夏の暑さで

【KAC3第六感】

「ねぇ、おじさん、第六感って信じる?」


 貴子ちゃんとの最初の会話はそれだったと記憶している。


 暑い夏の時分だった。


 僕の家の隣の窓から顔を出して、貴子ちゃんは裸足の足先をいじくりながらそう言った。ちらりと見た時に「うわ。真っ黒やなぁ」と思ったけど、相手は女の子だし気にしてるかもしれないし。言わなかった。


「そんなもん、信じへん」


 僕はそうとだけ短く答え、手にしていたスコップで植え込みの土を掘った。


 貴子ちゃんの目が僕を見つめる。

 夏の暑さと降る蝉の声と体液とでぐちゃぐちゃになった目だった。


 × × ×


 僕は今日も、スコップを手に植え込みの土を掘っている。傍らには山と積んだ薄橙色のかけら。ぽとり、ぽとりと落とすと、上から土をかけた。


『なんでぇよぉ。信じようや。オモロいやん。うちは信じてるねん、第六感』


「貴子ちゃん、あんなぁ、おっちゃん、いまから思ったらあれは、第六感やったわ」


『せやろ? だから言うたやん。あるんやって。なんかこう、上手く言えやんけど、こうなるなってわかる瞬間』


 ざくざくざく。

 ぽとり。

 ざくざくざく。

 ぼとり。

 ざくざくざく。

 ぽとん。


「うん。そのいまおっちゃん、せっせと埋めてるんなぁ。それなぁ。うちが思うになぁ」


 ――うちのママちゃうかなぁって、思ったんよ。


 ぴたり。


 僕は動きを止めて、貴子ちゃんを見た。


 2週間前までは貴子ちゃんがいた場所を。


 今ただ、熱波が吹き付けて、蝉の鳴き声が止むことを知らずに降っているだけの隣の部屋を。


 思えばこの家に越してきた時から僕はずっと何かを呑み込んできたような気がする。


 そうしてようやく2週間前の深夜、呑み込みすぎたものを吐き下すかのように、僕は貴子ちゃんの家に怒鳴り込みに行っていた。


「うぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」


 手に持っていたモノで気がつけば貴子ちゃんの弟と貴子ちゃんの妹と貴子ちゃんのお姉ちゃんと貴子ちゃんのお兄ちゃんと貴子ちゃんのおじさんと貴子ちゃんのことをよく殴っていたおじさんと、貴子ちゃんを、


 殺していた。


『ねぇ、おじさんさ、それ全部埋める気?』


『おじさんさ、逃げられないと思うよ』


『おじさんさ、私を助けたつもりだったんだよね』


『おじさんさ、わたしが可哀想だったんだよね』


 僕は今日も傍らに山と積んだ薄橙色のかけら――元は人間だったもの――を埋めながら、まぼろしの貴子ちゃんと会話をする。


 そもそもこれが人間の肉塊なのか、


 僕はここにいるのか、


 貴子ちゃんの母親を僕が殺したのか、


 貴子ちゃんは実在したのか、


 夏の暑さと降る蝉の鳴き声でわからない。


 それでも僕はこの山を崩し続ける。


 感じるのだ。埋めなければならないと。


 それこそ第六感で。


【了】




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夏の暑さで @kokkokokekou

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