第一章●初手、大炎上(3)

「どうぞ、お口に合うかはわかりませんが……」

「あ、あ、あ、ありがとう、ございます……」

 三分後、食器をもう一つ増やした零は、それに盛りつけたカレーを有栖と呼ばれた少女へと手渡しながら、未だに彼女との距離感に悩んでいた。

 ここまで一切の説明もされず、彼女が何者であるかもわからないでいる零が食卓に着くと同時に、ほくほく顔の薫子が元気いっぱいのあいさつを口にする。

「では、いっただっきまーす! ん~、やっぱ零は料理上手だね~! いつ食べても美味しいよ!」

「あ、うっす。ありがとうございます。初めてすいカレーに挑戦してみたんでちょっと出来上がりに不安があったんですけど、美味しいって言ってもらえて安心しました」

「へぇ、そうなんだ! 通りでいつもと味が違うと思った! でも、美味しいのは変わらないね! 有栖もそう思うでしょ?」

「ぴぇっ!? あ、そ、そうですね。おおお、美味しいと、思い、ます……」

 急に話を振られ、またも小動物のように椅子に座った状態で大きく跳び上がりながらも薫子の質問に答える有栖。

 そんな彼女の様子を見た零は、これはどういうことだと視線で薫子へと質問を投げかける。

「……ふう。さてと、そろそろ打ち合わせをしておこうか。有栖、こいつは私の甥で、あんたと同じ二期生Vtuberである『蛇道枢』の魂を担当してる阿久津零だ」

「こ、この人が、あの……?」

 薫子の口から紹介を受け、少し落ち着きを取り戻した有栖が零へと視線を向けてくる。

 こちらが彼女の方を見返すと、びくっと体を震わせて顔をそらしてしまうところを見るに、未だにけいかいしんゆるんではいないのだろう。

 まあ、あれだけ炎上やら悪評やらで有名になってしまった自分の正体を知ればそれも当然の話か……と思いつつ、薫子へと視線を戻した零は、先の彼女の言葉の中で引っかかった部分について尋ねてみた。

「薫子さん、さっきこの子に、『あんたと同じ二期生』って紹介しましたよね? ってことは――」

「ああ、そうだよ。この子の名前はいりあり……【CRE8】所属二期生Vtuberタレント、『ひつじざか 』の中の人さ。つまりは、あんたたちは同期の同僚ってことになるね」

「は、はじめ、まして……入江有栖、です。自己紹介が遅くなって、すいません……」

「あ、どうも……阿久津零です。どうぞよろしく」

 そう、改めて有栖を紹介された零が再び彼女へと視線を向ければ、今度は精一杯の勇気を振り絞った有栖がか細い声で自己紹介をしてくれた。

 やはり前髪で目が隠れているので目を合わせていると言っていいのかはわからないが、とにかく自己紹介を行い、互いの名前を知れたことで関係性は一歩前に進んだ――と思いつつ零は薫子へと目を向ける。

 どうしてこのタイミングで、同期である有栖と自分を引き合わせたのか?

 再び、声ではなく視線で質問を投げかけてみれば、おぎょう悪くカレースプーンを一回転させた薫子は、ニヤリと笑ってから信じられないことを言ってのけた。

「零、有栖、あんたたち、二人でコラボ配信をしな!」

「コラボ、配信……? え、ええっ!?」

 突拍子もないことを言い出した薫子の言葉に、驚きを隠せない零。

 大声を出してしまった彼に向け、薫子はテーブルの上に身を乗り出すようにして語り掛ける。

「いきなりの発表で悪かったね。でも、今のあんたたちには必要なテコ入れかな~、って」

「な、なんすか、それ? どうしてそんなことになったんですか?」

 動揺を隠し切れず、一度水を飲んで心を落ち着かせた後で零がそんな質問を投げかけてみれば、椅子へともたれかかった薫子がこんな答えを返してきた。

「なに、あんたは言わずもがなだけど、こっちの有栖こと羊坂芽衣にもそこそこ問題があってね。見ての通り、この子は緊張しいで、配信で上手く話ができないんだよ。ほめられるのも慣れてないし、一度パニックになるとしっちゃかめっちゃかになる。それがかわいいっていってくれるファンのおかげでどうにかなってるけど、今後のことを考えるとこのあがり症をどうにかしておきたいっていうのが本人の希望でね……」

「それはまあわかりますけど、どうしてその解決方法が俺とのコラボなんですか?」

 あがり症をこくふくしたいという気持ちはわかる。だが、どうしてそのために自分こと蛇道枢とのコラボが必要なのだろうか?

 今現在、大絶賛炎上中の自分が、女性Vtuberとからむというのはハードルが高い。それも、二人きりとなればなおさらの話だろう。

 こういう場合って、最初は同性の同業者と絡んで、徐々にステップアップしていくものではないのだろうか?

 どうしていきなりベリーハードを超えたナイトメアモードの難題に挑戦させるのかという零の疑問に対して、薫子は笑顔でこう答える。

「そりゃあ、超えるべきハードルは高い方がいいだろう? 成功すれば普通にいい経験になるし、失敗してもあの時よりはマシだっていう度胸が付くじゃないか!」

「ああ、さいですか……」

 要するに自分はいけにえなのかと、ひきつった笑みを浮かべながら答える零。

 確かにまあ、大火事どころか大噴火中の自分とのコラボを経験すれば、ちょっとやそっとじゃ気が動転しなくなるくらいの度胸は付くかもしれない。

 その代わり、自分は新たな燃料が投下されて更に炎上する羽目になると思うが……という零の心配を笑い飛ばすかのように、快活な笑みを浮かべた薫子が、大声で彼へと言う。

「大丈夫! ここでばっちり有栖をフォローすれば、ファンたちのあんたを見る目も変わるって!! ピンチはチャンス、ってことでさ! いっちょやってみなよ!」

「まあ、俺は別に構わないですけど……」

 一応、薫子の提案を了承しながら、零はちらりと横目で有栖を見やる。

 炎上に炎上を重ねた今、自分はもはや無敵の人とでもいうべき存在になっているから何も怖いものはないが、そんな自分とコラボして彼女は大丈夫なのだろうか?

 あがり症の克服は必要かもしれないが、そのためにこんな危険なばくに出る必要なんてないのでは……と、考えていた零であったが、その耳にはっきりとした有栖の声が響く。

「わ、私……! やってみたい、です。蛇道さんとのコラボ配信、やります!!」

 それは、意外なまでに強く言い切った賛成の言葉だった。

 これまでずっとおどおどして、自分と目を合わせることすらしなかった有栖が、ここまできっぱりとコラボ配信に対する賛成の弁をべたことに驚く零に向け、ややためらいがちにこちらを向いた彼女は、震える声で言う。

「あ、あの……ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします! 私、精一杯頑張りますから!!」

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