第3話 夏休み合宿その2
4-3「ユネッサン」
3泊4日の合宿は順調に日程をこなし、伊藤と咲江は、昼間はサックスの練習を続けていた。
そして4日目を迎え、遂に軽音楽部恒例の、ユネッサンの日となった。
箱根セミナーハウスからユネッサンまでは歩いてすぐということで、開館時間の朝9時に合わせ、玄関に8時50分集合になっていた。
朝食後、部長から一応注意事項が話されていたが、殆ど、特に女子部員は聞いてない程、早くユネッサンに行きたくてたまらないようだった。
男子も男子で、女子の水着姿を見たいからか浮足立っているのが分かった。
そんな周りの様子を、偶々目が合った伊藤と咲江は、苦笑いし合ってアイコンタクトしていた。
たが咲江は中高と、夏に友達と海やプールへ遊びに行ったことが無く、持っている水着は高校の体育で使った、競泳用水着をちょっとダサくしたような1枚だけだった。
軽音楽部で出来た同期の友達、丸山知恵は、この日の為に水着を買いに行ったと言っていて咲江は驚いたが、知恵いわく、ユネッサンで水着レンタルもしてるよ〜とのことだったので、入館後にちょっとレンタル水着コーナーを見てみようかな?とも思っていた。
そして集合時間になり、セミナーハウスの玄関先は、軽音楽部のメンバーの異様な熱気が渦巻いていた。
山本部長が最後の注意事項を叫んでいた。
「ユネッサンですが、最初に俺が団体受付の申請します。その後団体の入場口から中へ入ります。そこで腕時計みたいなバンドを渡しますから、必ず身に付けて行動して下さい。後は夕方4時まで自由です!」
キャーッ!!
「思い切り楽しんで下さい、ただ帰りの集合時間は必ず守って下さいね!」
ハーイ!!!!
もう物凄い状態になっている。
山本が手続きを終わらせて中に入ると、腕バンドを受け取った部員から走り出していた。
伊藤はグリーンズの男子と、その様子を苦笑いしながらゆっくり歩いていた。
「伊藤はどう過ごす予定?」
同期の男子、小野が聞いてきた。
「まあ彼女がいないメンズで集まって、酒風呂にでも入ってようかなと…」
「いや、お前さ、サキちゃんがきっとお前のこと好きなはずだぜ」
「え?サキちゃんが?」
伊藤は些か驚いた。
「練習とか見てても、完全にお前に恋する乙女の目になってるし。初日の夜、ステージでちゃんと演奏出来なかったサキちゃんを、お前がフォローしたんだろ?」
「まあ、勝手に部屋に戻ろうとしてたからな。励ましてやらなきゃと思ってさ」
「その様子を他の女子部員が遠くから見掛けたらしいけど、まるでカップルだったって言ってたぞ」
「そうか…。確かに泣きじゃくるサキちゃんをなだめるのに必死だったから、俺の肩で泣くだけ泣けってやったけど」
「そりゃもう、カップルだよ。サキちゃんを誘って、1日過ごせばいいんじゃないか?伊藤は」
「ハハッ、まあサキちゃんさえ良ければな」
一方その咲江は、レンタル水着コーナーで、何か似合いそうな水着はないか、丸山知恵にアドバイスを受けながら探していた。
「サキちゃんは本当に高校の時のスクール水着しか持ってないの?」
「う、うん」
「じゃあいきなり派手なビキニってのも恥ずかしいかな?」
「ビキニって…何だか下着みたいな気がするよ」
「そうだね〜。これなんかどうかな?」
知恵は咲江の言葉を全く聞かず、ビキニコーナーへと突き進んでいた。
一方咲江が手にしたのは、競泳選手が1秒でもタイムを縮める為に着るような、色気も全く無い、ほぼ全身を覆うような水着だった。
「チエちゃん、これなんか、どう?」
知恵は呆れながら答えた。
「サキちゃん、そんな水着にしたら、幻滅されちゃうよ。高校のスクール水着の方がまだマシだよ」
「やっぱり…。でも、ビキニなんて下着みたいで着たことないから、恥ずかしいよぉ」
咲江は照れながら知恵に訴えた。
「でもサキちゃん、伊藤先輩のこと、好きなんでしょ?」
「えーっ?な、なんで知ってるの?」
「もう、グリーンズのみんなは、そうじゃないかって思ってるよ。で、みんなサキちゃんのことを応援してるよ」
「そ、そんなバレバレなの?これまた恥ずかしいーっ」
咲江は両手で、真っ赤になった顔を覆った。
「だから、伊藤先輩の心に残る水着にしなきゃ!アタシが、選んで上げるよ」
知恵はレンタル水着コーナーの中に入っていき、しばらく何着か見定めていたが、一つビキニを選んで咲江に持ってきた。
「サキちゃん、どうかな、これ」
「あ、これなら何とかイケるかな…。柄が可愛いし」
知恵が持ってきたビキニは、白地にブルーのストライプが入っていて、所々に小さなハートマークがワンポイントに入っていた、シンプルなデザインだった。
「じゃあコレにして、早く着替えて、伊藤先輩の所に行こうよ!」
「…うん!ありがとね、チエちゃん」
咲江はレンタル手続きを済ませて、知恵と一緒に更衣室へ急いだ。途中で先輩女子とすれ違ったが、まるで水着ファッションショーを見ているような気持ちになるほど、カラフルでセクシーな水着を身に纏った先輩ばかりだった。
「ねえチエちゃん、先輩達も好きな男の先輩とかいるのかな?」
「そうかもしれないよね。それよりも、既に付き合ってる先輩達もいるよ、きっと。だから大胆な水着も着れるんじゃないかな?」
「そっ、そんなものなのかな」
「サキちゃんも伊藤先輩と付き合えたら、変わるかもね?」
「もうチエちゃん、それは秘密!」
2人は笑いながら更衣室へ向かっていた。
その頃、伊藤はセミナーハウスから海パンを穿いていたのもあって、とっくにユネッサンの中へ入っていた。
「女子はまだみたいだな」
伊藤と一緒に行動していた小野が言った。
「俺ら、多分今日のユネッサンの一番乗りじゃないか?」
「じゃあ、まあノンビリとしてようぜ」
と言って、男2人して中央の大浴場に座り込んだ。
「小野は誰か一緒に過ごす相手はいないの?」
「本当なら、ワイジャンプのメンバーになった1年生の女の子を狙ってたんだけど、合宿には来たけど、ユネッサンは休むって言っててさ。あんまりこんな想像はしたくないけど、もしかしたら女性が月イチで苦しむアレなのかな、なんて…」
「ま、まあそれなら仕方ないよな。又のチャンスを狙えよ」
そう話している内に、少しずつ水着に着替えた軽音楽部のメンバーがやって来た。
グリーンズのリーダー、大谷先輩もやって来たが、緑色のビキニを着ていた。流石に高校時代、レスリング部だったらしい、引き締まった体をしていた。
「あ、伊藤くんに小野くん、早いね。誰か女の子待ってるの?」
「いや〜、特に誰を待ってるってことはないです」
「じゃあ、もし誰もいない時は、アタシを誘ってね。どっかに座ってるから」
そう言って大谷先輩は、綺麗な背筋と引き締まったヒップを見せ付けるように、2人から去っていった。
「大谷先輩も綺麗だよなぁ…。俺、お目当ての子が欠場しちゃったから、大谷先輩のお供しようかな」
小野はそう言った。
「いいんじゃない?他に小野に声を掛けそうな女子はいる?」
「いないよ!伊藤とは違うから、俺は」
「え?」
「まーた惚けやがって。サキちゃんを誘えよ。絶対にサキちゃん、お前と一緒に1日過ごしてくれるぞ」
「そうかなぁ。俺、ちょっと恋愛恐怖症だから、先輩、後輩としてなら上手く付き合えてると思うけど、恋愛対象としてサキちゃんを見れるかどうか、サキちゃんがそんな俺に付いて来てくれるか…」
「何をそんな哲学問答してんだよ。じゃ、俺は大谷先輩の所へ行くから、頑張れよ!」
「へ?」
小野は立ち上がると、大谷先輩がいる方へ向かったが、入れ替わりに見えたのが、白地にブルーのストライプ柄のビキニを着た咲江と、黒に白い水玉模様のビキニを着た丸山知恵だった。
「あ、伊藤先輩…」
「サキちゃん、どうしたの?もしかして、俺を探してたとか?」
「はい!あっ、いえ、あのー」
咲江は照れてモジモジしていたので、横にいる知恵が代わりに伊藤に言った。
「伊藤先輩、今日は空いてますか?」
「あっ、うん。空いてるよ」
「じゃあ、このサキちゃんと一緒に過ごしてあげてくれませんか?」
咲江はまだ知恵の横で恥ずかしそうにモジモジしていた。
「う、うん。俺は構わないよ。サキちゃんはどう?」
「あの、その…」
咲江は照れてシドロモドロになっていたので、知恵が咲江の頭を掴み、よろしくお願いしますと、無理矢理頭を下げさせた。
伊藤は思わず噴き出した。
「じゃあアタシはいい男を探しに行って来ますので、サキちゃんのこと、よろしくお願いしますね」
知恵はそう言うと、咲江の肩をポンと叩いて、別の方向へと立ち去った。
「…あの、伊藤先輩…」
「サキちゃん、立ってないで、横においでよ。とりあえず座んなよ」
咲江は照れながら伊藤の横へと進み、しゃがみこんだ。
その頃には、軽音楽部メンバーと思われる多彩な水着姿の男女が増えていた。
「サキちゃん、こういう所は初めて?」
「あっ、はい!アタシは中学も高校も、水とは関係ない部活だったので、プールや海に遊びに行ったのは、小学校の時以来です。あとは体育で少しだけ…」
「確か、レジャー用の水着がないって言ってたもんね。今日の水着はどうしたの?買っちゃったの?」
「あの、チエちゃんに教えてもらって、レンタルしたんです。アタシ、ビキニなんて初めて着たんですけど、似合ってますか?チエちゃんはお世辞で似合ってると言ってくれたんですけど…」
「うん、凄い爽やかでいいよ!ま、しいて言えば…」
「えっ、しいて言えば、なんですか?」
咲江は驚いた表情で伊藤を見た。
「去年まで女子高生だったのがよく分かるよ。太腿の日焼け跡、陸上部時代のが残ってるよ」
「えーっ?」
咲江が思わず足の付け根辺りを見たら、確かに陸上部時代の短パンに沿った一直線の日焼け跡が残っていた。
「キャッ、なんて恥ずかしい」
「いいじゃん、青春の証で」
「そうですか?こんな日焼け跡してるアタシ、嫌いになりませんか?」
「なんで日焼け跡を理由にサキちゃんを嫌いにならなくちゃいけないのさ。サキちゃんはやっぱり面白いね。そんなサキちゃんに戻ってくれて嬉しいよ」
「わあ、嬉しいです!ありがとうございます!」
「じゃあ、2人で色々回ってみようか。俺、去年来てるから、なんとなく何処に何があるとか分かるし」
「はい!お願いします。楽しい風呂があるんですよね?」
「そうそう。まずは…ドクターフィッシュでも行ってみようか」
「あ、分かりますよ。お魚さんがやって来て、足の汚い所をかじってくれるんですよね?」
「ハハッ、足の汚い所って。まあ、行ってみようよ」
2人は立ち上がり、ドクターフィッシュのコーナーへ向かった。
その様子を、グリーンズリーダーの大谷と小野が、眺めていた。
「いいですね〜、あの2人」
「グリーンズは、カップルが誕生しやすいのでも有名なんだよ。アタシを除いて。アハッ」
「そんな自虐しないで下さいよ。今日は俺が彼氏代行を務めますから」
「そう?じゃあ早速、アイス食べたいな、アタシ」
と言って大谷は小野の腕に腕を絡ませてきた。
(わっ、先輩の胸が、腕に当たる!)
小野は興奮を押さえるのに必死だった。
一方、伊藤と咲江は園内のアチコチをはしゃぎながら回っていた。
ワイン風呂や酒風呂、コーヒー風呂等、立て続けに一緒に入っては風呂のお湯を掛け合ったりして遊んだ。
「先輩、次はアッチに行こうよ!」
「はいはい、分かったよ」
すっかり咲江の方がリーダーシップを握って、伊藤を引っ張っていた。
その姿はもうカップルと言っても大袈裟ではなかった。
だが伊藤も咲江も、恋人同士になるためにはまだ関門があるような気がしていた。
確実に2人の距離はこの合宿で縮んだが、お互いにこれまでの経験が足枷になっている。
伊藤は、自然消滅した一つ年上の女性との苦い思い出を引き摺っていたし、咲江は一度も告白が成功したことがなかった中高時代を引き摺っていた。
だから、告白に踏み出すことで、楽しく遊べるようになった現状を壊したくない、そのように2人共考えているのだった…。
<次回へ続く>
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