結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの

第1話プロローグ

 数代前の国王が王妃のみを愛することを誓い、その言葉の証として国王は貴族で蔓延っていた妾を廃し一夫一妻制の国法をつくった。

 当時の貴族はいい迷惑だと思ったそうだが、その意見も時代が過ぎれば解決する。あれから百年以上も経った今ではそれが当然に変わっていた。


 場末の酒場の奥まったところに、密かに作られた部屋がある。

 その部屋には、店の格と雰囲気を鑑みれば、大層似つかわしくない豪華なベッドが置かれていた。

 そのベッドの上。

 二人の若者、金髪の青年と艶のある黒髪を持つ娘が閨を共にしていた。

 男の方はヴェーデナー公爵家の嫡男ルーカス。そして女の方は劇団に所属する歌い手マルグリットと言う。

 二人の関係は恋人だ。


 結婚前に令息らがこっそりと行う火遊び。

 大多数の令息は、一夜限りと割り切って遊ぶのだがルーカスは違った。彼は本気でマルグリットに恋をし、周りが止めるのも聞かず、彼女だけを幾度も誘ったのだ。

 その結果がこれ・・だが、彼らの関係がこれ以上進むことは無い。方や公爵、方や平民、その身分の差は王族を除けばこれ以上ないほどに大きい。

 当然、ルーカスの父こうしゃくマルグリットへいみんとの結婚など許可しなかった。

 なにせヴェーデナー公爵家と言えば、五代前に国王を輩出したほどの名門。その嫡子が平民と結婚など許されるはずが無かった。


 睦言の中でマルグリットは気落ちした声を出した。

「ねえルーカス。もう諦めましょう?」

「嫌だ!」

「だめよ。これ以上あたしといたら今度は廃嫡を言い渡されるに決まってるもの」

「例え爵位を失っても俺は君と……」

 ここでマルグリットが『爵位を失ったあなたになんて興味が無いわ』とでも嘯くことが出来たならば、ルーカスは彼女を幻滅することが出来ただろう。しかしマルグリットは、例え嘘でもその様な台詞を吐くことが出来ず、口を閉ざし悲しそうに顔を伏せた。

「もう少しだけ待ってくれ。君が望む結果とは少し違うかもしれないが、俺に考えがある……」

「分かったわ」

 いったい何度『待ってくれ』と言う言葉を聞いただろう。

 とうに諦めようとしているのに、その言葉を聞くと心が折れて、もう少しだけ待とうと思ってしまう。

 互いに捨てきれない男女はこうして道を踏み違えていった。







 普通の令嬢だと、二十歳になる頃には婚約済みか、それとも直前かと言うところまで話が進んでいるものなのに、そろそろ次の誕生日がやってきそうなわたしには、まだそう言う話が一つも無い。

 なぜなら、『シュナレンベルガー公爵家令嬢のエーデルトラウトには将来を決めた相手がいる』からだ。

 そう言われてもね。

 わたしには恋人がいたことは無い。

 だがその噂の発端となる人物なら大いに心当たりがあった。



 晩餐が終わると家族の談笑の時間に変わる。珍しいことでは無くシュナレンベルガー公爵家ではこれが日常だ。

 話の内容は領地の事だったり、他の貴族の話だったり、または俗な噂話だったりと様々だが、最近の話題は専ら自分の事で正直気が重い。

「さあエーデラ。ルーカスとのことを教えておくれ?」

「そのお話でしたら、昨日もお話ししたと思いますが、ここ一ヶ月顔も見ていませんわ」

 ヴェーデナー公爵家のルーカスとわたしは同じ年齢で、幼い頃からよく一緒に遊んだ仲だ。幼馴染で爵位も同じ、男女の違いはあれどなんでも話せる気安い相手として付き合ってきた。

 まあそれが災いして、こんな話になっているんだけどさ。


「ふむぅ昨日話した後、何故手紙を書かなかったのだね」

 不満そうに口元を歪める父。


 手紙って言われてもねぇ~

 なんせあの馬鹿には平民の恋人がいるのだもの、そんなものを書いた所で何の意味も無いことはとっくに知っている。

 ルーカスがその女と結婚すれば、わたしの噂も否定されて、結果候補者が殺到するはずなのに、ヴェーデナー公爵あちらの話を聞く限り、難航してるっぽいのよね。

 さてと、今日は・・・どうやって誤魔化そうかしら?


「お父様ははしたなくも、女性からアプローチせよと仰るのですか?」

 片手は目尻へ、顔は角度をつけてやや伏せ気味に、後は声色を振るわせれば完璧。

「そうですよあなた。

 まずは家長のあなたがヴェーデナー公爵にお話をすべきでしょう」

 お陰様で、わたしを淑女たらんと教育してくれた母の口添えが入り、父はついに「むぅ」と言って苦渋の表情を見せた。


「しかしなぁ、儂が先日送った手紙では『もう少し待ってくれ』の一点張りだ。

 これ以上儂に何ができるものか」

「ほお俺の可愛いエーデラを待たせるとか、ふざけてますね」

 面倒くさい人が会話に混じって来た。

 お兄様はとても優秀だが、少々……、いや多分にわたしを溺愛する節がある。そのお陰で、ほらぁまたお義姉様の目が細く鋭くなったじゃない。

 アレクサンドラお義姉様は物静かな人で決して口を挟まないのだが、実は独占欲が強いようで、その視線は口ほどに物を言うので要注意だ。

「ねえお父様、ルーカス以外からお話はないのかしら?」

「う~んいろいろ当たっているのだがね。

 エーデラと噂があるのが、ヴェーデナー公爵の嫡子な上にうちも公爵家だから、大抵の貴族は手を引いてしまうのだよ。

 財政難の伯爵や十も年上の侯爵の後妻の話は貰ったが……」

「ふふふっお父様ったら~おふざけが過ぎますわ」

 ちょっねぇ? マジでそれだけってこと、ないわよね!?

「は、ははは」

「父上、エーデラを後妻に望んだ侯爵の名を聞いても?」

「い、いやもちろん冗談だよ、ハ、ハハ……ァ」

「じゃあ、ハロルドはどうかしら?」

「ほおエーデラはハロルドの事が好きなのか?」

 お兄様の目がちょっと怖い。

 でも待って、そして落ち着いてお兄様。その隣でお兄様を見つめているお義姉様の目の方がもっと怖いから!!

「いえ別に。落ちぶれた家や後妻になるよりは~と思っただけですわ」

「聞いてはいないが無理だろうね。

 そもそもエーデラの噂の相手はルーカスだろう? そのルーカスを捨て置いて、弟のハロルドに嫁がせるなんてヴェーデナーの奴が許すとは思えない」

 そうですか~と流して、本日の重苦しい話がやっと終わった。

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