花咲くまでの物語~外伝~ 苦労人の勘

国城 花

苦労人の勘


青々とした草原に、背の高い木々が立ち並ぶ。

枝には葉が生い茂り、その隙間から青い空が見え隠れする。


さらさらと流れる心地よい風の中、1人の少年が野原を駆けていた。



キョロキョロと辺りを見回すと、近くの木に近付く。


少年の背丈からは、木の上は葉っぱで隠されてよく見えない。

それでも嬉しそうに木の上を見上げると、指を差した。


「みっけ」


少年の声に反応したように枝が少し揺れると、木の上からふわりと1人の少女が落ちてくる。

まるで風のような軽い身のこなしに、少年の目は輝く。


音もしない。

目に見えるわけでもない。


それでも、そこにいると分かる。

それがとても嬉しかった。




ここは、私立静華せいか学園。

家柄、財力、才能を持ったエリートたちが集まる、実力主義のお金持ち学校である。


静華学園の高等部には、「つぼみ」という名の生徒会がある。

静華学園に通うエリートたちの中でも、特に才能に秀でた者たちが集まる。


その「つぼみ」には、つぼみ専用の部屋がある。

1つの塔の最上階にあるその部屋には、放課後につぼみのメンバーが数人揃っていた。



「第六感って、あると思う?」


そう話題にしたのは、つぼみの1人の皐月さつきだった。

オレンジ色の髪に、少したれ目な目を他のメンバーに向ける。


「虫の知らせとか、霊感とか?」


そう答えたのは、話題を出した男子とそっくりの容姿を持った凪月なつきである。

同じ色の髪に、同じように少したれた目はこの話題に興味を持ったように生き生きとしている。


「霊とか妖怪はちょっと分かんないけど、勘が鋭い人とかはいそうだよね」

「ちょっと憧れるよね」

「あったらいいなぁとは思うよね」


雫石しずくはどう思う?」


話を振られたのは、長い黒髪にお淑やかな雰囲気の美少女である。

少し面白そうに、ふふっと上品に微笑む。


「私は経験がないけれど、勘が鋭い人ならすぐ近くにいるわ」

「へぇ~。誰?」


「どこかに行ってしまった人を、すぐに見つけられる人ね」


「「あぁ~」」


すぐに誰か分かった2人は、納得の相槌を打つ。


「確かに、あれは第六感だろうね」

「というか、ある種の才能だよね」


その人物もつぼみのメンバーではあるが、今は席を外している。

今も、どこかに行ってしまった人を探しに行っている最中である。


つぼみのメンバーの1人にすぐにどこかに行ってしまう自由人がいるので、その人物を探しに行っているのだ。



「よく、見つけられるよね」

「どうして、どこにいるか分かるんだろうね」

「それこそ、第六感なのだと思うわ」


この広い学園の中で姿を消した1人を見つけるというのは、簡単なことではない。

しかもその自由人は気配を消すことにも長けているので、常人が見つけることは難しい。

そんな人物を探しに行ってから大体10分以内には見つけて帰ってくるので、ある意味怖ろしい。



「きっと、長年の経験もその勘を支えているのだと思うわ」

「確かに、2人は幼馴染だもんね」

「6歳の時からってなると、11年間だね」


11年間ずっと、姿を消す自由人を探しに行っているのだ。

苦労人である。


「苦労を苦労と思ってないところも、らしいけど」

「どれだけ注意されてもどっかに行っちゃう方も、らしいよね」




噂をされているちょうどその時、苦労人は広い学園の中を歩き回っていた。


漆黒の髪にスラリとした高身長、彫像のように整った容姿が歩いていれば、自然と周りの生徒の視線を集める。

しかしそれを気に留めることなく、廊下を歩いていく。


中庭に出ると、季節の花々が美しく咲いている景色に見向きもせず、人気のない林の中へ進んでいく。



背の高い木々が立ち並び、涼しい風が葉を揺らしていく。

さらさらと葉が鳴る音だけが、静かな林の中を過ぎていく。


数多くある木々の中から迷うことなく1本の木の下で立ち止まると、ため息をついて上を見上げる。


「そろそろ、時間だぞ」


その声に反応したように枝が揺れると、木の上から音もなく1人の女子生徒が下りてくる。

重力を感じさせない身のこなしは、幼い時から変わらない。

目を離せばすぐにどこかに行ってしまうのも、昔からだ。



「いい加減、すぐにどこかに行くのはやめたらどうなんだ」


探す方の苦労も考えてほしいものである。


「探してって頼んでない」

「探さないと、一生現れないだろうが」


この自由人の性格は、自分が一番よく知っている。

誰かが探しに来ないと、これ幸いとさぼるのは目に見えている。


「見つかってるなら、いいじゃん」

「そういう問題か?」


この自由人は、すぐにどこかに行ってしまう。

それは、昔から。


その自由人を探すのは、自分の役割だった。

それも、昔から。



音がしなくても。

姿が見えなくても。

それでも不思議と、そこにいると分かる。


幼い頃のように、無邪気に喜んだりはしない。

それでもその姿を見ると、安心した。


自分のこの勘の良さを、不思議に思ったことはない。

ただいつもの姿を見つけられれば、それで良かった。



もう、「みっけ」とは言わないけれど。


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