長閑な風が割とまだガンガン現役負傷中の俺を癒してくれる。
清掃部にいた昨日まではこの時間から夕方まで馬鹿みたいに大きい台車を引いて城ん中を毎日歩いていた。久しぶりにゆっくりしている気がする。
「おいっ、聞いているのか!!」
「ざけんなよ、こらぁ……!!」
……穏やかな時間なのだが、さっきから俺が気に入らないという連中に囲まれている。
「……聞いてる。輝士に評判の悪い俺が気に入らなかったのに、シードに入ったらしきところを見つけて更にイライラしたんだろ」
「そうだ、輝士の先輩達との喧嘩も多いらしいなぁ……」
「たまにな」
新人を七人で囲い、指導時などに先輩輝士から聞いたのか悪名高き俺を袋叩きにしたいようだ。
「で、腕っ節で思い知らせたいと。いいんじゃないか? 実戦的な武術の訓練代わりになるかもしれない。ただ……」
「なんだ、ビビったか?」
「……ここを卒業した輝士を相手にしてた俺に、お前等が勝てるのか?」
「だから数を揃えて来てるんだろ?」
「そ、そうか……」
ドヤ顔で仲間達とニヤケ合い、恥ずかしげもなく言う。
「……なら、怪我しない程度に――」
「――オラァ!!」
立ち上がるのを待たずに、動作も分かり易く何の捻りもない右拳が打ち込まれた。格闘術に励んでいるのが分かるフォームと速度であった。
しかし苦労もなく避けられるので特に食らうこともなく左側に逸れて躱し、
「アベックッ!? ぐぉッ――――」
イラッとした分だけ軽くビンタしてから襟首を掴んで持ち上げ、仲間の一人に放り投げる。
「うわぁぁ!?」
「ぐぉ…………く、くそっ!!」
傷口が酷く痛むが、まだ始まったばかり一人も落としていない。騒ぎになる前にビビらせて逃そう。
「さっさと…………」
まだ学生だからなのか、もう緊急作戦会議のようなものを始めてしまう。
「……お前等、もう帰ったらどうだ――」
「貴様等っ、そこで何をしている!!」
叱責の意思をありありと感じる怒声で、厳格なその者は現れた。
「答えろ、ここで何をしている! まさか下らない諍いではないだろうなぁ……!」
ちょこんと隣にやって来て怒鳴る金髪ポニーテールの可愛らしい少女。背後で手を組み胸を張り、険しい顔付きで俺達を睨み付けて威圧している。
「……上官ごっこか?」
「わ、私は既に輝士で、貴様等の立派な上官だ! 馬鹿者!」
それを聞くなり不良共は恐れをなして背筋を正して敬礼し始める。
「失礼いたしました!!」
「うむ、では発言を許可する! 迅速に質問に答えろっ!」
満足してなのかポニーテールがちょこちょこ揺れて、上機嫌を表しているかのようだ。声音も少し柔らかくなっている気もする。
「いや、待て……お前が答えろ」
「……何故? 俺なんですか?」
見下ろしているとギロリと睨み上げられ、ターゲッティングされてしまう。
キャンキャン吠えて来るので一応敬語を使っておこう。
「何でもだっ。まさか答えられないような事をしていたんじゃないだろうなぁ……」
「ふっ、それはこいつ等に訊いてみてくださいよ」
俺の言葉を受けた全く怖くないお嬢さんが、不良達に鋭い視線を向けて発言を促す。
「は、はっ! 見慣れない者がいましたので詰問したところ、いきなり頬を叩かれ、投げ飛ばされていたところであります!!」
「聞かせなきゃ良かった」
パンチを避けられたら『いきなり頬を叩かれ、投げ飛ばされた』、これが偏向報告か。
「……暴力行為を受けたとの主張だが、本当か?」
「いや……間違えてはいませんけど」
「きっさまぁ……!!」
なんかこいつ、可愛いな……。小さい身体でわなわなと、一生懸命に怒ったぞと主張して来ている。
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