多分、異世界転生もの。

かたしよ

リハビリ①

「あ~死んだ!やっと死んだ!」


長男の声が聞こえる…。こんなに鮮明に聞こえたのは何年ぶりだろう…。先の大戦で1番上の兄を失い、元々身体が弱かった2番目の兄も20代前半という若さで肺結核となり、その命を失った…。文武両道…。優秀過ぎる兄2人の背後に隠れ、反発するようにチンピラ紛いの小悪さばかりを繰り返していたが、家を継ぐはずの兄2人が急死した事もあり、旧家だった実家を継ぐことになった…。


時は辛い戦後間近の時だ…。皆、貧しい…。兄が生きてた頃は反発して何もしていなかったが、その穴埋めをするかのように、死に物狂いで勉強した…。まごうなりにも由緒ある旧家の唯一の跡取り息子になってしまったからだ…。同期は皆、年下ばかりだったが、意外と兄と同じ血筋の為なのか基は良かったのだろう…。主席のまま、とんとん拍子で逓信官吏練習所の教習を終え、30代半ば郵便局の局長までなることができた。家族も見合い結婚が当たり前だった時代に、運よく女学校の教諭を勤めていた妻と出会い、恋愛結婚し3人の子供にも恵まれた…。


そして、大なり小なりと慶事や災難もあったが、家族の為に私は黙々と我武者羅に働いた…。

結婚してからは仕事一筋な人生だった思う…。特に大きな病気もなかったが、55歳の時の職場検診がキッカケでパーキンソン病になっている事を知った。当時はまだ、不明な点も多い難病だ…。この病気をきっかけにして私は長い間、勤めていた郵便局を早期退職した。

自宅療養する為だ。だが、症状の進行を抑える為に服用されている薬は、幻覚・幻聴と、常に酩酊状態になるような強い薬だった。


現実世界と空想世界を交互に行き通っているという表現が正しいのだろうか…。時は過ぎていく…。いつのまにか私は病院の病床で寝たきりという生活に変わっていた…。

寝ているのか起きているのか分からない状態…。時折、聞こえる老いた妻の声と、何人かいるがその中でも私に1番懐いてくれた次男の子。つまり孫の声…。3人の子供の声は聞こえない…。長男、次男、長女の3人の子供達だ。

仕事一辺倒だった私は子供を構ってあげることはできなかった。特に顕著だったのが長男だ。愛情不足だったのか、それとも元の気質なのか…。

兎に角、余り人からは良い噂はきかない人間になってしまった。それでも、家庭を持てば変わるだろうと、何十回もお見合いをさせたが…。否、それは割愛しておこう…。


そんな人生を送ってきた私だったが、遂に最期の時がきたらしい…。ピーピーピーと鳴り響く機械音と、泣き叫ぶ妻の声、孫の泣き声…。そして、あざ笑うかのように「死んだ~」と喜びまじりの声で冷たく佇む長男…。そして、茫然とする次男…。自分が死んだ姿までもが宙に浮いた状態で見え、そして、聞こえる…。


「死んだらこうなるのか…。」臨死体験という言葉を何かの本で読んだことがある。その体験の1部に描写された事象と全く同じ体験を私はしている…。宙に浮かびながら、まるで他人事のような自分自身の最後の姿と、良く知る家族の、様々な反応を見つめる…。


「午前2時30分…お亡くなりになりました。」白衣を着た男性が横たわる私の身体の方を見つめながら、家族に伝える…。


その言葉に更に泣き叫び続ける老いた妻…。それに反して私の死に対して笑みさえ浮かべる我が実子である長男…。茫然とする次男とその子である孫は必死で涙をこらえているようにみえた…。


死んでしまった為なのか…感情さえも湧くことがない。喜怒哀楽の感情全てにも当てはまらない…。ただ、ふと、私はここから、どこに行くんだろう…。あの世か…天国だろうかそれとも地獄だろうか…お迎えに誰かが来るのか…、それとも、ただ、この魂の状態で、このまま、自由きままにどこかへでも行けるのだろうか…。


この際だ、ちょっと動いて周りの様子を見ようと魂の状態になった自分の身体を動かしてみる。不思議な感覚だけど移動する事は出来るようだ…。そのまま、私の元の身体がある病室から壁抜けできるかどうか試してみる…。


「うおおおおおおっ!壁抜けできる!流石!魂!」訳の分からない独り言を言いながら、自分の病室のある3階から外の様子を眺めてみる!久々に見る空、地上…。深夜帯の為か、誰もおらず、静かだが薄っすらと雲から見え隠れする月あかりと街灯、コンビニエンスストアの眩しい照明を確認することができる…。


「さて…どうするか…」魂だから声に出したのか、心の声かは自分でも分からないが、これからどうするかだ…。亡骸となった身体がある元の病室に戻っても、何も様子は変わっていないだろう…。かと言って十数年の闘病生活で余り世の中の事も分からない…。この魂の状態で何ができるのか…。


ただ、空を見つめる…。ただ、ただ空を見つめていた…。自分が人間として生を受け、今まで生きてきた時間の流れを思い出す…。戦時戦後の時代の中を我武者羅に生き、家族の為にと働き続けた人生だった…。病気になってからは、この日まで、現実か空想の世界なのか分からない時間を過ごし、気づいた時には私の人間の生は終わりを迎えていた…。ただ、それだけ…。後悔があるかといえば、長い間、迷惑をかけたであろう妻の今後と…。我が息子ながら、あの長男の事…。私がいなくなったあとは、何をするか正直分からない…。


「あ~死んだ!やっと死んだ!」という言葉は、実の父親が亡くなった時に言える言葉ではないからだ…。今後の家族を見守っていきたいが、魂となってしまった私にはどうする事もできない…。感情も湧かない…魂であるが故なのかもしれない…。


そんな時だった。私の目の前に突然、宙に浮かんだ少年が何もないところから現れた。普通なら驚くことなのだろうが、魂で感情も欠如したような状態の私にとっては、特に何も不思議にも思えない…。しばらく、その宙に浮かんだ不思議な少年を見つめる…。その彼も特に珍しがるわけでもなく、ただ、私の前に浮かんでいるだけだ…。


「あなたは、あの世からの使者ですか?」聞こえるかどうかは分からないが、私は少年に向かってそう言った…。少年は少し何か考えている様な様子をみせたが、そのあとに私にむかって、こう答えた。


「あの世からの使者かと言えば、1種のあの世からの使者なのかもしれないですね。ははは…。でも、本来の輪廻の環の中にあなたを迎えに来た訳でないので、違うともいえなくはありません…。」


「それはどういうことでしょうか?」


「本来、生きとし生けるものは、その生を全うすると輪廻の環の中に戻っていきます。その輪廻の環の中で善行であろうが罪であろうが、全てが真っ白な状態に浄化され、やがて、また新しい生へと導かれる…。普通はそうです…。でも、今回のあなたは違います…。」


「輪廻の環の中へ戻る訳ではないと…。そういう事ですか?」


「そうですね…。異世界転生と言っても、分からないでしょうね…。今はまだ、そういう時代でもないし…。」


「なんですか?その異世界転生というのは?」


「あなたは今、この時、人間としての生を全うした。これから大体30年程先の未来の世界では異世界転生という言葉が流行するんです。」


「は、はあ…」


「とりあえず、実際に異世界転生すれば、僕の言っている意味が分かります。では、早速、行きましょう…。」


少年の言葉と共に、私の魂は一瞬でにどこかへ吸い込まれていくような感覚の様なものを覚えた…。そして、次に映ったのは、謎の少年の姿と真っ白い何もない広い空間…。


「着きましたよ。これから、あなたは、このSAGASAGAの世界で、新しい人生を生きていくことになります。僕の言っている意味は、今は全く分からないと思いますが、形式上はノンプレイヤーキャラクターとして…。」


「ノンプレイヤーキャラクターとは?」


「NPC。この世界では略してそう呼ばれます。それも次第にこの世界で暮らしていけば分かると思います。死んでしまって空想の世界へ生まれ変わったと思ってください。ただ、何故、あなたが輪廻の環の中に入らず、この世界で生きていくことになったかは…。そこにいらっしゃるこの世界を創造された御神様達の一柱ショロトル様が答えて下さるとの事です。あと、この世界でのあなたの役目についても…。では、宜しくお願い致します。ショロトル様!僕はこれで!」


少年をそういうと一瞬で姿を消してしまった…。


私はこの何もない白い空間にただ1人残されたのだろうか…。辺りを見回してみる…。今までは何もない白い四角い空間だと思っていたが、空間の先に何か小さな黒い点があることに私は気付いた…。


このままでも埒があかないと思い、その小さな黒い点がある方向へ身体を動かしてみる…。

最初は小さな黒い点だったものが近づくにつれ、その姿形を確認することができる…。小さな何かが座っている…。「犬!そう小さな黒い犬だ!」子犬の様な小さな黒い犬がただ、じっと私が近づいてくるのを見つめていた…。

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