鳥籠の鳥【女主人公編】

庄野真由子

第1話 私は手錠をはめず、屋敷に戻ってノーリッシュ氏と面会する

私には主がいる。

18歳になったばかりの、細面の男だ。

主の名前は、クライヴ=ノーリッシュ。

この男は夢見がちで、学ぶことを厭うどうしようもない人間だが、それでも父親が資産家なので、私のような従者がつく。


私の話をしよう。

私の名前はアーシャ・ウィーヴィル。


今年、大学を卒業したばかりだ。

私の父が主の父と友人だった関係で、私がクライヴの世話係を命じられた。

ああ。銀行の採用試験に合格していれば、馬鹿息子の世話など焼かずに済んだものを……。


愚痴ばかりになってしまった。

もう少し、私の話を続ける。


私の性別は女性だ。

だが、仕事中は男装をしている。

仕事を始めた初日、馬鹿息子にしつこく口説かれたからだ。

以後、私は、自分が女だということを、主に匂わせないように極力気をつけている。


今、私は「カナリヤの館」と呼ばれる建物の前にいる。


「……」


「カナリヤの館」というのは、娼館の一種だという。

娼館。わかるだろうか。

女性が客に金を貰って、身体を売るという場所だ。


なぜ、私がこのような場所にいるのか。

それは、我が馬鹿主のせいなのだ。


クライヴ=ノーリッシュはこの館の「カナリヤ」に入れあげている。

……父親が決めた婚約者がいるというのに。

だから、今日、私がここに来たのだ。


「……」


大きく息を吸い、吐く。

娼館に足を踏み入れるのは、初めてなので緊張する。


意を決して、足を踏み出した。


クライヴ=ノーリッシュが焦がれている「カナリヤ」の名を伝えると、彼女の「鳥籠」へと案内された。

今日、彼女と会うために、事前にチケットを購入している。

主の父親が頭を痛めているのは、その購入金額が高額であることも、理由の一つだ。


案内人に案内をされ、カナリヤの部屋の前に到着する。

扉を開くと、案内人は姿を消した。


「……」


部屋は、薄布で仕切られている。

薄布の向こう側で、人影が動いた。


「お客様がいらしたのね。こんにちは。それとも、初めまして、なのかしら」


澄んだ少女の声が、言う。

私は薄布に手を伸ばした。

彼女の顔が見たい。


「手を触れないで。痺れてしまう。それを知らないあなたは、この部屋に来たのは初めてなのかしら」


「失礼。私は、主の代理で参りました。あなたを買うために来たわけではないのです」


「まあ。娼館に女を買う以外の目的で来たお客様なんて、あなたが初めてよ。わたし、あなたの顔が見たいわ」


「でも、薄布に触れると痺れるのでは?」


「そうよ。だから、入り口の扉の側にある手錠を、自分の手にはめて。両手にはめるの。あなたが自分でやるのよ」


少女の言葉に、私は迷う。

『手錠をはめない?』それとも『手錠をはめる?』

迷った末に私は『手錠をはめない』ことにした。


手錠をはめないことにした。


「申し訳ありません。見知らぬ場所で、手の自由がきかなくなることが恐ろしいので、手錠をはめることは出来ません」


私は正直に、彼女に言った。


「そうね。そうよね。自由がなくなるのは怖いことね。ひどい提案だったわ。ごめんなさい」


「いえ……」


「でも、手錠をはめなければ、薄布を払い、あなたの顔を見ることは出来ないの。このままの状態で良いなら、話を聞くわ」


私は、彼女に話を聞いてもらうことにした。


「……」


私の話を聞き終えた彼女は、黙り込む。


「お願いです。私の主に、ここに来ないようにと言っていただけますか?」


「それは無理よ」


彼女はあっさりと言った。


「その人をここに来させないようにするのは、あなた方の役目ではない? 温情を捨てれば、それは簡単だと思うわ」


「どういうことですか?」


「わたしを見て。わたしはこの鳥籠から出られない。閉じ込めれば、彼の自由は無くなるわ」


「……」


「迷っているのね。あなたは優しい人ね。でも、不自由なのは悪いことばかりではないのよ」


「え……?」


「鳥籠の中は安全なの。不自由で贅沢な、箱庭。あなたの主にはふさわしいのではない?」


彼女の声には、自嘲の色が滲む。

だが、それは名案のようにも思えた。


「助言をありがとうございました」


私は彼女に礼を言った。

もう、彼女と話すことは無い。

だが、立ち去りがたくて、私は立ち尽くす。


「さよなら。もう、あなたはここに来ないで。わたしの歌は、聞かないで。わたしの歌は救いで、毒だから……」


謎めいた彼女の言葉に、私はただ、肯くことしかできなかった。


私はノーリッシュ邸に戻り『ノーリッシュ氏と面会する』か『クライヴと面会する』か迷い、『ノーリッシュ氏と面会する』ことにした。


そして、歌姫の提案をノーリッシュ氏に伝える。


「そうだな。多少、強引だが、止むを得ない。無事に婚姻が済むまでは部屋の扉に見張りを立て、部屋から出さないようにしよう」


こうして、クライヴは結婚式の日までノーリッシュ邸に閉じ込められ、父親が決めた相手と婚姻を結んだ。

私は今回の功績が認められ、ノーリッシュ氏の第三秘書として充実した日々を過ごしている。


クライヴを彼の望まぬ婚姻という鳥籠に閉じ込め、私は彼から解放された……。


でも、もしも。

もしも、私があの時、異なる選択をしたら、未来はどう変わっていただろうか……?


***


※『手錠をはめる?』を選んだ場合は(次へ/二話へ)


※『クライヴと面会する』を選んだ場合は(四話へ)

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