雪に願いを

佐伯瑠鹿

第1話     雪降る街角  小学生編

 雪がまだ降り続ける北欧は此処。ノルウェーの街中を白く染めているそんな季節。しかしそこにはそんな寒さをも忘れて、ひたすら街灯だけで仄かに明るく照らされている雪に、足を取られながらも走り続けている少年がいる。


「はぁ…はぁ…苦しい、ここまで来ればもう平気かな?本当にあいつらって、しつっこいんだから、嫌になるよ」

 随分走ってきた様子か、息をゼイゼイ乱しながら、肩で息を整えているこの少年。名は【タキ・ショナードイル】である。

「あ…雪がまた降ってきた。早くここから遠ざからないと、あいつらが来ちゃう。こんな所で捕まったら大変だ。人影がない」

 そう独り言を言っている所へ、一台の緑色の車が横付けして滑り込んできた。

 タキの表情が一瞬強張った。車の中から出てきたのは、先程から逃げていた2人組だったからだ。

『……クソ…バレるの早すぎる……』

 内心、舌打ちをする。

「タキ残念だったな、計算が狂ったか?もうすぐ人混みの多い大通りに逃げられる所だったのにな、俺がちょっと目を離した最中に逃げ出すからビックリしたよ。それに隣街のオスロまで走って帰るつもりだったか?」

 優しい笑みを洩らしながら、右手を差し伸べた男に、タキはそれを拒絶した。

「いやだ!……お願いだから、これ以上僕に関わらないで、もう。そっとしておいて」

 タキは、今にも泣きだしそうな顔で哀願するが、かえって男を一層そそる事になった。

 男は、タキの顎に手をかけ少し上に持ち上げる。暫く唇の線をなぞっていた指がやがて解け、男の唇がタキの唇に近づき息がかかるところで、タキが抵抗を試みた。

「やめて!……」

 拒絶する様に、自分の身体を突っ撥ねてきたタキの手を、男は両手でタキの両手首を掴むと、それをそのまま強引に自分の腰へと回させると、タキを思いっきり抱きしめた。

『…温かい。自分の身長にスッポリと収まるタキの身長+フィット感の抱き心地に。…良いわぁ〜最高』

 男は離れ難いのか。この愛しい子を思いっきり堪能している様だ。しかし嫌々な感じのタキにしてみれば長すぎる。あれから大分経つが、いまだに解放されない抱擁から、段々苛立ち暴れる様に、逃れようとしたのだが、その隙を狙ってか今度は唇に軽い感触が触れてきた。その途端。

「やあ!シュトラス……や…だ……ここ外だよ……誰か来たらどうするのさ!」

 タキの瞳が困惑したような、泣き出しそうなそんな表情をしていた。こんなタキを見て、可愛いもっと違う表情を見たくなった。シュトラスと言われたこの男の心を、それで支配していた。

 口元の端を上げクスクスと、含み笑いをし始めたシュトラスに、タキはゾクっと背筋が凍る思いを感じた。

「タキ、別にいいじやないか、キスぐらい見られたって」

 タキは、首を何度も横へ振った。

『同性でなんて、違うこんなの……こん…な…のいいはずないじゃないか、僕だってつい最近まで普通の男子だったんだ。こいつに会うまでは…好きな女の子だっていた……なのに……』

 タキが俯いたのを合図に、シュトラスのもう一人の仲間が声をかけてきた。

「おいシュトラス、雪が降りだしてきたぜ、どうするんだよ」

 シュトラスは何かを考えていたが、やがてタキの頭に肩に降り降りてきた雪を見つめていると、その腕を取って力任せに車の中へと引き込んだ。不意を突かれたタキは声も出せぬまま車内に放り込まれてしまって、怯えた子猫の様に身体を小さくしていた。

「シュトラス…お願い…もう…」

 見るからに、辛そうにしているのは分かる。本当はこんな無理強いな事はしたくはない。でも、初めて本気で好きになった子だ。大事にしたい。でも、今までガラの悪い連中としか絡んだ事が無い自分が、いざ純情な子と接する時、どう接したら良いのか分からない。好きな分だけ空回りばかりだ。だから、こんな事しか言えないでいる。

「ああ……。心配しなくとも楽しい遊びをしながら、これからお前の家まで送ってやる。スラット、タキの家まで行ってくれ…………」

 そう言って、舌舐めずりを見せていた。

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