第35話 境の護り手
「おはよーノリちゃん」
「おっす、はよー。セン」
いつもの通りに登校してみると、クラスがざわざわしていると思っていた。なにせ、クラスメイトが行方不明になったうえに、動画配信者が失踪したのだから。
「あー、今日の現国からの化学面倒だよなー」
「そ、そうだな……」
廊下をすれ違う同級生たちの言葉には一言も千紗に関する物が跳び出さなかった。
(変だな……)
あまり目立たなかった生徒ではあったと思う。休みがちだった理由も配信をしているのだと思えば納得できた。それにしても、誰も気にしていない、というのもおかしな話だ。
(それにしても、引っかかるな。まるで千紗の存在が切り取られたみたいだ)
教室に入り、荷物を出していると横から声が聞こえてきた。
「おはよう、庵君」
「そうだ!」
「なにがよ?」
「春野! お前なら知ってるよな!?」
「なによ急に、何かの雑学系?」
春野とはいつも一緒にいた。ならば答えられて当然だ。顔をのぞき込み、戦は一つ尋ねた。
「千紗は?」
「はい?」
きょとんとしている。けれども次に返ってきた言葉は戦の想像していた物とは違っていた。
「千紗って、誰?」
「おい! 小学校の頃からの親友だろ? いつも一緒にいてよ、同じクラスになれてはしゃいでいたじゃんかよ!」
掴みかからんばかりの勢いに春野は驚きよりも怒りが出てきたようで大げさにため息をつかれた。
「なにを言ってるのか分かんないんだけど。私の小学校からの腐れ縁はそこにいる図体のでかい大食の怠け者ぐらいなものよ」
「春野!? 俺に飛び火してくんじゃねぇよ!?」
「それに、女子の友達って言えば、ほら、八尋ちゃんぐらいなものだわ」
遠い席で様子をうかがっていた八尋がためらいがちにうなずいた。
「待ってくれよ、じゃあノリちゃん!」
「は?」
「お前が好きなネットアイドルって誰だよ!?」
これならばいけるはずだ。毎日戦にアーカイブを見せてきたのだから。
「えー、そう言われてもな……最近面白系配信しか見ないし」
「な、なんでだよ!」
思わず叫んでしまった戦を見かねて八尋がさっと立ち上がった。目だけで付いてきてほしい、と言っているようだった。
「庵君、また保健室に行く?」
「セン、店の手伝いがそんなに疲れるのか?」
「そうじゃない、けど。心配してくれてありがとう」
二人が知らない、という事はきっと何かカラクリがあるはずだ。戦はホームルームが始まるチャイムを聞かなかったふりをして屋上に駆け上がった。
「すみません、話しておくべき事でした」
「……」
開口一番謝られた。八尋は何も悪くない。もう、部外者ではいられなくなったんだ、と覚悟を決めた。
(そうだろう、俺達は戦わなきゃならない、どんなことが待っていようと)
そう、イクサが語りかけてくるような気がした。
「鬼の世界に繋ぎ止められたとたん、この世界とのつながりは断たれ、その者がいた証はすべて消えるのです」
「でも、俺は覚えているよ?」
「ええ、私たちはそもそもこの世界の住民ではないので、この世界の掟には縛られないのでしょう」
「…………」
「そして、もう一つ。若君が見たという、
「あれが、俺達の本拠地、って事でいいんだよな?」
「ええ、全ての鬼の住まう場所。そして、鍛冶師たちが根城にしている所です」
「……」
「私たちは温羅様に命じられ鍛冶師達と戦いました。私の姉である
「護り手……」
響きからしてかっこいい。あの百束からもその名前を口にした時、敬意のようなものを感じた。
「姉とともに戦い、そして姉は水去に敗れたのです。それも、卑怯な方法で」
「卑怯な方法?」
「水去は姉の婚約者である常盤殿の身体を奪い、姉に近づき、殺したのです」
「!?」
とたん、戦の身体は白く変じた。
「だからお前はあんなに怒り狂っていたんだな。お前らしくもない、感情をむき出しにして」
「はい。だからこそ、私はあの男を倒さねばならないのです。私にとって、姉は憧れでもあり、目標でもあったから」
「すげえ姉ちゃんだったんだな」
イクサの言葉に、八尋はこくりと頷いた。
「若君の母君もまた、護り手でした」
「……そんな気がしてた」
あの暗がりでも伝わってくる声の力、というか気迫を感じた。暖かくも厳しい、そんな輝きを持った存在だった。
「だからこそ、お二人が亡くなったと聞いた時、温羅様はとても狼狽していらっしゃいました」
「じいさん、か」
「はい」
「俺ができるのは、こっち側から鍛冶師達を追い出すって事だな」
「若君、私がついております。百束も、ああは言っていましたが、若君の事を守ってくださります」
「そうかなぁ……」
どう考えても、呆れられてる。ゲームではああいうキャラが仲間になるのは最終局面って相場が決まっている。それも、ちゃんと隠し要素を拾っていかないと叶わない部類だ。
「そうです!」
「なんか八尋って百束に甘いっていうか、なんというか、懐いてるんだな」
しゅるしゅる、と心を落ち着かせた戦は素直な感想を呟いた。昔馴染み、にしては甘すぎる気がする。
「ええ、昔から何かにつけて私を助けてくれたので、とても頼りになるのです」
「そうなんだ……」
「百束の事は心配いらないでしょう。次なる大業物が生まれる前に、私たちが抑えましょう!」
おー、と右手のこぶしを突き上げて八尋が言う。ためらいがちにイクサも加わろうとした瞬間、突風が二人に襲い掛かった。
「少しばかり、遊んでくれないかなぁ~。鬼さんがこっちの世界に来るのマジ久しぶりだしさぁ~」
甘ったるい声をした女の声が風に溶けていた。視線を向けると、給水塔の上に奇抜な衣装をした女が立っていた。白を基調にした長袖の袷に緋袴、と聞けば巫女のようだと思ったろう。しかし、目の前の女はその上に原色を前面に押し出したパーカーを着ていた。
なにより、目を引くのは金髪に長い爪。ギラギラとした目元は一昔前のヤマンバギャルを連想させた。こんなの、テレビの昔懐かしコーナーでしか見たことない!
「お前は誰だ!?」
「あーし? あーしの事は鬼さんの間でよく噂されてんだけど―。あぁ!」
パチン、と手を打って目の前の娘が顔を輝かせた。
「ボクちゃんがあの噂の王子様かなぁ? おいしそうな魂の色してんじゃーん!」
「!?」
おいしそう、何が!? イクサが言葉に詰まっていると、女は仁王立ちで二人を見下ろした。
「あーしは
にかーっと何の裏も感じさせない笑顔を向けてそう叫んだ。
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