磁場ニャン

夏伐

第1話 猫、異界へ

 異界ホリビリス――あまたの世界より強い願いをもった魂が落ち来る原初の世界。

 願いが力になり、そして力を持った魂はこの世界から渡り元の世界へ還っていく。その強く変化した魂は、さらに世界を変革させるために力を振るい、新たなる世界を誕生させる。


≪新たなる変革者――あなたの願いを叶えましょう≫


 僕が目を覚ました時、そこにはたくさんの人がいた。


「これは……」


 周囲の人を警戒していると、向こうも僕を警戒しているのが伝わった。


「ただの猫か?」


 僕を指さして数人がざわざわと言葉を紡ぐ。あまりにも失礼な言葉だ。僕は怒って「シャーッ」威嚇した。


「なんだただの猫か」


「祭壇で寝てるなんてはた迷惑な猫だな」


「仕方ないよ、猫だもん」


 口々に落胆して人々は困惑したままに、どんどんと立ち去っていった。

 状況が理解できない。


 金もないし、そもそも見た事のない形をした人々だ。今までニンゲンというのはつるっぱげの変な耳の大きな生き物だと思っていたが、この世界ではどうにも魚っぽいのだとか、とんがり耳だとか、僕らをまんま大きくしたようなものたちがたくさんいた。


 どうにも僕は元の世界と違って、少し頭が良くなったらしい。元からとても頭が良かったからこの世界ではとても楽に過ごせた。


 一つ困ったのは人間の言葉が分かるようになったものの、同類の言葉が分からなくなってしまったことだ。おかげでごはんをもらえる店や家、安全な寝床を探すのには苦労した。


 酒場が情報もごはんももらえる良いスポットだ。

 酔っ払いや粗暴な男に蹴られないように気を付けて「ごはんちょうだい」と言うとウェイターの少女が残り物をくれる。


 そんな風に一生懸命にこの世界を調べた結果、ほんの少しこの世界のことが分かった。


 この世界にやってくる人にはいくつかの能力が付与される。それは元の世界ではチートと言われるもので、自身の願いに直結した能力が付与される確率が高いらしい。


 僕のすぐ後に、例の祭壇? だとかいうものが置いてある広場に少年がやってきた。その時の様子から、この世界に来たばかりの僕はただ祭壇で寝ている猫なのか、それともこの世界にやってきた猫なのか、それが議論されていたようだ。


 そんなこんなで色々と考えてみたものの、僕の能力は分からなかった。ただ異様に惹かれる場所が一つ。


 この街はとある空洞を中心に出来ていた。欲望の大迷宮と呼ばれるそこは、モンスターが定期的に出現し、宝箱なんてものもあるらしい。

 クリアっていうのをすると、元の世界へ帰ることができるそうだ。ただ、それは容易ではないらしい。


 大迷宮からとれるモンスターの素材とこの世界特有の『魔法』という文化で歪な街が出来ていた。


 僕の願いはそういえば一つあった。飼い猫だった僕の弟が行方不明になってしまったのだ。ママもパパも悲しんで、生まれたばかりの妹の鳴き声ばかりが家に響いていた。


 それだけならまだしも、変な機械を持った人間が家に押し掛けてきて、ママもパパも苦しんでいた。さらにケーサツという種類の人間が来ては、弟の行方は分かりません、と同じことを聞いて帰っていく。


 僕は毎日、街の中で仲間に声を掛けて弟を探していた。


 そんなある日に、気づくと僕はここにいた。


 願いが叶う場所、とにかく前に進めば良いらしい。


 僕は大迷宮に挑戦することにした。ここで死ねば元の世界でも死んだことになるらしい。死んだら還る、という話もあったが、この世界でそれを知るすべはない。


 僕は自らの感覚に導かれるようにして、敵が出ても無視して走り抜けて隠れながらどんどんと大迷宮を進んでいった。

 そうして辿り着いたのが、第六階層――ラビリンスだ。


 ここは巨大な迷路になっており、様々な人間が迷路の入り口で休憩していた。

 感覚を狂わせる何度も繰り返す曲道、同じような景色が永遠に続く。方角が分からなくなった時に出会うのは同じ道を辿った先人の装備。


 驚いたのが、ここには弟の匂いがかすかに存在していた。

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