異世界転生(憑依)は甘くない

Planet_Rana

★異世界転生(憑依)は甘くない


 ――がこぉんっ!!


「さぁ!! はったはったぁ!! 丁か、半か!!」

「……っ!!」


 拝啓、俺。元気してますか。中略。元気なわけがないだろう。敬具。


 令和を生きる大学生二十歳がトラックに轢き飛ばされてやって来たのは、今にもみぐるみを剥がされそうな状態で尚賭け事に持ち金を投入したらしい若くも可愛くもないおっさんの身体の中だった。


 酒か薬か、とうに意識をふっ飛ばしてしまったおっさんに変わり、若干二十歳の俺の精神が挿入されるという異常事態。勿論目の前で嗤う賭博師の兄ちゃんはそんなこと知る由もないだろうし、有り金はたいてみぐるみ剥がした後に残った裸一貫のおっさんなんて何処かしらに売り飛ばして金にする程度の利用価値がないだろうから、正直この状況で丁だとか半だとか言っている場合ではないのである。


 ちらりと視界の端を確認すると、障子が張られた格子窓に外部からネオンライトが差し込んでいる。薄暗い室内は畳を敷き詰められた所謂和室だ。地面がたまに揺れるので、もしかすると船の上か? 屋形船で博打? とことん逃げ場がないじゃないか!


「お客さん、どうしました? さぁ、丁か半か!!」

「びえっ!? え、あ、えと」


 令和現代で博打などに触れたこともない真面目大学生だった俺に丁とか半とか聞いてくれるな!!


 意識覚醒した瞬間から無理難易度の脱出ゲームをさせられている気分でしかないんだ。例えばこれがゲームのチュートリアルなら丁だ半だと答えたところで「次」があるんだが、現在このおっさんの身体が一体どれだけの物を賭けているのかすら分からない以上「次」の保証がないといっても過言ではない!!


 賭けた物が「命」だったらどうすんだよ!! 二分の一で俺死ぬの!?


 賭けるにせよ負けるにせよ、ルールの一つも知らないで死んでたまるかってんだ!!


「ちょう……」

「丁か!!」

「――って奇数ですかぁ!?」


 っだぁん!!


 さらしを撒いた兄さんが開けようとした茶碗ごと自分の掌を重ねる。


 大丈夫、すげぇ音がしたけど床が揺れた感じはしない。床が揺れていないと言うことは、サイコロの目も変わっていないはず。つまり分からないと言うことだ、そうだろう!?


 流石に丁と半が分からない俺でも、それが博打であるということが分かるように。これはサイコロの出目で結果が決まる賭け事だ。

 相手の兄さんにしてみればさっきまで首をグラグラさせて気崩していた厳つい顔の男が胸ぐらに掴みかかる勢いで結果発表を止めに来たわけだから目を丸くしてはくはくと口を鯉のようにする。


「ちょ、丁半なんですから丁は二で割り切れる数っすよ!!」

「……つ、つまりは偶数が丁か。で、俺以外の参加者が何故いないんだ」

「は? それならさっき海の藻屑になったばかりじゃあありやせんか」


 ――海の藻屑!?


 ちょっちょちょちょちょ、ちょっと待て。


 この身体の野郎、他の参加者と一緒にここにきて、命すら担保に賭けをしてたっていうのかよとんだ外道じゃあねぇか!?


 そして、それら担保が既に一名たりとも残っていないということは、次負けたら俺が藻屑になるって事じゃねぇか!! 納得いかねぇ!!


 いや、このおっさんがどんな悪逆をしてきてその報復を受けようがどーでもいいし報いを受けろって思うけどそれが内部精神「俺」である必要はないだろうが!!


 ああああああ考えろ考えろ考えるのを辞めるんじゃねぇ全神経全集中第六感まで総動員して事の解決に当たれ!!


 うっわそれにしても酒飲みの頭痛なのか知らんがかなり明らかに体調が悪い、頭にモヤがかかったみたいに優れない!! 先行き不透明とはこのことだなぁ心底笑えんぞ!! 俺来世があったら酒と薬だけはぜってぇやらねぇ決めた今決めた、だからといって今死にたいとも思わねぇけどなっ――現実逃避が異常にはかどる!!


 人間の思考回路ってマジ変な風に作られてんな!?


 丁か、半か。サイコロが回る。

 偶数か奇数か。確立は五十パーセント。


「決まりやしたか?」

「……半で!!」

「うっす」


 目の前で回された湯のみが外される。

 実際の所、素人目に丁半の区別がつくわけ無かったのだ。




 木札が横置きで転がっていた。




 海の藻屑になった。







「――はっ!?」

「……おはよう兄ぃ。車に轢き飛ばされて奇跡的にいち命とりとめた現在の心境は?」


 白い天井、見知らぬカーテン。

 見知った妹の顔、包帯ぐるぐるの身体、足が両足とも吊られている。


「何か言ったらどう。一応、心配したんですけど」

「あの海、まさか三途の……」

「?」

「な、んでも、ない」


 言葉に詰まった俺のことをみて、妹がほっと息を吐く。


「花畑でも見てきた? 現代医学って進歩してるから、楽しい思いしてたんなら引き戻してごめんねって感じなんだけど。どう」

「ど、うって」


 生きるか死ぬか。丁か半か。


(俺が入り込んだ謎のおっさんは、どうなったんだろうな……)


「兄ぃ?」

「……赤い提灯がめっちゃ飛んでるのを見たぞ。その後なんか溺れたけどな」

「おぉ、中華だねぇ」


 ニコリと細い目が笑うのをみて、俺はようやく安心して、眠ることができた。







 揺れる視界に目を覚ます。見覚えのある畳、見覚えのあるお兄さん。


「やは! また会いやしたね」

「……」

「さぁ、丁か半か!! はったはった!!」

「うわぁぁぁまたかよぉぉぉぉぉぉぉ」


 ぎらぎらとネオン瞬く川の上、屋形船でちんちろりん。

 今日も今日とて命を賭けて、俺は二択の綱渡る。


 ちなみに第六感までフルで勘を働かせて三回ぐらい生還したあたりで容態が安定したのだが、湯のみがトラウマになったのは言うまでもない。




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