第20話:噂話と公爵令嬢
聖歴1216年2月5日:エドゥアル視点
「おお、真の勇者エドゥアル殿、よくきてくださった、ありがたい」
「こちらこそ、一連の事件では私の味方をしてくださった事、心から感謝しております、アキテーヌ公爵ギヨーム閣下」
「そんなにへりくだらないでくれ、真の勇者エドゥアル殿。
エドゥアル殿のお陰で領都ボルドーはモンスターに蹂躙されずに済んだ。
ボルドーが蹂躙されていたら、我が居城トロンペットもただではすまなかった。
城と領都がモンスターに破壊されてしまっていたら、王家はアキテーヌ公爵家を滅ぼすための軍を派遣していた事だろう。
本当に感謝してもしきれない、エドゥアル殿」
こんなに素直に自分の苦境を認めてくれるのなら話が早い。
王家の直轄領を超えるほどの領地を持っている、アキテーヌ公爵家が味方してくれるのなら、王家や教団との交渉もやりやすい。
俺が本気になれば、国を攻め取る事など簡単なのだが、民の生活に責任を持つような重圧など絶対に背負いたくない。
「いえ、いえ、そんな事は、領地を治めて民の命を護っておられるアキテーヌ公爵のご苦労に比べれば、とてもささいな事ですよ」
こう言っておけば、むやみやたらに民を苦しめる事ができなくなる。
俺の力を警戒してお世辞を言えるくらいの判断力と自制心があるのだから。
問題はアキテーヌ公爵には跡を継ぐべき男子がいない事だ。
2人の娘しか恵まれなかったアキテーヌ公爵が亡くなった時、広大な領地とそこに住み民が苦しむ事がないように、事前に手を打っておくべきだろうか?
「やはり真の勇者エドゥアル殿は偽者とは違いますな。
統治の責任や苦労など知りもしないくせに、批判したり羨んだりするのではなく、労ってくださるとは、感動したしましたぞ」
「そういう言い方をされると言う事は、偽者の勇者ガブリエルにいわれのない批判でもされたのですか?」
「半分当たりで半分外れです、真の勇者エドゥアル殿」
「アキテーヌ公爵、真の勇者や殿はもう止めてください。
そのように言われては、心を割って話せなくなります」
「では、遠慮なくエドゥアルと呼ばせていただくが、その代わり私の事もギヨームと呼んでいただきたい。
そうして頂けたら、我が家が王家やルイーズ教団と敵対している事で、民が感じている不安が軽くなる」
なるほど、真の勇者と友人付き合いしている事をアピールしたいのだな。
お互いに利益がある事なら受けても問題ないだろう。
「わかりました、そう言う事ならギヨームと呼ばせていただきます。
それで、先ほど言われていた半分当たりで半分外れと言うのはどういう意味です」
「憶病者の偽物勇者ガブリエルに、直接私に会いに来る勇気などないのです。
ルイーズ教団の下級聖職者を寄こして、自分を娘に婿にするのなら、アキテーヌ公爵を継いで領地を護ってやると言ってきたのですよ」
「私は噂でしか聞いていないのですが、ルイーズ教団の教皇は、国王にアキテーヌ公爵に詫びて賠償すると約束したはずですよね」
「教皇は、王国と争う事になったので、王家との約束など守る必要はないと言っているそうですよ」
「それも、直接聞いたのではなく、下級聖職者に言われたのですか」
「いいえ、使者として来た下級聖職者は、その件に関しては何も言いませんでした。
それどころか、回復魔術を使える聖職者を派遣してやるから、破門した者たちから奪った神殿と財産を返せと言ってきましたよ」
「なんて返事をされたのですか」
「首を刎ねてやったので、返事は聞けていません。
ただ噂では、私の放った刺客を恐れて神殿の奥深くに隠れて震えているそうです」
「教皇がですか」
「教皇もです」
「勇者を名乗るガブリエルも神殿に隠れているのですか?」
「はい、真の勇者であるエドゥアルを追放して以来、何度ダンジョンに挑んでも15階層よりも深く潜る事ができず、ルイーズ、クロエ、アーチュウ以外のメンバーを囮にして逃げ戻っているそうです。
それどころか、最近の噂では、ルイーズとクロエがそれぞれ真の勇者を名乗ってダンジョンに挑んでいるというのです」
神与のスキルが勇者から元勇者に変わった事で、神から勇者に与えられる力のほとんどを失ってしまったはずだ。
パーティーメンバーに分け与えられるはずの特典もなくなっているだろう。
当然の事だが、1番大切な力である魅力がマイナスになっているはずだ。
そんな状態では、パーティーメンバーに裏切られるのも当然の事だ。
「俺を追放したガブリエルが、教団の勇者パーティーからも魔術師教会の勇者パーティーからも追放されたのですか?
笑う気にもなれないくらい哀れですね。
ですが、そのような状態で、神殿に隠れているというのは信じられません。
他の場所に隠れているか、悪だくみをしている可能性が強い。
もしかしたらアキテーヌ公爵家を狙っているのかもしれない」
「私個人ではなくアキテーヌ公爵家を狙っていると言われるのか?」
「あんな下劣な奴でも元勇者です。
ルイーズ教団から追放されていても、信じる信徒がいるかもしれません。
あるいは、ガブリエルを利用してアキテーヌ公爵家を乗っ取ろうとする奴が現れるかもしれません。
そんな下劣な事を考える者から見れば、お嬢さんしかおられないアキテーヌ公爵家は狙い目だと思われます」
「分かった、今直ぐ護衛を増やそう、と言いたいところなのだが……」
「心から信じられる家臣が少ないのですね」
「そうなのだよ、エドゥアル。
ルイーズ以外の召喚聖者を奉じる教団が、他国にいる聖職者や信者を集めて、この国での勢力を拡大しようとしている。
王家以上の力を持つアキテーヌ公爵家と友好関係を結ぼうと近づいてきているのだが、強硬手段に出る可能性もある」
「家臣の中にその教団の信徒がいる可能性が高いと言われるのですね」
「そうなのだよ、それも心配なのだよ。
だが何より心配なのは、アキテーヌ公爵家を乗っ取る事ができるのなら、王家がどれほどの土地や財宝をアキテーヌの貴族に与えるか分からない事なのだ」
「確か、アキテーヌにはポワトゥー伯爵家以外に8つの伯爵家と33の男爵家があったのですよね」
「ああ、8つの伯爵家すべてが潜在的な敵だが、特にオータン伯爵家とトゥールーズ伯爵家は、我がポワトゥー伯爵家と激しくアキテーヌ公爵位を争っていた。
好機と見れば、娘の襲ってでもアキテーヌ公爵位を狙ってくるだろう。
最悪なのは、2人の娘を殺して我が家を断絶させようとする事だ」
「両伯爵家や王家の仕業と見せかけて、他の家が仕掛けてくる可能性もあります。
あるいは、家臣の身でお嬢様たちを誘惑する者が現れるかもしれません。
そういう心配までしていたら、家臣すら信用できなくなりますね」
「……エドゥアル、エドゥアルは助けた人たちをかくまっているのだよな。
王家であろうと教団であろうと手出しできない安全な場所を持っているのだよな」
「そうですね、場所は明かせませんが、安全な隠れ家がありますよ」
「2人の娘をそこでかくまってくれないだろうか」
「私は身分で人を区別しませんから、教団に奴隷に落とされて売春を強要されていた女性たちと、まったく同じ待遇になりますよ。
もしそれに文句を言うようなら、公爵令嬢であるギヨームの娘であろうと、一切の手加減をしないで厳しく躾けますよ。
それでもいいのなら預かりますが、本当にそれでいいのですか?」
「かまわない、むしろそうしてくれた方が、娘の躾になるだろう。
婿になる男にいいように操られるようでは、アキテーヌ公爵家の跡継ぎとしては困るのだ。
手加減する事なくビシバシ躾けてやってくれ」
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