第26話 幽霊騒ぎは広がって
件の幽霊騒ぎは日を追うごとにひどくなってきた。遂に学校のホールルームでも、幽霊騒ぎに耳を貸さない様にとの釘が刺されるまでになった。
「このような騒ぎは一過性のものであり、また信ぴょう性に欠けるものもあり、振り回されないように」
担任の言う事も確かだ。ご丁寧に、匿名にしてどのような投稿がされているのか、アクセス数もグラフにして説明してくれている。最近の先生はこういうメディアにも詳しくないといけないんだなぁ、と戦は思った。
「見かけても反応せずに見逃すこと。こういう物に便乗して虚偽の話をでっちあげると、学校の処分も下る可能性もあることも頭に留めておきなさい」
はぁい、とまばらにクラスメイト達の返事が返ってきた。もうこのクラスで、馬の幽霊騒ぎを知らないものはいない。まだニュースにはなってはいないけれど、多くのSNSや電子掲示板やコミュニティーサイトには出回っている話だ。
「気にするなって言われたら余計に気にするよな、なぁセン」
食堂のパンをかじりながら孝則が問いかけてくる。教室でいつものメンバーで集まって食事をする。運動部の孝則と篤臣は家から持ってきた弁当では到底足りないようで、いつもパンをかじっている。戦はお弁当だけれど、八尋はというとおにぎりだけだった。
純粋な鬼はわざわざ食物から栄養を取らなくてもいい、と言うのだが、それだと怪しまれるのでおにぎりを持って来てもらうことにした。おにぎりならそれらしく見えるし、少食だというイメージもつきやすい。それに、おかげ堂の仕込みのついでだから食材も無駄にならない。
「そうだとしても、噂に流れるのはよくないし。ねぇ、ちぃちゃん」
鈴夏が卵焼きを口に入れ、横に座っている女子に声をかける。
「そ、そうだね!」
びっくりしたように答えるので、戦はまた聞いてなかったな、と思った。この女子の名前は千紗。ぼんやりとした雰囲気をした女子で、いつも鈴夏が傍にいないとすぐに物を忘れてしまったり、言葉に詰まったりする。さらさらとした黒い長髪は美人の類だとは戦は思う。
(でも鈴夏の妙なガードが効いて男子は二の足を踏んでるんだよな)
そう噂しているのを聞いたことがある。
「千紗も気になるでしょう? だって、幽霊なんてこの世界にいないのだから」
八尋が言っても説得力が全くない。
「でも、実際に見ている人はいるわけだし……。今のところ、怪我をした人とか、気分が悪くなった人とかはいないみたい?」
「おーい。だいじょうぶか?」
「だいじょうぶだよ?」
ぽかんとして答えるものだから、孝則が黙ってパックに入ったコーヒー牛乳をすすり始めた。ずずずっと汚い音を出すものだから鈴夏が汚い、と一蹴するのもいつもの事。
「とにかく、私たちは今後一切あの幽霊の話はしない事!」
「なんで巻き込むんだよー」
うるさい、とまた孝則が一蹴される。その光景に思わず戦は笑ってしまった。笑っていると、自分が人じゃないことが少しでも紛れる気がした。
その日もまた、夕方から雨が降り始めた。このところ雨が続いている。もう梅雨時は去っているはずだから、こんなに雨が続くわけがない。
「かすかですが、やはり大業物の気配が至る所でします」
「だんだん数も増えてきているから、気配も追いきれてないようだな」
「人があんな小さな板で余計なまねをしなければここまでひどくならずに済んだ物を……」
「そんな事言ったって、こっち側の事情なんて他の人には関係のない話だし」
「それはそう、ですが。納得はできません」
今日は無事に学校が終わったので、戦はまた気配を追って街を歩きだした。今度こそ、と八尋は戦の隣に立ち一緒に歩いている。
一度家に帰ってくると父はかさを二本用意してくれていた。危険なことが待っていることは分かっているけれど、このおかげ堂を守るためだと思うと体に力が宿ってくるような気がした。
(まずは今回の大業物の正体を突き止めないと)
「あった!」
気配を辿っていけばそこには以前見つけたものと同じ欠片が落ちていた。拾い上げるとひとりでに割れて消えてしまうので、戦は携帯で写真を撮ることにした。そして、是空を呼び出して割る。そして次の場所に向かう。
雨のせいで視界も悪いし、人通りが少ないことが幸いした。もしカンカン照りで是空を取り出せば最悪警察沙汰だ。
「……やっぱり、あの馬、まだいるんだな」
かけらを破壊してまわっている間にも、何度もあの黒い馬に遭遇した。馬と戦う事は避けたかった。跳ね飛ばされ、欠片の破壊を邪魔されては困るからだ。幸い、小力から何かしなければやってくることは無いから、気配を押し殺し素早くその場から去る事で逃げることができた。
馬の姿はふらふらとして、何かを探しているようだった。篤臣の時は獅子だったが、大業物には何かしらの動物がつくのだろうか。
(付喪神って奴かな?)
道具に宿る神様、精霊のようなものだ。だとすれば、刀に反応して襲ってくるのもうなずける。より大きな力を求めてさまよっているのだろう。
(あの馬、それだけじゃないような気がする)
戦は馬に気づかれないように、町の中を探索し続けた。
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