第26話ハロルド③
場所は変わりシュナレンベルガー公爵家。
一番良い応接室の左側のソファには両親、そしてその向かいにはヴェーデナー公爵と公爵夫人が座っている。
わたしは先ほどと同じくドア側で立たされ中。
一つ違うのは隣に立つのがルーカスではなくて、こちらを見て優しく微笑むハロルドってことかしら。
まず事情の説明とばかりに、あの場に居なかったお母様と公爵夫人に、陛下が決定なさったことを伝えた。
ルーカスの事で公爵夫人は涙し、ハロルドの結婚宣言には目を見開いて驚いた。
さてお父様とヴェーデナー公爵は、お互いの顔に渋面を浮かべて不機嫌そのものの。先ほどは陛下の御前だったから、渋々矛を収めたって感じっぽい。
陛下にそう言っておきながら、今さら何が出来るのって話だが、わたしが今回の行いを恥じて
ちなみにルーカスを廃嫡したのと同じく、
きっとあとで何とでもなる……
どちらも口を開かないまま睨みあうこと数分。
自分の運命だけに沈黙に耐えかねて、「あのぅ……」と漏らせば、お前が喋るなとばかりに睨まれた。
すると見兼ねたようにお母様が、
「ねぇあなた、少しヴェーデナー公爵夫人とお話したいことがありますの。
男性陣は席を外して下さる?」
「今さら何を話すことがあるというのだ!」
「もしかして、出て行けと命令しなければならないのかしら」
普段ならいざ知らず、こういう時、シュナレンベルガー公爵家では婿養子のお父様の立場はすこぶる弱い。
すっかり目の座ったお母様に恐れをなしたお父様は、スタッと立ち上がり、
お父様が居なくなると、今度はヴェーデナー公爵へ二人の公爵夫人の視線が向いた。しかし二人は何も言わない。
無言の圧力に耐えかねて、公爵も静かにソファから立ち上がって退室していった。
最後に残ったのはハロルドだ。
公爵夫人は「貴方もよハロルド」と優しく声を掛けた。
するとハロルドはわたしを見つめてきた。その瞳は『大丈夫?』と心配げで……
「たぶん大丈夫よ」
「……分かった。何かあったらすぐに呼んで」
それには無言で頷いて返した。
さてお母様の希望通り男性陣はいなくなった。
「エーデラ、ここにお座りなさい」
立たされっぱなしの本日、久しぶりに座って良しと言われたのはお母様の隣。保身を考えるとその場所はちょっと悩む。
「早くなさい!」
普段のお母様はもう少し優しいのに、速攻で声に怒気が混じり慌てて座ったわ……
「じゃあ今から貴女には簡単な質問をします。
包み隠さず答えるように、良いわね?」
「はい」
「エーデルトラウト、嘘はお互いの為になりませんよ」と公爵夫人。
お母様が言い出したはずだが、公爵夫人はこれからの事を解っている様子。二人はいつの間に示し合せたのだろうか?
「貴女はルーカスとそういう事をした?」
「ハイ?」
えーっ何を言い出したのこの人?
「性的な関係を持ったのかと聞いているのよ」
「あのぉ……どういう質問ですかそれ」
質問の意図を測りかねて疑問を口にすると、
「これはとても大事なことよエーデルトラウト。ちゃんと答えて頂戴」
公爵夫人の顔は至極真剣。
どうやらわたしの純潔を疑っているのだと察した。偽装とは言えわたしは、人妻として一年も過ごしてきたのだ。二人の疑問もごもっとも。
「ありません」
「まったく?」
「まったくです」
「つまり貴女は処女なのね」
「そうです……」
あけすけな質問に、流石のわたしも赤面しながら答えた。
「口づけは?」
ん? と首を傾げて、
「それはルーカス限定ですか?」と聞いた。
「ちょっとエーデラ!? まさか貴女まで愛人がいるなんて言いださないでしょうね!?」
お母様はクワッと目を見開いて鬼気迫る顔でわたしに詰め寄ってきた。
思わず口から「ヒッ」と細い悲鳴が漏れる。迫られるままにソファの端まで追い詰められて、
「どうなの!?」と凄まれた。
首を絞められるかと思ったわ……
「愛人なんていません」
ふ~んと公爵夫人が目を細めながら呟いた。そして、
「でも今の様子、口づけの経験はあるという事よね。
いったい誰としたのかしら?」
「えと……ハロルド、です」
「え?」
公爵夫人が口をぽかんと開けて、ゆっくりと首を傾げた。しかしある程度のところで今度は首がギギギと戻り始めて、
「旦那ではなく、弟のハロルドに手を出していたってことかしら!?」
公爵夫人が腰を上げて迫って来た。
その眼が完全に血走っていて、今度こそ首を絞められる~と公爵夫人から距離を置くために必死にソファに身を沈めた。
あちらを逃げれば今度はこっちとばかりに「どうなの!?」とお母様。
「あーもう! 王宮で先ほどハロルドにされました!
それが初めてです!」
わたしは二人の追及から逃れるために思わず叫んでいた。
あっそうと二人は一瞬で素に戻り、波が引くかのように元の場所に座り直した。
くぅ~恥ずかしすぎる……
質問は以上だった。
「ヴェーデナー公爵夫人、どうでしょう?」
「わたくしは認めます」
「ありがとうございます。
じゃあエーデラ、今から一つ約束して頂戴」
「なんですかお母様」
「今度はちゃんとハロルドと結婚して彼を愛すると誓いなさい」
お母様の顔は真剣そのもので、公爵夫人の顔は期待に満ちている。ここでわたしがYESと言えば、きっと二人は味方になってくれるに違いない。
修道院には行きたくない!
「もちろんです、誓いますわ」
「まるで駄目。声に重みが無いわ」
「ええこれはエーデラお得意のその場しのぎの嘘です。母を簡単に騙せると思わない事ね」
「えー……」
十数回のリテイクもNGを喰らった。
てんで駄目だわと二人からため息を吐かれた。わたしが唇を尖らせていると、
「見本を見せてあげる」
そう言った公爵夫人は廊下に追い出していたハロルドを呼んだ。ハロルドは訝しげな表情を浮かべて入って来た。
「ハロルドには申し訳ないのだけど、この子ったらまるで子供なの。
きっと結婚しても貴方に苦労ばかり掛けるに決まっているわ。だからこの子の事は綺麗さっぱり忘れて頂戴な」
「シュナレンベルガー公爵夫人それは聞けません。
僕はエーデラを愛しています。彼女以外と結婚するなんて考えられません」
それを聞き興奮した二人から黄色い悲鳴が漏れた。
「ほら聞いたエーデラ! これよ! これが本気! これこそが愛の重みなのよ~」
「さあ次は貴女の番よ。
もう一度だけチャンスを上げるわ、頑張って!」
ラストチャンス。
せめて誠実にと、わたしは今の想いをそのまま伝えることに決めた。
「ありがとうハロルド、でもわたしには恋とか愛とかまるで解らないの。
でも精一杯頑張るから、わたしと結婚してくれる?」
「もちろんさエーデラ!」
感極まった風にハロルドがわたしを抱きしめてきた。わたしも彼の背中に手を回して抱き返した。
「五〇点ね」
「あら厳しい。わたくしは七〇点を上げてもいいわ」
その後の展開は想像通り。
二人の公爵夫人が賛成した事で、まずは立場が弱いお父様が折れ、最後に残ったヴェーデナー公爵も仕方ないとばかりに折れた。
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