第2話厄介な頼み事

 お昼すぎ。屋敷で食後のお茶を楽しんでいると、執事のレーダがやって来た。

「お嬢様。お客様がいらっしゃいました」

 こんな場所で独りでお茶を楽しんでいることから分かるように、本日その様な予定はない。つまり先触れの無い相手と言う事だ。

 そしてレーダがそれを追い返さず、こちらまで持って来たということは、その様な身分の相手だという事も知れた。

「ねえ。もしかしてルーカス?」

「お察しの通りでございます。

 如何いたしましょうか?」

 形式上聞いてくるけれども、わたしの答えは決まっている。

 だって一度来ると、追い返しても無駄。アイツは三〇分おきに何度もやって来るんだもん、そんなのレーダの仕事が増えるだけじゃない。

「お通しして頂戴」

「畏まりました、お嬢様」

 来たとき同様、レーダは恭しく礼をして去って行った。



 程なくしてレーダに連れられてルーカスがやって来た。彼はわたしと同い年の幼馴染で、ヴェーデナー公爵家の嫡男だ。

「やあ」

 金髪碧眼の見慣れた顔はいつも通りの優しそうな笑みを浮かべた。

 いつも見せるその笑顔、客観的にみれば確かに恰好良いのよね……

「やあじゃないわ。今日はいったい何をしに来たのよ」

「なんだか機嫌が悪そうだね、何か嫌な事でもあったのかい?」

「貴方のお陰で現在進行形で嫌な事が継続中よ!」

「う~んエーデラは相変わらず冗談のセンスが無いな。こういう事も少しは勉強した方が良いよ?」

「この際だからはっきり教えてあげるわ。これは冗談でも何でもなく間違いなくわたしの本心よ。

 それからルーカス、貴方の頭はカボチャか何かなのかしら?

 以前にわたしは愛称は止めてと言ったはずよ」

 子供の頃の癖なのか、彼は相変わらずわたしを愛称で呼ぶ。家族でもない男性に愛称で呼ばれれば、そりゃあ周りに勘違いされても仕方がない。

 あんたの癖のお陰でこっちがどれだけ苦労してると思ってんのよ!?

「失礼、エーデルトラウト嬢」

 口調こそ改まったが彼の顔から笑みは消えていない。

 それがまたイラッと来て、

「大体先触れも無く来るなんて、貴方シュナレンベルガー家うちを舐めているのかしら?」

 五代前に国王を出したとか言われてもね、こっちなんて大叔母様の子供がいまの国王陛下よ!

「そう言われてもなぁ。今さらじゃないか?」

 確かに今さらだけど!

 でもね?

「いーい! 貴方がそう言う態度だからわたしに変な噂が立つのよ!!」

「噂ってなんだよ」

「ハァ!? 知らないの!?

 本気で呆れたわ!」

「生憎そちら方面の噂には疎いんだよ」

 苦笑しながらそう言われてもね、こいつが噂に疎い理由はもちろんアレだ。

「愛人に感けて社交界を疎かにしているって、はっきり言ったらどうかしら」

「俺は愛人に感けて社交界を疎かにしているんだ。

 これでいいか? ちなみにマルグリットは愛人じゃなくて恋人な。じゃあ続きをどうぞ」

 こいつは……!!


「わたしと貴方が付き合っていると言う噂よ!!」

「へえそうなのか」

「その噂の所為でわたしの相手が決まらないってのに、他人事のように言わないで頂戴!」

 わたしが公爵家ってだけで相手の爵位を選ぶのに、噂になっているのが同じく公爵家のルーカスだから、常識的な令嬢らは身を退いてしまうのだ。

「相手が決まらないのはエーデラの性格の問……」

 わたしの剣呑な気配を察知したのだろう、ルーカスはそこで言葉を切って急に窓の外を眺めはじめた。

「どうしたの? 早く続きを言ったらどう」


「いや、なんだ。丁度いいなと思ってな」

「なにがよ?」

「その噂は俺が今日持って来た提案で解決するって意味さ」

「手短に!」

「ありがとうエーデラ・・・・

 また愛称だ。

 きつめに睨むが、彼はそれをさらりと受け流して口を開いた。

「俺と結婚してくれないか?」

「お客様がお帰りよ」

 わたしはノータイムで脇に控えていたレーダにそう伝えて席を立った。

「ま、待ってくれよ!」

 ルーカスは慌ててわたしの手を掴み、踵を返すのを阻止してきた。掴まれていない方の手でその手をピシャリと叩き落とす。

 短く「痛ッ」と聞こえたが知った事か。


 わたしは立ち上がったまま彼を睨みつけながら、

「愛人を囲っておいてよくもまあそんな台詞が吐けるわね!」

 とねめつけた。

 百年前じゃあるまいに、馬鹿じゃないの!?

「エーデラ落ち着いてくれ。

 マルグリットは愛人じゃなくて恋人だ。いいか、もうツッコまないからな?

 それにな。それは過去の俺の話だ、違うか?」

「確かにそうだけど、じゃあ愛人と別れたのね」

「いいや」

 話す価値無し、改めて踵を返そうとしたら再び手を掴まれたわ。

「ちょっと離しなさいよ」

「嫌だ! 手を離したら行ってしまうのだろう」

「当たり前でしょ!」

「ハハハ、相変わらずエーデラは短気だなぁ。

 まずは落ち着いて、最後まで俺の話を聞いてくれないだろうか」

 わたしはハァとため息を一つ吐き、再びソファに座った。

「それで?」

「ここからの話はちょっとね」

 そう言ってルーカスは脇に控えているレーダを見た。

 人払いをしろという意味だろう。

「レーダここはもういいわ」

「畏まりましたお嬢様」

 忠実な執事であるレーダはそう言うと一礼して下がっていった。


 執事は下がらせたのにルーカスはまだ不満そうにわたしの後ろを睨んでいた。

 しかし残っているのは近侍のイルマだけ。

 彼女は代々うちに仕える家令の娘で、生まれた日も近いから、ずっと一緒に過ごしているもっとも信頼する近侍だ。

 まあレーダの娘なんだけどね、しかし口が堅いから伝わることは無いだろう。

「イルマはわたしだけの近侍だから大丈夫よ。それよりもさっさと話を進めて頂戴」

「だがな……」

 やはり言い渋るルーカス。

 どうやら、よほど後ろめたい事を提案するつもりの様ね。

「今すぐに話すか、それともこのまま帰るかさっさと決めなさい」

「やれやれ分かったよ。話せばいいんだろう」

 この人は何故わたしが悪いみたいな風に言うのだろうか?

 これで下らない提案だったら、貴方の頬の引っ叩いてやるんだから!


「俺たちの年齢はいくつだ」

「二十歳よ。ああそう言えばルーカスはもう誕生日を迎えていたわね。

 二十一歳の誕生日おめでとう」

「そう二十歳だ。

 そろそろ結婚を~とせがまれている、違うか?」

 折角おめでとうを言ったのに、わたしの台詞はすっかり無視されて話が続いていく。

「違わないわ」

 毎日のようにその話が上がってうんざりだ。


「そこで俺だ!」

「悪いのだけど、そこで愛人持ちの貴方になる理由がわたしにはわからないわ」

「いいかよく聞け。

 俺と結婚すればエーデラは未来の公爵夫人だ」

「そうね」

 ルーカスは嫡男だからいずれ爵位を継ぐはずだ。ならばそうなるのは当たり前。

「知っての通りうちには金がある。それは自由に使って貰って構わない」

「へぇ自由にねぇ……」

 わたしの呟きに何か思うことがあったのか、ルーカスは慌てて条件を足してきた。

「いやもちろん常識の範囲でだぞ?」

「何それ。言い直すなんてカッコ悪いわね」

「煩いなぁ。

 エーデラには自由と贅沢が、俺は恋人と楽しく暮らせる。

 どうだ! これこそWIN-WINの関係だと思わないか?」

「つまりわたしに貴方の愛人を黙認しろと、そう言いたいのね」

「駄目か?」

「一つ聞いてもいいかしら」

「なんだろう」

「その提案をわたしにしたのは何故?」

「だって君は俺に興味ないだろう」

「そうね。

 それはわたしの話で貴方の事じゃないわ。わたしが聞いているのは貴方の本音よ」

「そりゃあ君ならこんな提案をしても怒らないと思ったからさ」

 やっぱりか。

「ふぅん。まぁ貴方のそう言うところは素直で大変よろしいと思うわよ」

「ふふんっ惚れるなよ」

「言ってなさい。

 結婚してあげても良いわ。ただし……」

「お互いの生活に不干渉、だろ?」

 やはりこの男は間違いなくわたしの幼馴染で、わたしが言いたかった台詞をそのまま言い当てた。

 こうしてわたしは偽装結婚することに決めた。

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