その恋の音は柔らかくて鋭い

つかさ

第1話

桜の花びらと送る言葉と別れの涙が宙を舞う3月のある晴れた日。

つまりは卒業式当日である。

数時間前までたくさんのパイプ椅子で埋め尽くされていた体育館はこの一年の役目を終えてしずまりかえっている。


「卒業かぁー……」

「嘆いても青春は返ってこないぞ」

「別に嘆いてなんかない」


 ステージの縁に横並びに座る俺と悠香。

 悠香ゆうかは男女別とはいえ同じバスケ部員として3年間汗水垂らして過ごした仲で、こうやって気兼ねかく話せる友人の一人だ。


「ところでさ。麻奈あさなとはいい感じなの?」

「唐突にぶっこんできたな……」

「だって私だけ別の大学だし、ここで聞いておかないと次は同窓会とかになっちゃうから」

「いや、今生の別れになるわけじゃあるまいし」

「で、どうなの?」

「あなた様の親友さんとは健全にお付き合いさせていただいてます」

「なーんだ。その感じだとせいぜいキスくらいか」


 ステージから突き出た悠香の両足が上へ下へぷらぷらと揺れる。ここではいつもダイナミックな動きを見せる自慢の両足も今日はそのナリを潜めて、代わりに瑞々しさと柔らかさを覗かせている。


「いや、それもまだで……」


 泣け無しの自慢ポイントを披露すると悠香は「嘘でしょ⁉︎」と体を仰け反るようなリアクションした。


「ほら。麻奈ってぼーっとしているというか、ちょっと鈍いとこあってさ。俺はしてもいいかな……なんて思っていても、向こうは『なにそれ?』みたいな表情だったりするんだよ」


 ややひどい言い方で表すなら鈍感というヤツだ。


「きっとアンタがそのまま調子に乗ってオオカミになるのを察知していたんじゃない?」

「年中お花畑みたいな麻奈が?」

「それ本人に言ってないでしょうね?」

「そんな怖い顔で見るな。言うわけないだろう。それに良い意味でだよ。良い意味で」


 そう。あの頃はなんとかして俺は悠香みたいにレギュラーになりたいと思って、毎日朝練しているコイツと一緒に必死こいて頑張っていた。

 だけど、あの日、麻奈と二人で帰った日に麻奈から「笑っているキミが見たいな」って笑顔で言われた。そこでハッとして、バスケへの考え方とか自分のプレーとかを見直して、俺はようやくレギュラーになることが出来たんだ。しばらくして改めて麻奈に聞いたら「なんか恐い顔してたから」ってなんてことない顔でそう言われた。


「アンタみたいなデリカシーの無いやつには麻奈みたいなすごく良い子がぴったりだったってことね。お似合いでおめでたいこと……って。あっ」

「何を失礼な……って、どうした?」

「あっ、えっ……。その、制服のね……」


 と、パタンと小さな音が入口の方から鳴った。


「2人ともここにいたんだね。もう教室のみんな帰っちゃうよ。そろそろ行こうよ」


 麻奈があの時みたいに声をかける。


「わかった!今行くから。……で、えっと、なんだっけ?」

「なんでもない。アンタ先行ってて。私もちょっとしたら行くから。ほら」

「あー、うん。わかった」


 言いかけの言葉が少し気になるけど、こういう時の悠香にしつこくあたるのは悪手なので、俺はステージから飛び降りて、入り口で待つ麻奈の元へ向かった。友達との別れを惜しんでいたのか。その小さな瞳は少しだけ赤くなっていた。

 そういえば、“あの時“っていつのことだったっけ……?



 私とアイツで練習していたあの日、私はアイツに告白するつもりだった。一生懸命に練習するアイツにすごく惹かれていたし、私が彼女になってもっと近くで力になってあげたいと思ったから。

 前の日の夜から散々悩んでようやく決心したその日に限っていつも練習が終わるよりも少しだけ早く麻奈は私とアイツを呼びに来た。そして、麻奈に元気づけられたアイツは翌日から少しずつ良くなっていって……。たぶん、あのまま私とガムシャラに練習しただけじゃきっとダメだったかもしれない。そう考えると、すごいなぁって思う。


「おまけに、そこから急接近してアイツに告らせちゃうんだもんね」


 私が告白することに気づいたのか。それともアイツがこのままじゃダメってことに気づいたのか。麻奈はそういう計算高い子じゃないのは確かなんだけど……。だから、直感みたいなの。そういうの第六感って言うんだっけ?

 私はステージから降りて、スカートの裾を軽く触れて整える。

 

「あーあ。でも、これは絶対叶わないなぁ」


 だって、第二ボタンをもらう隙もくれないんだもの。


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