第六感は“創れる”

鈴木怜

剣道場にて

「第六感は“創れる”んだ」

「何いってるんだこいつ」


 剣道の道場内に私の冷ややかな声が響く。

 街中でそんなことを言われたら間違いなく距離をとる発言。

 それが私の兄から出たものだというのが悩ましい。


「ああ悲しいかな妹が俺に辛辣」

「縁切られてもおかしくないよ」


 私の兄はいつもこんな感じなのだ。突拍子のないことを言っては私を困らせる。

 今回もその一つらしかった。


「五感はさすがにわかるだろう?」

「うん。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、だよね」

「そうだ。その次が第六感と言われているものだ」


 言っていること事態はなんとなく分かる。分かるが、分かりたくはない。そんな気分になるのは何故だろう。胡散臭いからか。


「ちなみにすでに俺は第六感を使って見せている」

「なにその中二病患者みたいな台詞。引くわ」

「それだ」

「……は?」


 今度は話が全く見えなくなった。


「お前がそんなことを言うだろうと、予測を立てながら話しているんだよ、俺は」

「キモッ」

「はあああぅっ!?」


 今度は予測を立てていなかったらしい。悶える兄の姿が床に反射する。

 ひとしきり悶えたあと、気を取り直すように兄は正座をした。


「ま、つまりは、だ。相手がどう動いてくるのか、ということをなんとなく感じ取る感覚、それが第六感だと俺は考えている」

「なんだろう、言っていること自体はなんか正しい気がするのに信じられない感覚。信じたくない感覚」

「まさにそれが第六感だな」


 そうして兄は竹刀を持って立ち上がる。


「そして、それを上手く制御できるならそれは剣道において非常に優位に働くだろう。次に動く方向が、次に切り込むのはいつなのか、顔を確認しにくい剣道では、非常に重要なものとなる。来なさい」


 つまり、私の剣道の腕を上げるために必要なものだと、兄はそう言いたいのだろう。

 私にも決して悪い話ではなさそうだった。息を吸って立ち上がる。


「……参ります」


 一歩前に踏み込む。


「やあああああああっ!」


 がら空きだった胴に向けて市内を振り下ろす。しかし、兄はそれが最初から分かっていたかのように腕をたたんで、すんでのところで竹刀を合わせてきた。

 だが、それすらもやや遅れていたらしく、兄の竹刀は天高くへと弾き飛ばされる。

 あとはこちらが主導権を握ったようなものだ。さらに一歩踏み込んで、一本取れるまで竹刀を振るだけだ。


 そんなとき、面に竹刀が当たる感触がした。

 天からポトリと落ちてきたような、そんな感触だった。


「はい」


 完全に視覚外。どうしようもないところからの一撃だった。


「何したの」


 剣道では普通ありえない挙動だ。一対一で真正面に相手がくるはずの剣道、竹刀が視覚外から襲ってくるなんて聞いたことがない。


「ん? ま、こういうことだ」


 手を開いては閉じる兄。よく見たらワイヤーのようなものが見えている。それが繋がる先は、竹刀だ。


「反則行為って知ってる?」


 竹刀を故意に落としてはならない。

 決められた器具以外を使ってはならない。

 兄のそれは明らかにルールを破っている。ひどいものだ。


「もちろん」


 兄の声が弾んでいる。兄妹以外でこんなことしたらバッシングされるのは間違いないだろう。


「二本目行くぞ」

「はあ?」


 竹刀が兄の手にするすると戻っていく。

 大道芸の方が向いているんじゃないだろうか。


「何があるかわからない状況において、対応力を磨け。それがいつか読みの力となり、第六感として花開くだろう。やああああああああっ!!」


 今度は兄が迫ってきた。

 気分は剣道というよりもRPGかなにかである。



 ☆★☆★☆



 数年後、私は剣道の世界で、読みが冴える女として一部で話題になった。間違いなく兄のせいだ。

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第六感は“創れる” 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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