第17話偽装妊婦

 お義母様に呼び出されてから二ヶ月とちょっと。週に一度の情報交換の場、つまり土曜の晩餐の日の事だ。

「喜んでくれ。マルグリットに子供が出来たぞ」

「あらそう」

 何の感慨も無くそう言えば、ルーカスは不満そうに眉を顰めた。

 そんな顔をされてもねぇ。

 手放しで『おめでとう』なんて言う立場でもないし、他に言いようがないじゃない。


「まあいい。とりあえずこれでひと安心だな」

「そうね。お腹に詰め物をして、不自由な生活をしなければならないわたし以外はね」

「おい。そんな言い方は無いだろう?」

「じゃあ代わりに産んでくれてありがとうとでも言えば満足?」

 気に入らないってだけで噛みつくほどわたしは子供ではない。


 わたしの機嫌が悪いのは、わたしではない女が産んだ子が、将来は公爵家の当主になることについて真剣に考えたからだろう。

 近い将来、産みの親でもないわたしは、その子から一体どういう目で見られ、どう扱われるのか?

 あの日の帰り道、焦りからマシな提案だと思って飛びついた案だったが、本当にこれで良かったのかと後悔していたのだ。

 だけどルーカスこのばかとそう言う関係になるのは嫌だし……


「悪いが今日はお前と言い合いをしに来たわけじゃない。

 マルグリットの為に別邸の従者を増やしたいのだが良いだろうか?」

「別邸は貴方の管轄よ、好きにしたらいいじゃない」

「いや口の堅い人間がそれほどいる訳も無いからな、実績があり信頼できる、本邸の使用人を幾人か回して欲しいんだ」

「信頼できる口の堅い人がいない、確かにその通りだわ。

 だから本邸こちらの使用人の数も最低限よ。別邸そちらに人を回したら、今度は本邸こちらの業務が滞るでしょうね」

「だがエーデラは一人じゃないか。

 この際だし使わない部屋まで掃除するのを止めないか?」

「貴方はわたしの屋敷を埃まみれにしておけとでも言うの!?」

「ここは俺の屋敷でもあるんだがな?」

「ふんっそれは土曜の晩、ほんの二時間もいない人が言っていい台詞じゃないわね」


 いつもならば喰って掛かって来ただろうに、ルーカスは殊更大きなため息を吐いた。どうやら怒りを抑えているらしい。

 以前のルーカスからは想像できない態度に少々驚く。

「頼むよエーデラ。

 子供が生まれないとお前だった困るだろう?」

 なるほどね。父親になるというのはこういう事なのね……

「……分かったわよ。

 二人、いえ三人だけなら許可するわ」

「ありがとうエーデラ!」

 しおらしくお礼を言うルーカスの背後に、勝ち誇った顔で嗤うマルグリットの姿が見えたような気がした。







 マルグリットのお腹の成長具合に合わせて、わたしもお腹に少しの綿を積めて生活を始めた。いまはまだこれだけだが、近い将来は重みのある詰め物になる予定。

 体には無様な詰め物をし、屋敷の一部は埃にまみれる。

 これのどこが自由で気ままな生活かしらね。


「ねえエーデラお腹に触れてもいーい?」

 おずおずとそう問い掛けて来たのはグレーテルだ。

 妊娠したと伝えるや、すぐ行くと返事とほとんど差が無く屋敷にやって来た。

「触っても面白い物じゃないわよ」

 だってこれ綿だもん。

「えー触りたい~」

「嫌よ」

「む~」

「それよりもグレーテルの所はまだなの?」

「うん……」

 明るさが取り柄の彼女の顔に影が差した。

「結婚して確か一年くらい経つわよね。ご両親は何も言わないの?」

「もちろん言われてるわよ。旦那が……だけど」

 ソルヴェーグ侯爵らは彼女の実の両親だから、矛先はグレーテルむすめではなくて婿養子のブレージに向かっているらしい。

「隠してても裏で結構言われてるのを知ってるからさー

 私もプレッシャーなのよね」

 プレッシャーなのはその通りだろうけど、彼女は真の恐怖を解っていない。

 あの日のお義母様の目……

 親と言う生き物は、実の息子や娘以外にはあのような恐ろしい顔が出来るのだ。


「ねえエーデラ。恥を忍んで聞くけどっ!

 子供ってどうやったら出来るのかな?」

 その質問はキスもまだのわたしに答えられる類のモノじゃない。

 だが真実は兎も角、グレーテルから見ればわたしは結婚後に早々に妊娠した先輩と言う位置づけだ。

 恥ずかしいと煙に巻くことも出来るけど……

「愛かしら?」

 羞恥から正面切っていう事は出来ず、視線をややそらしつつ答えた。

 いろんな意味で破壊力のある台詞を口にしたお陰で、自分で判るほどに顔が火照っていてツラい。


「ハァ?」

 わたしが恥を忍んで返したというのに、それを聞いたグレーテルはすっかり呆れた顔を見せた。

「なによ、その何か言いたげな顔は?」

「エーデラが愛とか、何言ってんのって感じだわ」

 まったくもってその通り。

 だがここで肯定しては、先ほどのわたしの恥ずかしい想いが報われないじゃない!


「失礼ね、聞いたのは貴女でしょう」

「そうだけどさぁ……

 じゃあさっ、ルーカス様のどこが好きか三つ答えてくれたら信じるわ」

「えーっ……」

 また無理難題を。

「ほらっ早くぅ」

「顔が良い、スマート、お」

「お?」

「幼馴染でお互いをよく知っている」

 危うく『お金』と言いそうになったわ。

「ふぅん愛をまったく感じない三つね。

 つーか最後の。それ、好きなところでも何でもないから」

「急に聞くから悪いんでしょ!」

「そうかなぁ。例えばさぁ~

 人目があると素っ気ない態度なのに、二人きりになると私にやたらと触れたがったり~

 お風呂が大好きで一緒に入ろうって誘ってくるでしょ~?

 あとは朝、私より早く起きると私の顔を覗き込んでくるの。それでね、私が目を開けると露骨に反らすの!

 その様子がすっごく可愛くてくぅ~ってなるのよ」

 完全にグレーテルの実体験!

 あまりの恥ずかしさにこっちが当てられて耳まで赤くなった。

「やることやっといて、なーに照れてんのよ」

「い、いやだって」

 まったく何もやっていないなんて言えるわけもなく、その後もグレーテル夫妻の赤裸々な夫婦生活を語られた。

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