第25話ハロルド②
「エーデルトラウト。愚かな誘いに乗ったのは不味かったな」
「申し訳ございません」
「よもや浮気を許す妻がいるとは驚きであったが、その様な感情も無く結婚したのであれば、それを浮気と呼ぶには些か苦しいか。
さてどうしたものかな」
陛下が周りを見渡すと宰相が手を挙げた。
「陛下に申し上げます。
慣例に従い女子は修道院に入れるのがよろしいかと思います」
「不貞を働いたのであればそうであるが、エーデルトラウト自身は不貞を働いた訳では無かろう?」
「いいえ。彼女は結婚する前からそれを知り、故意に夫の浮気を見て見ぬふりをいたしました。自らが犯さなくとも、これは十分に不貞でございましょう」
「宰相はそう考えるか。ふむ、どれ他に意見はあるか?」
「陛下、よろしいでしょうか?」
驚くことに次に手を挙げたのはハロルドだった。
自分の息子が手を挙げるとは思っていなかったのだろう、ヴェーデナー公爵が珍しく狼狽えていた。
「そなたはヴェーデナー公爵家の次男であったな。
ふむ、面白い。申してみよ」
「ハロルドと申します。発言の許可を頂きありがとうございます。
不貞の罪は先ほど兄が被りました。ならばその罪は義姉上にはございません」
「馬鹿な、それでは示しがつかんではないか。
そもそも彼女は知っていてこの企みに加担したのだ、これも立派な罪であろう」
「ふふっそうとも言えんぞ宰相よ」
「それは一体どういう事でございましょうか?」
「不貞の罪をこやつの兄が被ったとすると、残る罪はなんであろうか」
「他人を謀った、偽装結婚の事以外にありますまい」
「うむ言葉にするならその通りであるな。
しかしな宰相よ、我が国に偽装結婚を裁く法などないぞ?」
「……確かに法はございませんが、それは法の抜け道、いわば穴でございます。
今後のためにも新たな法をつくるべきでございます」
「今後のためか。それを言うならば今後の為に、罪を見てから法をつくるような悪例こそ残すべきではないな。
エーデルトラウトよ。良い義弟を持ったな、感謝せよ」
「寛大なお言葉ありがとうございます。
ハロルドも、本当にありがとう」
ひとまず修道院送りは無くなりそうなので安堵した。
しかし修道院に送られなくとも、わたしの未来が真っ暗なのは変わりない。
「陛下、もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ申してみろ」
「義姉上、いえ、エーデルトラウトは今後どのような立場となるのでしょうか?」
「ふむ結婚したがその相手は不倫の末に廃嫡か、ならば離婚と言うのが正しかろう」
「では父上に聞きます。
先ほど兄上を廃嫡していたと聞きましたが、それはいつごろの話でしょうか?」
これには遡って廃嫡を嘯いたヴェーデナー公爵も慌てた。
「ほほう、それは興味深いな。
なるほど貴族間の結婚は余の許可が必要だ。廃嫡したのがその前であれば、結婚は白紙、その後であれば離婚か。
さてヴェーデナー公爵はどこで息子の不貞を知ったのであろうな」
「ハッ! 我が家に結婚後に不貞を働いた者などございません」
家のためにルーカスの廃嫡を決断したヴェーデナー公爵の返答に迷いは無かった。
「つまりヴェーデナー公爵は、結婚前にそれを知り、ルーカスはとうに廃嫡されていたと申すのだな」
「しかり」
「ほほぉそれは困ったな。
それが本当であれば、両家の結婚許可書は無かったこととなる。と言うことは、だ。
ルーカスが不貞を働いた事実も消えるな」
「陛下! それはなりませんぞ!?」
宰相が焦った声を出したのは当たり前だろう。
廃嫡が結婚前になれば結婚していないのだから、一夫一妻制の国法には抵触しないから、ルーカスは法を犯していないことになる。
「まあ落ち着け宰相。
ハロルドと言ったな、お前の希望通り兄と義姉の結婚は無くなりそうだが、お前はいったい何がしたかったのだ?」
「わたしが望むのはエーデルトラウトの幸せのみです」
「はははっこれは面白い。兄よりも義姉を助けるか。
よかろう決めたぞ。
ヴェーデナー公爵家長男ルーカスには以前より廃嫡されていたことが発覚した。ゆえに二人の結婚は白紙だ。
結婚していないのだからルーカスに不貞の罪は無く、ならば裁くいわれも無い。
今後はそなたの好きにするが良い」
「はい。閣下の温情有難く……」
ルーカスは深々と礼を取った。
爵位などは失ったが、牢獄送りから一転したのだから当然だろう。
「そしてエーデルトラウト」
「はい」
「余の仕事を無駄にさせるな、以上だ」
「はい?」
「ありがとうございます陛下!」
突然何の関係も無いハロルドが元気な返事をした。
えっなんで貴方が返事するの?
「エーデルトラウトは解っておらんようだな。
ハロルドよ、察しの悪い我が
「はい!」
陛下は「ではな」と言って席を立ち去って行った。
その後を慌てて宰相が追っていく。
そしてハロルドは、立ち上がりわたしのほうへやって来た。
彼はわたしの手を取ると、
「前に出した書類は国王陛下のお仕事済みでサインがあるんだ。
つまり両家の婚姻届は有効。だけどね、うちに息子はもう僕しかいないんだよ」
やっと意味が解った。
「うちも娘はわたしだけだけど……」
でもさぁ、ヴェーデナー公爵がすっごく睨んでるんだけど……、本気?
そのわたしの視線を追ったハロルドはとても清々しい笑みを浮かべ、「良いですよね父上?」と問うた。
「国王陛下の温情、いやお仕事を無駄にするわけにはいかんのだから仕方あるまい。
なあシュナレンベルガーよ、卿もそれで良いな?」
「ああ、出してしまった物は今さら取り消せん。仕方あるまい」
二人から許可を貰ったハロルドは小さな声で「やった」と漏らした。
「ねえ。こんなに愚かな事をしたのに、本当にわたしでいいの?」
ハロルドはいつもわたしを見てくれていた。それはもうお節介なほどに……
「僕はずっと兄さんが羨ましかった。
だけどもう、エーデラは僕の物だ」
彼の手がわたしの頬に触れて、ハロルドの顔がゆっくりと迫って来た。初めての口づけだけど、それの作法くらいは知っている。
わたしは目を閉じてその時を待った。
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