第一章●初手、大炎上(4)

 『羊坂芽衣』……引っ込みあんで大人しい、十八歳の女の子。おくびような自分を変えたいと思い、Vtuberとしてデビューすることを決意した。

「へぇ、そんな設定なのか。っていうか、結構あの子に似てるな……」

 【CRE8】の公式ホームページにある所属タレント紹介ページを確認していた零は、そこに記載されている羊坂芽衣のプロフィールと画像を見てそんな感想を漏らす。

 羊を思わせるもこもことした白い衣服をまとった小柄な少女のキャラクター立ち絵は、中の人である有栖の姿とよく似ていた。

 違いを上げるとするならば、髪の毛の色が衣類に合わせるためなのか金色になっていることや、目の辺りを隠す前髪が切られていることくらいだろう。

 薫子がVtuberを作る時は、担当する人物の容姿に合わせてキャラクターデザインを行うのかもしれないな……と思いつつ、羊坂芽衣と同じページに記載されている自分の分身こと蛇道枢の姿を見た零は、大きなため息を吐くと共に自嘲気味な笑みを浮かべる。

「本当に大丈夫なのかねぇ……?」

 片や、引っ込み思案な性格がよくをそそり、男性ファンたちから強い支持を受ける美少女Vtuber。

 片や、女性だらけの事務所に所属することになったというだけで大炎上し、今なおその炎が収まる気配のない男のVtuber。

 コミュしようと炎上真っ只中という、それぞれに問題を抱えたタレント同士のコラボは、正に何が起きるかわからない危険なかくゆうごうといっても過言ではない。

 下手をすれば、共倒れになる可能性も十分にある……と、零が不安を抱える中、使っているPCからぴろんっ、という小気味の良い音が響く。

 それが連絡用アプリの通知音であることに気付いた零が対象のアプリを開いてみれば、先日、連絡先を交換したばかりの有栖からメッセージと共に数枚の画像が添付されたファイルが送られてきていた。

【私の立ち絵です。コラボ配信の時に使ってください。それと、配信用のサムネイルを作ってみたんですが、こんな感じで大丈夫でしょうか?】

 とう済みの羊坂芽衣の立ち絵が、表情ぶんと共にずらり。

 笑い顔、あせり顔、驚きの表情といったそれらと共に、サムネイルとして有栖が用意した画像を確認した零の口元がニヤリとゆがむ。

「ふはっ! いいじゃん、これ……!」

 既にこちらは、必要になるかと思って蛇道枢の立ち絵を提供していたが……その中でも、猛烈に涙を流しているギャグ立ち絵を利用したサムネイルを有栖は作り上げていた。

 背景を燃えさかる炎にし、その前面に涙を流す蛇道枢の立ち絵を左側に。

 渦巻き状のどんよりとした絵をバックに、慌てに慌てている表情の羊坂芽衣の立ち絵を右側に。

 明らかに問題だらけの自分たち二人をメインにしながら、そのド真ん中に『炎上芸人とコミュ障、禁断のコラボ』というあおり文句を並べたその画像は、わかりやすさと面白さを十分にあわせ持った有栖のセンスを感じさせる出来だと零は思う。

 自虐気味で卑屈になりながらも、それを嫌味に感じさせない軽さのおかげでついついふき出してしまうような面白味を感じた零は、素直にそのサムネイルの出来をしようさんする返事を有栖へと送った。

【いいと思います。これ、使わせてもらっていいっすか?】

【はい!! もちろんです! 褒ほめてもらえてよかった!!】

 返信から数秒待たずして、有栖からのメッセージが飛んでくる。

 どうやら、こうして顔を合わせずに文字だけのやり取りをするだけならば彼女は緊張しないようだ――

 と、初対面の際の人見知りっぷりを感じさせない有栖の反応に安堵した零は、続けて送られてきた彼女からのメッセージへと視線を向け、それを確認していった。

【配信内容は普通の雑談……で大丈夫ですよね? 事前にお便りを募集しておいて、それに答える感じの】

【はい、大丈夫です。あんまりひねったことはせず、台本や流れを作れる内容にしておきましょう】

【わかりました! それじゃあ、お便り募集用のフォーラムを作って、私がSNSで呟いておきますね!】

 コラボ配信の内容についての確認と、それに対しての動きについて語る有栖。

 思ったよりもコラボに意欲を見せ、そのための準備にも積極的に手を出す彼女の反応に意外さを感じる零であったが、その様子にどこか微笑ましさのようなものも感じていた。

【怖くないんですか? 俺、大絶賛炎上中のVtuberですよ?】

 ふと、コラボをしたいと彼女が言った時から抱えていた疑問が浮かび上がってきた零は、この絶好の機会に有栖へとその疑問をぶつけてみた。

 ややあって、自分の考えを纏めるために時間を費やしたであろう有栖から、こんな返答がメッセージとして送られてくる。

【全く怖くない、って言えば嘘になると思います。でも、お話してみた感じ、阿久津さんが悪い人とは思えませんでしたし……それにどのみち、一週間後には二期生コラボがあって、そこで関わることになるので。だったら、慣れるためにも先にやっちゃおうかな、って……】

 その返答に、なるほどなと一人で納得する零。

 確かに彼女の言う通り、約一週間後には【CRE8】二期生が一堂に会してクラフトゲームをするというコラボ配信が企画されている。

 まあ、炎上真っ只中の自分はそのコラボに参加することをえんりよした方がいいのかもしれないなと零は思っていたのだが、少なくとも有栖は自分と彼がそこで他の同期と絡むことになると考えているようだ。

【多分、大人数になると私、パニックになって何も喋れなくなっちゃうと思うんです。そういう時、私の性格を理解して、フォローしてくれる人が居れば助かりますし、焦った時に話を振れる相手がいると少しは落ち着けると思うので】

【まずは一対一の対話で会話に慣れつつ、大人数コラボへの耐性をつけたい。ついでに、俺とのコラボでお互いの性格を理解しておきたいと?】

【そういうことです。なんだか、利用してるみたいになっちゃってごめんなさい……】

 有栖からのしやざいのメッセージに、少しこんわくする零。

 確かに深くまで事情を知っていれば有栖の言葉は納得なのだが、Vtuberとしての表面的な部分を見るのなら、利用されているのはまず間違いなく彼女の方なのだ。

 零が配信する蛇道枢のチャンネル登録者は現在約三千名。対して、有栖が担当する羊坂芽衣は約三万名と、およそ十倍もの差が存在している。

 傍から見れば、蛇道枢の方が羊坂芽衣にり寄り、チャンネル登録者かくとくとイメージアップを図るためにコラボを持ち掛けた――と思うのが自然な流れだ。

 同期とはいえ、出だしから大コケした炎上中のVtuberにわざわざ自分から関わろうとする者はいない。

 羊坂芽衣のファンからすれば、推しが危険人物(だと勝手に思っている)である蛇道枢と絡むメリットはないのだし、それを避けてほしいと願うことも当然の帰結だろう。

 このコラボが大なり小なり彼らの反発を呼び、新たな炎上のだねとなることは明白だ。

 有栖とのコラボは自分の首を絞めることになると、零は当然理解しているのではあるが――

(こんな風に自分からやる気を見せてくれているんだ。こっちがビビッて断るわけにはいかねえよな)

 引っ込み思案で、おどおどしていて、コミュ障である有栖が、自分と薫子にはっきりとコラボをしたいと言ってのけた時のことを思い返した零は、彼女の意志をそんちようすることを決めた。

 このコラボにおいて、羊坂芽衣は蛇道枢よりも大きなリスクを背負うことになるだろう。

 しかし、それを覚悟で自分と配信を行い、あがり症を克服したいという意志を見せた有栖の想いを、一生懸命に支えるべきだと思ったのである。

【SNSにコラボ配信の告知と、お便りの募集フォーラムを張っておきました。確認、お願いします】

「うおっ、仕事早っ!? やべえ、やべえ……!!」

 思っていたよりもじんそくに行動する有栖に驚かされつつ、自分も彼女同様に配信の告知を自身のSNSアカウントに張り付ける零。

 その作業の終えると共に、新たな通知が来たことに気が付いた彼が、またアンチコメントが届いたのかとへきえきしながらそれを開いてみると……。

【羊坂芽衣【CRE8 二期生】さんからフォローされました】

「うん……?」

 見覚えのあるアイコンと名前を目にして、そのアカウントの持ち主からフォローされたという通知を目にした零の耳に、PCの通知音が響く。

 ゆっくりと顔を上げた彼は、有栖から送られてきたメッセージをその瞳に映した。

【それと、SNSの方もフォローさせていただきました。ご迷惑、だったでしょうか?】

 そのメッセージと、フォロワーが一人増えた自身のSNSアカウントを交互に見て、状況をあくした後……零は、湧き上がってきた感激に胸を躍らせる。

 キーボードを叩き、有栖へと返事を送った彼は、にやけてしまう口元を抑えながら、今度はスマートフォンを操作して羊坂芽衣のSNSアカウントにあるフォローのボタンをタップした。

【迷惑なんかじゃありませんよ。本当に、ありがとうございます】

 有栖へと送ったそのメッセージは、まぎれもない零の本心だった。

 初めて相互フォローの相手ができたことに、同期との関わりか出来上がったことに言い様のない喜びを感じていた彼は、ダイレクトメッセージの方に送られてきた有栖からのメッセージに再び胸を躍らせる。

【コラボ配信、頑張りましょうね。これからもよろしくお願いします!】

 笑顔の絵文字を張り付けたそのメッセージを何度も読み返し、嬉しさに笑みを浮かべる。

 そうした後、返事を返さなければ駄目じゃないかとはっとした彼は、ああでもないこうでもないとしばし悩んだ後、結局は当たり障りのないメッセージを彼女へと送った。

【はい。頑張りましょう】

 味気がなさ過ぎる、チープなメッセージ。

 これじゃどっちがコミュ障かわからないなと苦笑しながら、零は来るコラボ配信に向けて、意欲を燃え上がらせるのであった。

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