第21話 エコロジーなんですね
「まさか、関連動画一気見させられるとは思わなかったよ」
最後のお客さんを見送って、軽く片付けに入った戦はつぶやいた。時刻は午後10時。普段より少し早い仕事終わりだ。
やっぱり、人手は多いに限るな、と戦は思った。八尋はすぐにおかげ堂の仕事を覚えて、今では看板娘ともてはやされている。
「とはいえ、あれはいわゆる人形なのでしょう? 人形に現を抜かすなんてヒトというのは不思議なものですね」
掃除用のモップを動かしながら八尋が呟いた。戦は少し離れたところでテーブルに置かれた調味料の点検をしていた。
「いや、あれは人形っていうか、なんというか、中の人がいるから人間でもあるし……」
戦は八尋の質問を話半分に堪えていた。八尋はポンポンと質問を投げかけてくるので、きりがない。賢いので、ヒントを一つ渡せば後は勝手に理解するので、真剣に答えることは少ない。
「そもそも、あんなに薄い板の中にどうやって人が入っているのでしょう。後ろに回り込んだのですが、気配すらないなんて……」
「……」
違和感、というか戦は確信を持って頷いた。
「若君?」
「嘘、ですよね?」
「はい?」
「嘘ですよね、八尋サン?」
たらたら、と冷や汗が背中をつたう。
「八尋さんは……パソコンをご存知ない?」
「ぱそこん?」
「八尋さん、鬼の国にはパソコンはないのですか?」
「パソコンというものがどうして必要なのですか? そもそも、鬼にはそのようなもの必要ありませんし……。魄さえあれば火も熱も光も思うままです」
鬼の国と言ってぱっと思いつくのが鬼ヶ島なので、戦が言うのも少し変かもしれない。たしかに、絵本の中の鬼たちがパソコンやら携帯電話やら、ワイヤレスイヤホンを使いこなすイメージはない。
「鬼の国はなんと言うか、ずいぶんとエコなんですね、八尋サン」
「えことは何です?」
「…………」
戦は世界の広さを思い知った。時折八尋の現代に対する知識の浅さに驚くことはあったけれど、ここまでとは思わなかった。
(いや、ここで引き下がっちゃ駄目だろ)
八尋の方が鬼としてはデフォルトで、戦の方が人間社会に染まった異端者、という考え方もできる。そう言えば、篤臣に導かれてはいっていった世界にはおおよそ文明と呼ばれるものはどこにもなかった。
「前にも何度も言いましたが、鬼の世界には魄が満ちていて、その力を用い、私たちは生きています」
八尋がモップを持つ手を止めて、手のひらを天井に向ける。すると、どこからか蛍火のような物が八尋の掌に集まっていく。その色は千差万別。赤もあれば青、黄もあれば銀も灰色もあった。
「これが魄です」
「うん?」
こんなにぽろぽろ集まっていいのだろうか。まるでいろんな色の飴玉を溶かした綿あめのようなものだ。それを少しつまんで、八尋は口に含んだ。そして、それを戦につきだす。
「若君もいかがです?」
「いや、いい……」
魄というのはつまり人間の魂の一部分だ。それを綿あめのように食べる気にはならなかった。
(人魂を食べてるようなもんだからなぁ)
「ヒトの魂というものは、天上に上る魂と土地に溶ける魄がある事は既にご存知かと思います」
「その綿あめ、どう考えても刀になりそうに見えないんだけど」
「まぁ、そうでしょうね。私たちも、鍛冶師たちがどうやって加工しているのか、分からないのです」
「これって燃えるの?」
光になる、というのは分かる。今でもぼんやりと光っている。純粋な白い光にはならないだろうが、あの時垣間見た真っ暗な世界にいるなら、色に文句は言ってはいけないだろう。
「はい、この通り」
八尋が指を鳴らすと、そのとたんその綿あめは轟轟と音を立てて燃え尽きる。マジックを見ている気分だ。
「す、すげぇ……」
「このような事、誰でもできます。若君もこれくらいの操作は慣れてください」
「できそうにないんだけど……」
もう一人の自分ならできるのだろうか。あの白い自分についても、全く分からない。どうやら戦う時になると手を貸してくれるのだろうが、人格を乗っ取られやしないだろうか。
「魄は鬼にとって大切なものです。それを勝手に使用する連中、鍛冶師は決して許してはいけないんです」
「でも、封印されてたって言ってたよな」
「はい」
「封印を解いたのは……誰だ?」
ぴくり、と八尋の体が震えた気がした。その目がだんだんと見開かれる。その肌は白く輝き、紋様が浮かび上がり、ヒトならざる者に変貌していく。
「鍛冶師の頭領、兆木です」
「それ……水去が言ってたな」
たしか、兆木がどうのこうのと。ぞわりと、形容しがたい黒い物が戦の背中をなぜていく。
「兆木は鍛冶師の封印を解き、この世と鬼の夜を繋ぐ門を守っていらした襷様とうい姫様を殺めました」
「っ?!」
(お父さんとお母さんの仇………!)
「私たちでは、奴らが開いた門を閉じることしかできませんでした!」
「……」
「その、兆木っていうのはどこにいるんだ?」
「おそらく、人の世に放たれているでしょう。水去と兆木、そして寺日という3人の鍛冶師が我らが封印すべきものです」
「そいつらは――」
「戦! いるか!?」
ガラガラと閉店したというのに駆け込んできたのは篤臣だった。鍛冶師にその魂を赤い槍に変えられた大業物の魂を持つ少年だ。本来なら魄を失い、人ならざる世界に置き去りにされるはずだったのだが、奇跡的に生きているし、普通に生活している。
ただ一つ、この世ならざるものが見えるようになったこと以外は。
「篤臣!?」
「炎神御柱!?」
二人して違う呼び名で呼ぶ。八尋にとって篤臣は炎神御柱でしかないという所に、温度差を感じるけれど、今は置いておくことにした。
「戦っ! 俺、見たんだ!?」
「今日は何を見たんだー? 血を頭から流しているサラリーマンか―? それとも、水の上を爆走する犬の霊かー?」
魄を剣に変えられ、この世の理から外れたせいか戦が傍にいなくても、篤臣は戦の事を覚えているようだった。こちらとしては、嬉しいけれどその会話の内容のほとんどがホラーなものを見たというものなので、少しばかり抑えてほしい。
「馬鹿! 今回ばかりはふざけてられねぇんだ! こい!」
戦の腕をつかんで篤臣が走り出す。慌てて八尋もすぐに追いついてくる。
「あれ……」
八尋が指をさしたのは、街中にある高台の噴水の上だった。噴水と言っても豪華なものではなく、時間ごとに水が沸き上がるだけの物なので、今の時間では単なる大きなプールだ。
バシャ、バシャ、バシャ。
跳ねる水音、はじけ飛ぶ水しぶきの中それはいた。
「首なし……馬」
首のない黒い馬が青い光を纏いながら水の上で戯れていた。
「なんだ、これ……」
「な、おかしいだろ?」
「これは……、馬の形をした魄?」
3人が黙っていると、背後で大きな歓声が聞こえてきた。バシャバシャとせわしなくシャッターが切れる音がした。あわてて戦が振り向くと、興奮した様子の大学生と思しき男性が一心不乱に携帯電話を馬に向けている。
「うわ! やべ! ViAちゃんの配信で言ってた馬ってこいつの事だよな!?」
「待ちなさい!」
とっさに八尋が声を上げるが、青年には全く届いていない。
「すげー! 心霊現象見ちゃった! 万バズしたら嬉しー!」
「お待ちなさいと言っているでしょう!」
そのまま走り出した青年を追いかけて八尋が夜闇に消えていく。なんだったのだろうと、噴水に目を向けると馬はもう消えていた。
「これ、俺達が何とかしないといけないん、だよな?」
「俺達って俺を巻き込むなよ。鬼さん」
青い顔をして呟いた戦の頭に容赦ないツッコミの拳がふってきた。
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