第5話

ドラマや映画以外で人のキスシーンを見たのは生まれて初めてだった。



あたしはしばらく呆然としてそのシーンを見つめていた。



目を閉じた大西さんのまつ毛は太陽の光でキラキラと輝き、綺麗だった。



男子生徒の方は目を見開き、硬直してしまって少しも動かない。



そのキスはほんの数秒だったはずだけれど、見ているあたしからしても何分間も経過したように感じられた。



大西さんがスッと身を引いて目を開けると同時に我に返る。



「行くよ柊真」



なぜだか、見てはいけないものを見てしまった気分になり、あたしはそそくさとその場を後にしたのだった……。


☆☆☆


結局、その後あたしたちはパフェを食べに行くことはなかった。



衝撃的なシーンを見てしまってなんだかそんな気分ではなくなってしまったのだ。



「どうしてキスなんてしたんだろうな」



家まで送ってくれると言うのでその言葉に甘え、家の近くの公園まで来たとき、柊真はそう言った。



「え……?」



そんなの相手のことが好きだったからに決まっている。



なにをわかり切った事を言っているんだろうと、首を傾げた。



「あの転校生って不思議だよなぁ」



そう言い、両手を頭の後ろで組んで空を見上げる。



「そう? 別に、あたしたちと変わらないと思うけど?」



ちょっとした強がりでそう言った。



「転校初日に告白されて自分からキスなんて、俺には考えらんねぇ」



そう言われればあたしだってそうだ。



転校の経験もないからわからないけれど、環境が変わるとのは結構大変なことではないのか。



そんな中、行きなり告白されてキスなんて、あたしにもできるとは思えなかった。



「出会った瞬間に運命を感じるってことはあるみたいだよ?」



あたしはどこかの芸能人が言っていた言葉を思い出して呟く。



大西さんもきっとそうなのだろう。



男子生徒と出会った瞬間この人だと感じて、そのまま行動に移してしまった。



いずれにしても、あれだけの美人だからできる技だった。



あたしは1年生の頃から柊真のことが好きだと言うのに、未だにグズグズしている。



そうこうしている間に、もう家の前に来てしまった。



「なんかごめんな。パフェの予定だったのに」



玄関前で立ちどまり、柊真が申し訳なさそうに頭をかく。



「ううん。パフェはまた今度二人で行こうね?」



そう言ってから、自然とデートの誘いをしてしまったことに気が付いて、頬が熱くなるのを感じた。



「もちろん。じゃあ、また明日な」



そう言って手を振り歩いて行く柊真の後ろ姿を、あたしは見えなくなるまで見送ったのだった。


☆☆☆


《ヒナ: 今日はどうだった!?》



家に戻って真新しい教科書とノートを鞄につめていた時、ヒナからそんなメッセージが届いた。



あたしは一瞬悩んで、それからスマホをタップする。



《心美:結局パフェを食べには行かなかったの》



《ヒナ:そうなんだ……》



上手く行かなかったのだと思ったのか、普段は絵文字満載のヒナのメッセージが文字だけで送られて来た。



《心美:学校を出たタイミングですごいものを見ちゃってね。デート所じゃなくなったの!》



《ヒナ:すごいもの?》



その質問に心が躍るのを感じた。



どうせ明日にはあの2人のことは話題になっているだろう。



少し早いタイミングでヒナに教えたって問題ないはずだ。

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