第19話:食糧支援

 聖歴1216年2月1日:エドゥアル視点


「ありがとうございます、真の勇者エドゥアル。

 お陰様でヴァランスは救われました」


 カロリング王国の東部、ドローム地方の領都であったヴァランスの臨時領主である、元冒険者組合のギルドマスターから礼を言われる。

 表情や伝わってくる気配から、本当に感謝しているのが分かる。

 都市の支配を巡る争いにこの男が勝ちぬいたのは、ヴァランスの人々にとって幸運だった、ルイーズ教団や領主が勝ち残っていたら、地獄の苦しみを味わっただろう。


「人として当たり前の事をしただけだ、気にするな」


「とんでもありません、このような状況だからこそ、人の本当の姿が分かります。

 召喚聖者の名前を使って人々から寄付を集めていた連中が、どれほど欲深く下劣だったのか、多くの人が思い知った事でしょう。

 領主や国が、民を護るよりも自分たちの欲望を優先する事もよく分かりました。

 あれでよく召喚聖者の末裔だと偉そうに言えるものです」


 元ギルドマスターの言う事は、俺にもよくわかる。

 国も教団も、権力に目がくらんで内戦を引き起こした。

 その影響で、貴族や騎士も土地や金を手に入れようと町や村を襲っている。

 何かを作り育てて豊かになるのではなく、人から奪って利を得ようとしている。

 自領の民の食糧すら奪う下劣な行為が横行しているのだ。


「王国や教団が堕落しているのは当然の事です。

 偉人の子孫であろうと、本人ではない別の人格なのです。

 権力や欲に溺れる、どうしようもない人間は出てきます。

 そんな連中に期待するから腹がたつのです。

 最初から期待などせずに、誇り高く自分で生きる事を目標にすべきですよ」


「さすがです、真の勇者であるエドゥアル様は違います。

 我々のような凡人は、つい他人に期待してします。

 そっして期待を裏切られると、恨み言を口にしてしまうのです」


「代表、もうそんな話は止めましょう。

 それよりも、これからの事を話しましょう。

 私はこれからも定期的に食糧を運んできますが、ただ働きをする気はありません。

 ちゃんと代価を支払っていただきますよ」


「もちろんでございます、必ず支払わせていただきます。

 エドゥアル様が代価を我々でも支払える物にしてくださったのです。

 ヴァランス町をあげて精一杯作らせていただきます」


「では、私は5日後に再び食糧を持ってきます。

 不足している塩も、その時に大量に運んできますから、町の人々に不安にならないように言っておいてください」


「……私が言って町の人たちが安心してくれるものか、自信がありません。

 哀しい事ですが、この不幸な時代を好機と考えて、苦しむ人々を相手に暴利をむさぼろうとする者たちも多いのです。

 とても哀しい事ですが、塩を買い占めて売り惜しみ、値を釣り上げて利を得ようとする者が後を絶ちません、どうか手を貸していただけないでしょうか」


「大量の塩を持ち込むだけでは、民の不安を解消できないと言うのですね」


「はい、真の勇者であるエドゥアル様が民に話しかけてくださったら、悪質な商人たちが流す嘘にだまされる人もいなくなります。

 どうか心弱き者たちに救いの手を差し伸べてやってください」


「私は、いや、もう言葉を飾るのは止めよう。

 俺はこう見えて怒りっぽくて手が早いのだ。

 生きていくのに絶対に必要なモノを買い占めて、民を苦しめるような商人をみたら、問答無用でぶち殺してしまう事になる。

 それが代表の友人知人、家族であってもだ。

 俺に手伝えと言うのなら、家族が殺される覚悟をしてもらう事になるが、本当にそれでもいいのだな」


「冒険者たちを束ねて領主を殺し、この町の代表になった時から、家族や友人知人が愚かな事をした場合は、この手で殺す覚悟をしたつもりでした。

 ですが、本当にそのような状況に立った時、やれるかどうか分かりません。

 エドゥアル様が代わりに殺してくださるのなら、心から感謝いたします」


 俺は代表の覚悟を確認して悪徳商人とその手先を殺すことにした。

 最初から殺すつもりだったのだが、代表から言いだしたので助かった。

 内乱で多くの人が苦しんでいるこの時に、自分の家族の利益よりも他人の命を優先する人間はとても少ない。

 全ての町や村に常駐して助ける事など不可能だから、代表のような人はとても貴重で、できる事なら争いたくはない。


「ラファエル、代表が決断してくれた。

 商人たちの裏組織を聞き出したら、皆殺しにしてかまわない」


 いつも俺の側にいるはずのラファエルが、今回に限っていなかった理由。

 それは時間を節約したかったからだ。

 俺たちが支援しなければいけない町や村は手が回らないほど多いのだ。

 俺とラファエルが役割を分担するしかない。

 俺が代表と話し合っている間に、ラファエルが商人たちを調べていたのだ。


「何を言っておられるのですか、真の勇者エドゥアル」


「商人たちを調べていた相棒に皆殺しの許可を与えただけですよ。

 その中には、代表の愛人もいるのですが、安心してください。

 代表の事はコレッポッチも愛してなどいませんでしたよ。

 代表から物資の情報や取り締まりの情報を聞き出すためだけに、愛していると嘘をついていただけです」


 俺とラファエルの絆はどんどん強くなっていて、どれほど遠く離れていても、心の中で思うだけで考えが伝わるようになっている。

 声に出す必要などないのだが、代表に聞かせるために言葉した。


「そんな、そんなはずはない、マリーは、マリーだけは……」


 それはその場に崩れ落ちる代表を置いて部屋を出た。

 どれほど立派に見える人間でも、下半身だけは下種な場合がある。

 今回は純愛をしているつもりで騙されていただけだから、まだマシな方だ。

 問題はこの程度の事で自暴自棄になって悪事に走る事だが、次に来た時に下種な気配がするようなら、少し本気を出して脅してやれば正気に戻るだろう。


(ラファエル、商人どもに通じている者の中に、今回処分しておいた方がいい人間はいるのか?)


 もう誰に聞かせる必要もないから、心に思うだけの念話をラファエルとする。


(そうじゃのう、冒険者ギルドの職員で商人どもに商品を横流ししていた者がいるのと、冒険者ギルドから町の防衛隊に派遣された者の中に、商人を通じてルイーズ教団に寝返って城門を開けようとしていた者が数人いるのじゃ)


(そうか、そんな連中は殺しておいた方がいいが、どうせなら公開裁判で自供させてから、民に石打刑で殺させた方がいいな)


(くっくっくっくっ、大嫌いな演説をするのじゃな、エドゥアル)


(じゃかましいわ、人が一生懸命苦手な事をやろうとしているのに、からかうなんて性格が悪すぎるぞ)


(わっはっはっはっはっ、妾の性格が悪くなったのは管理神のせいじゃ。

 腹が立つのなら、管理神をぶちのめすのじゃな。

 だが、殺さないでくれよ、管理神は妾がこの手でブチ殺すのじゃ)


(安心しろ、恨む相手を横取りしたりはしない。

 それよりも、これから周る町や村に配る食糧を準備しておいてくれ。

 飢えに苦しむ人々が、女子供を売るような事態にだけはしたくない)


(……わかったのじゃ、妾もエドゥアルが哀しみ苦しむ顔など見たくないのじゃ。

 もう側を離れたくないとワガママは言わぬのじゃ。

 手分けして100の町と村に食糧をくばるのじゃ)


(では、ラファエルは今から海に行って火炎魔術で塩を作ってくれ。

 魚も手当たりしだいに獲っておいてくれ。

 くれぐれもゴッドドラゴンの力は使うなよ)


(そう毎回毎回言わなくても分かっておるのじゃ。

 エドゥアルが苦手な演説で照れる姿をみられないのは残念じゃが、心の中で泣く姿を見るよりはマシなのじゃ)


(やかましいわ!)

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