主人公2 騎士団長シルフ・ランドルト


 「リフィリアさんっ! 見て、この姿!」

 「あら、シルフくん……じゃなくて、ミュフィールちゃんね。どう? 人間の男の子になった感想は?」

 「体が軽くて、すっごく動きやすいのっ! それに、なんだか気分もスッキリしてる!」

 「ふふっ。大きな声でしっかりと話せるようにもなったわね。その体になって、自分に自信がついたんじゃない?」


 『おれ』が、魔女のリフィリアと話している。でも、その『おれ』は「ウィンドナイツの騎士団長シルフ・ランドルト」ではあるけど、本当のおれじゃない。

 本当のおれは、その後ろにいる。『おれ』に、手を引かれている。


 「それで……こっちの子が、魔女のミュフィールちゃんになった、シルフくんね」

 「……!」


 【陰影魔女】ミュフィール。それが、おれに新しく与えられた名前で、与えられた立場で、与えられた体だった。目が覚めた時、おれはミュフィールという魔女の姿に変えられていた。


 「か、返せ……」

 「うん?」

 「お、おれの、体を……返してくれ……」

 「声が小さくて、あまりよく聞こえないわね」

 

 自然に、声の大きさをしぼっていた。あまり大きな声で喚くと、おれの手を引いて地下牢から連れ出してくれた人に、迷惑をかけてしまうからだ。

 ……という、考え方になってしまう。おれは、誰かに迷惑をかけることを極端きょくたんに恐れるような、臆病な少女になってしまった。


 * * *


 「はぁ、はぁ……。あ、歩くのが……早いよ……。ミュフィール……」

 「あっ、ごめんなさい! わたし、どんどん前に進みたくなっちゃって」

 「いや、べ、別に……いいんだけどさ……」

 「ちょっと落ち着かなきゃだね。そこのかぶに座って、少し休んでいかない? シルフくん」

  

 夜宴サバトが終わり、おれとミュフィールは魔女の城を後にした。

 今は二人で森の中。この森を抜けた先の巨大キノコの群生地ぐんせいちに、ミュフィールが暮らす家があるらしく、歩いてそこに向かっていた。

 

 「……」


 ギュッと握った手は、いつまでも離せなかった。

 誰かと手を繋いでいると、安心する。幼いころ、両親に対して感じていたその安らぎを、今は『おれ』から感じている。このまま手を繋いでいると、心まで「弱い女」になってしまいそうだけど、どうしても自分からは手を離せない。


 「け、結局……お前は、リフィリアから、おれの体を買い取ったのか……?」

 「うんっ。もう少し、このままでいたかったから。でも、入れ替え魔法を解除する方法も分かってるし、気にしなくて大丈夫だよ」

 「そ、そうか……。それなら、いいか……」


 口では「それならいいか」と言ったけど、本心では何も納得していない。しかし、「ふざけるな! 今すぐおれの体を返せ!」なんて言い返すことも、怖くてできなかった。

 相手に詰め寄るのにも勇気がいる。今のおれの体には、その勇気が全くない。


 「ねぇ、シルフくん。この姿で、魔族まぞくがいの方に行ってきてもいい? もっといろんな人にも見せたくって」

 「えっ、あ、うん……。おれは、あんまり……今の姿を、見られたくないけど……」

 「さっきから、恥ずかしそうにしてるもんね。じゃあ、先にわたしの家に帰って待っててね」

 「う、うん……。そうする……」


 繋いでいた手が、離される。「弱い女」に侵食されていた心が、男の自我を取り戻す。

 そして、『おれ』になったミュフィールは、魔族街へと続く道へと消えていった。


 「……」

  

 森の切り株の上で、おれは独りになった。

 ミュフィールには、「先に家に帰って待っててね」と言われたが、したがわないことにした。体が入れ替わっていようが、おれは歴戦の騎士シルフ・ランドルトで、ミュフィールはただの下級魔女。おれがあいつの言いなりになるなんて、おかしなことだ。


 * * *


 「はぁっ、はぁっ……」


 向かう先は一つ。ムーン王国の姫であり、騎士のおれに加護を授けてくださった女性、スノーシア姫が住む城だ。せい魔法まほう「真実の眼」を使える彼女なら、本当におれが騎士のシルフであると分かってくれるだろう。


 「うわっ……。番兵ばんぺいがいる……!」


 城門の前には兵士が二人。騎士は通してくれるだろうが、魔女はきっと通してくれない。

 門から入るのは諦め、城の裏側に回り込む。そこには、ちょうど子どもが一人通れるくらいの、小さな抜け穴があるのだ。騎士団長は城に呼ばれることが多いので、おれはその穴の存在を知っていた。


 「よいしょ……っと」

 

 騒ぎになる前に、スノーシア姫に会うことが最優先だ。コソコソと身を隠しながら、姫の部屋を目指す。さいわい、城内に人は少なく、姫の部屋に辿たどりつくのにそれほど苦労はしなかった。が……。


 「姫様っ……! あれ? いないっ!?」


 そこに、スノーシア姫の姿はなかった。

 

 「あっ! 誰か来る……!」


 コツコツコツ……。この姫の部屋に、足音が近付いてくる。今見つかったら逃げられない。

 おれは隠れる場所を求めて、「ドレッシングルーム」と書かれている部屋の扉を開けた。


 「ここは……」

  

 スノーシア姫の正装であるプリンセスドレスが、いくつも保管してある部屋だ。着付けや化粧をするための、大きなドレッサーもある。この部屋は物陰が多く、身を隠すにはちょうどいい。


 「あれ? このドレス……見たことあるぞ」

 

 ふと、一着の衣装が目に止まった。

 それは、スノーシア姫が式典の時に着ている、純白じゅんぱくのドレス。おれがウィンドナイツの騎士になって、聖魔法「姫の加護かご」の授与じゅよを受けた時も、姫はそのドレスだった。いつもより美しい姫に緊張してしまって、あまり目を合わせられなかったことを覚えている。

 

 「そうだ。おれはあの日から……この国に、スノーシア姫に、忠誠ちゅうせいちかったんだ……」


 懐かしい記憶。目を閉じれば思い出す。

 純白のドレスを着たスノーシア姫は、まるで雪のように美しくて……。綺麗で、かわいくて、みんなの憧れだった。いつも日陰にいるわたしも、あの白いドレスが似合う女の子みたいになりたかった。


 (ん……? あれ?)


 でも、わたしは弱い魔女だから、人目を引いたり注目を集めたりすると、迫害を受けてしまう。ほんの少しのおしゃれさえも、昔は怖くてできなかった。

 日の当たる明るい場所には、人間がいる。わたしは人間から逃げ隠れるように、暗い森の中や魔族街で日々を過ごしていた。着る服も、黒や紫の地味なものばかり。きらびやかな白いドレスを着て歩くなんて、夢のまた夢。でも、いつか願いがかなうなら、わたしも……。


 (こ、これは……おれの記憶じゃないっ……! ミュフィールだ……。ミュフィールの記憶が、おれの頭のなかにっ!?)


 その時、部屋の外から会話が聞こえてきた。


 「国王様もスノーシア姫様も、しばらくは他国から帰ってこないみたいね」

 「和平わへい交渉こうしょうしてるんでしょ? ウィンドナイツで一番強い騎士団長さんが不在の今、他国に攻めこまれたらヤバいもんね」


 会話しているのは、二人の女。いつも城内の掃除をしている使用しようにんの女たちだ。

 使用人の女たちは、何のためらいもなく「ドレッシングルーム」の扉を開けた。


 「「きゃああっ!!?」」

  

 その瞬間に、会話は悲鳴へと変わった。

 女たちの叫び声にびっくりして、おれも閉じていた目を開けた。


 「……!?」


 ドレッサーの鏡に映っていたのは、純白のドレスに身を包んだミュフィールだった。

 本来はプリンセスが着るべき衣装を、どこからか侵入した怪しい魔女が、勝手に着てしまっている。そして、その白いドレスを着た怪しい魔女は……今のおれだ。


 * * *


 何もできないまま番兵たちにらえられ、まずはドレスを脱がされた。

 連行された場所は、城の中庭に立っている一枚の壁。壁からはくさりが4本垂れていて、おれの右手、右足、左手、左足にそれぞれ繋がれた。


 「お、おれは……ウィンドナイツの騎士団長なんだ……! 魔女に体を入れ替えられんだっ! し、信じてくれっ!」

 「フン、小狡こずるい魔女め。姫様の次は騎士団長にますのか」

 「な、成り済ます……!?」

 「ドレスを着て、スノーシア姫に成り済まそうとしていたのだろう? 魔女は人間に化けて悪事を働くからな」

 「違うっ! あれは、そういうつもりじゃ……!」

 「どういうつもりかは知らんが、貴様がドレスを盗んでいたのは事実だろう。まあ、女性である姫様ならまだしも……ウィンドナイツの騎士団長は男だぞ。女のお前が成り済ませるような人ではない」

 「だから、それは心と体が……!」

 「いくらでもそこでわめいていろ。国を乗っ取ろうとした罪は重い」


 本当のことを話しているのに、誰にも信じてもらえなかった。おれの言葉は、聞く人全員から「国取りに失敗した魔女の妄言もうげん」として受け取られた。

 そして、城の中庭で晒し者にされている下着姿の魔女に、人間たちは容赦なくばつを与えた。


 「セクシー魔女さーん。ご飯の時間ですよー」

 「や、やめろっ……!」


 使用人の女たちは、おれにいつも「食事」を運んできた。今日の献立こんだては、ジョウロに入った水と、火箸ひばしで掴んだ黒いトカゲ。


 「魔族のご飯って、こういうイメージだよね。はい、お口をあーんして」

 「嫌だっ……! やめてくれっ……!」

 「もー、せっかく食べさせてあげてるのに。ほら、食べなさいってば」

 「た、食べたく……ないっ……」

 「暴れちゃダメだよ。あ、トカゲさんが落ちちゃう」

 「うわっ……!?」


 魔女の体は、胸が少しふくらんでいる。火箸から逃げた黒トカゲは、その膨らみの上に落ちた。

 

 「と、取って……! 早く、取ってくれ……!」

 「えー? でも、トカゲさんは魔女さんのおっぱいから離れたくないみたいだよ? 魔女さんが着けてるブラ、かわいいもんね」

 「頼む、助けてくれ……! おれは、本当は……。うぅっ……」

 「泣いてもダメ。あなたは悪いことをしたんだから。頭からお水をかけて、汚い涙を洗い流してあげるね」

 「……」

 

 騎士になった日から、涙は流さないと決めていた。誰よりも強い男になりたくて、そうなれるように生きてきた。

 でも、今は魔女に変えられて……すぐに涙をこぼしてしまう、弱い女になってしまった。


 * * *


 「我らウィンドナイツの騎士団長、シルフ・ランドルトを必ず助け出すぞ! 【黒帝魔女】リフィリアの首を取れ!」

 「「「おおーっ!!」」」

  

 副団長のゼイオスを筆頭に、おれの仲間たちが立ち上がった。どんなに強い敵が相手でも、ウィンドナイツの結束は固く、みんな勇敢ゆうかんに戦う。

 ただ……ウィンドナイツの少年騎士たちに「戦いを始める前に、まず敵のことをよく調べるべきだ」と教えたのは、かつてのおれだ。


 「敵は魔女。つまり、魔女についての調査が必要だ。ちょうど城の中庭に、魔女が一人いるな」


 ゼイオスたちは、魔女という種族についての勉強会をするつもりで、おれの前にやってきた。


 「みんな、注目してくれ。この魔女の名前は、【陰影魔女】ミュフィール。人間年齢では約12歳の下級魔女で、スノーシア姫に成り済まして国を乗っ取ろうとしたつみでここにいる」

 「み、みんな……違うんだ……。おれは……本当は、シルフで……」


 おれの声は小さすぎて、みんなに届かない。


 「では、本を開きながら話そう。魔族図鑑の105ページには、『魔女は人間の女によく似ているが、体に魔力まりょくこうを持つため、魔法をあつかうことができる』と書かれている」

 「魔力孔……!?」

 「本によると、『魔女の体には呪印じゅいんが刻まれており、その呪印が渦巻く中心が、魔力孔になっている』そうだ。ミュフィールの場合は……あ、おへそだな。ここが魔力孔だ。おい、みんな見てみろよ」

 「やめてくれっ……ゼイオス……。み、見せないでくれっ……」

 「『空気中にある自然のマナを取り入れるための、魔女の体で最もデリケートな部分』か。つまり、魔女のおへそは魔力の根源だな。じゃあ、こうやって……」

 「あぁっ……!?」


 指を入れられ、おれの体はビクンと反応した。

 

 「ふむ。魔力孔に異物が入ると、体温が一気に高まるのか。お、もう少し奥まで入りそうだ」

 「うぁっ……。やめろっ、指を動かすな……」

 「うん、だんだん湿しめってきたな。これが『魔力孔が刺激しげきを受け、マナから変換した液状の魔力をらす』、いわゆる『魔晶液ましょうえき』だ。店で売ってるポーションの原液だな」

 「ちょ、ちょっと……待ってくれ……! はぁっ、はぁっ……か、体が……おかしい……」

 「『魔晶液』が出てからも、刺激を与え続けるとどうなるか。こうやって、指で何度も魔力孔を刺激し続けると、やがて……」

 「ひうぅっ……!? ほ、本当に、やめてくれっ……! こ、これ以上は、マズいって、自分でも分かるんだよ……! んっ……んうっ……」

 「魔力孔は完全に破壊される。そして、唾液腺だえきせん涙腺るいせん汗腺かんせん尿道にょうどうなどから、たくわえられなくなった『魔晶液』が分泌ぶんぴつされる」

 「うあああぁっ!? そ、そんなっ……!!」


 体の中で何かがプツンと切れる音がして、自分の意志とは無関係に体液たいえきが溢れだした。口からはヨダレが落ち、涙はほおつたい、汗が全身を包み、股関こかんからはパンツをひたした液体がポタポタとしたたり落ちた。


 「うぅっ……。お、おれ……みんなの前で……漏らし……てっ……。ぐすんっ……」


 手で隠すこともできない。

 魔女になった姿さえも、みんなには見られたくなかったのに。


 「ということで、このように魔力孔を破壊すれば、魔女は魔法を使えなくなる。……いいか、みんな! 【黒帝魔女】リフィリアの魔力孔を破壊し、必ず首を取るんだ! さあ、おのれの剣に誓おう!」

 「「「おおーーっ!!」」」


 ウィンドナイツが剣をかかげる。おれは、それをの外から見ていた。

 涙を流しながら。痴態ちたいを晒したまま。


 「みんな……」


 * * *


 それから、また何日か経った。

 「姫様が城に帰ってきたら、おれを助けてくれるはず」なんて希望も、今はもう持っていない。


 「おれはシルフだ」って、何回言っただろう。

 「魔女に体を入れ替えられた」「信じてくれ」って、あれから何回言っただろう。

 

 結局、一度も聞き入れられることはなかった。「ウソをつくな。お前は魔女だ」「認めろ。お前は罪を犯した魔女だと」って、何回も自分を否定されて、おれはもう心が折れた。ついには今日、「はい……。わたしは……魔女のミュフィールです……」って、認めてしまった。

 

 それでも、おれに対する仕打ちは変わらず、食べたくないものを食べさせられ、飲みたくないものを飲まされ、触ってほしくないところを何度も触られた。


 「……」


 ある日の夜。

 終わらない地獄に憔悴しょうすいしていたおれの前に、一人の騎士が現れた。


 (黒い……騎士……? 死神か……?)

  

 黒い全身ぜんしんよろいで身を包んだ、謎の騎士。

 漆黒しっこくの剣を構え、おれの前に立っている。

 

 「……!」


 おれを斬った……と、思った。おれの願望が、そういう勘違いをさせた。

 でも、謎の黒騎士が斬ったのは、おれの手足の鎖だった。これで晴れて自由の身になったけど、もう立ち上がる体力すら、おれには残っていなかった。


 「これはどういうこと? シルフくん」

 

 黒騎士は、おれを「シルフくん」と呼んだ。

 今、確かにおれのことを本当の名前で呼んだ。


 「ま、まさか……ミュフィールなのか……?」


 死神じゃない。これは奇跡の……救いの神だ。

 しかし、足にすがり付こうとするおれに、ミュフィールは漆黒の刃を向けた。


 「近寄らないで」

 「ひっ……!」

 「突然いなくなったと思ったら、いつのまにかお城で捕まってて、魔法まで使えなくなってて……。助けてあげたいけど、一度裏切られたわたしは、あなたのことを信用できない」

 「そ、それはっ……! いや、その……ごめん……」

 「謝ってほしいんじゃない。シルフくんのこと、信用させてほしいの」

 「そ、そんなこと言ったって、どうすれば……」

 「じゃあ、考えてみて。強大な力を持つ者が、魔法を使えなくなった魔女に……力を持たない哀れな存在に、今さらなりたいと思う?」

 「……!」


 ミュフィールが何を言いたいのかは、すぐに分かった。

 心が騒ぐ。くちびるが震える。それを言ってしまったら、もう後戻りはできない。でも、最後の希望がそこにあるのなら……。


 「おれが持ってるもの、全部、お前にささげるっ……! 心も、体も、記憶も、意志も、全部っ! お前の好きなようにしてくれて構わないっ!!」 

 

 言うしかなかった。


 「今の言葉、本当? その覚悟はある?」

 「ああ……。覚悟をした……つもりだ……」

 「わたしね、この国を乗っ取ろうと思ってるの。国王や姫が不在のうちに、弱い魔族たちが安心して暮らせる国に作り変える。そのためには、邪魔じゃまな人間たちの命を奪ってしまうことになるけど……」

 「えっ……!?」

 「今ここで、わたしを止める? シルフくん」

 

 人間と魔族の境界線きょうかいせん──。

 おれは、ムーン王国少年騎士団ウィンドナイツの騎士団長、シルフ・ランドルトだ。国を愛し、命をけて国民を守ることを、スノーシア姫に誓った。ウィンドナイツの仲間たちは本当にかけがえのない存在で、おれは騎士団長として、彼らのために自分の身を犠牲にした。

 ムーン王国はおれの故郷。そして、そこで暮らしているのは、みんなおれの大切な……大切な? あれ? 大切な人……たち? 

 いや、本当に大切な人たちか? 嫌いな人たちの間違いじゃないか? みんなが、おれに何をしてくれたんだ? おれが死ぬほど苦しんでいても、誰も、誰も……助けてくれなかったじゃないか。

 

 「止めない……。みなごろしにしてくれ……! この国の……人間たちを……!」


 * * *


 そして、その夜から一年が過ぎました。


 「ふふっ……」


 美しい純白のドレスは、「ドレッシングルーム」の中へ。これは、特別なイベントの時にだけ着てもいい衣装だと、決められています。

 わたしは普段ふだんの服に着替えて、自分の仕事場へと向かいました。


 「お、おかえりなさいませっ。ご主人様っ……」

 「ただいま。かわいいメイドさん」

  

 わたしが着ているのは、エプロンのついたメイド服。使用人の女であることを示す制服です。

 お出迎でむかえしたご主人様は、黒い騎士。正体を隠すため、今は「【暗黒将軍】シュバルツ」と名乗っています。


 「ご主人様っ。お食事のご用意が、で、できておりますっ」

 「ああ、ありがとう。……交渉は上手く運んだよ。いくつかの魔族の集落が、この国を承認しょうにんしてくれた。魔族街と繋がる道を作ってもいいって」

 「わぁ……。それは、素晴らしいことですねっ」

 「でも、ツノペンギンの村のおさが、一つ条件を出してきたんだ」

 「ツノペンギンの村……?」


 その村の名前には、聞き覚えがあります。


 「うん。かつて、ウィンドナイツと戦って敗北した魔族の村みたいだね。騎士団長シルフのことは今でも覚えてるって、村の長が言ってたよ」

 「は、はい……」

 「だから、向こうから指名してきたんだ。『お前の城にいるメイドを、一晩だけ貸してくれ。そしたら承認してやる』って」

 「えぇっ……!?」

 「びっくりしたよ。こんな名札まで作ってさ」

 「なっ……」


 ご主人様が取り出したのは、ハート型の名札でした。ピンク色で、すでに「新人メイドむすめ シルフ・ランドルトちゃん」と、名前が書かれています。

 

 「この名札をつけて、接待せったいをしろってことみたいだけど」

 「あ、あの……ご主人様っ……」

 「うん? どうかした?」

 「ミュフィールと……名乗らせていただくわけには、いきませんか……。精一杯せいいっぱい、ご奉仕ほうしいたしますから……」

 「それはダメみたい。やっぱり、シルフと名乗ってメイドさんをやるのは恥ずかしい?」

 「は、はいっ……」


 昔の自分を知っている魔族の前で、メイドとしてご奉仕している姿を見せるのは、この上ない恥辱ちじょくでした。わたしに拒否権きょひけんがないことは分かっているのですが、どうしても……。


 「魔法も使えない魔女が、役に立てるチャンスなんだけどね。うーん、あんまり困らせてほしくないな」

 「ご、ご主人様を、困らせるつもりはっ……!」

 「じゃあ、接待が上手くいったら、二人でお祝いしようよ。二人きりで、ささやかなダンスパーティーを……なんて」

 「二人きりの、ダンス……パーティー……。わ、わたしが、あなたの前で、あのドレスを着ても……?」

 「うん、いいよ。その代わり、少しだけ勇気を出して、接待を成功させてきてくれる?」

 「わ、分かりました……。ご主人様っ」

 

 違う。


 「よかった。笑顔になってくれた」

 「えへへっ……」


 違う。違う。

 これは、おれが望んだ未来じゃない。

 おれは国を守り、姫様を守る騎士になりたかったんだ。ご主人様を温かく迎えるメイドの女になりたかったわけじゃない。


 「わたしは一生、あなたのメイドですっ。これからも、ずっと一緒にいさせてください。ご主人様っ……」

 

 笑顔でそう言うしか、わたしが生きる道は残されていなかった。

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魂入れ替え魔法から始まるいくつかの物語 蔵入ミキサ @oimodepupupu

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