お嬢様は恋を諦めて、仕事に活きることを決めました~炎の獅子と氷の竜と~
大月クマ
初恋が崩れた理由
ここは、とある剣と魔法の国のお話――
「ロキュータス! 降りてらっしゃい!」
わたし、キャスリン・マルグルーは夢を見ていた。
昔の夢。幼い頃、まだ元気であった父と供に王都に行ったときのこと。
父は仕事。
幼いわたしは、
その途中に、飼い猫のロキュータスがわたしの腕から逃れて逃げ出してしまいました。
大通りの道化の演奏に驚いたのでしょうか――
腕から抜け出すと、通りの大きな木の枝に登ってしまいました。
ナースメイドは、何度か木に登ろうとしてくれたのですが……ロングスカートではなかなか登ることが出来ない様子。たた、木の下でモタモタしているだけ。
わたしは少々いらだっていました。
状況が変わったのは、その時でした。
「何しているんだ?」
「えッ!?」
隣から突然、声をかけられたのです。
見れば、赤い髪の自分と同じ歳ぐらいの男の子がいました。
「ロキュータスが、降りられなくなったの」
「何だ? それ?」
と、わたしはその子に分かるように、枝の上で怯えている銀色の長い髪の猫を指した。
「猫か……」
チラリと、わたしのナースメイドを見ます。「その格好じゃダメそうだなぁ」そんなことを言っているように見えました。
「任せろ!」
バンバンと手を叩くと、両手に糊でも着いているのか、張り付くように幹をよじ登りました。
猫のところまであっという間だった。しかし、ロキュータスがいる枝に来ると、動きが止まりました。枝が細いのか足を掛けようとはしません。折れるのが分かってのことでしょう。片腕を目一杯、のばしている捕まえようとしてくれている。だが、身知らずの人が近づいたため、ロキュータスは枝の端へ端へと……
「仕方がない!」
男の子は覚悟を決めると、細い枝に足を掛けました。
案の定というか、ピキッと枝が軋み折れてしまった。少年とわたしの猫が一緒に地面に落ちる。だが、少年は何をしたのか、クルリと空中で宙返りをしました。
とっさに幹を蹴ったのでしょうか?
着地は……失敗。
バタリと地面に落っこちました。ともかく一緒に落ちたはずのロキュータスが、少年の手に抱え込まれていました。しかも、自分を犠牲にして、猫だけは地面に落ちないように掲げられて。
「だっ、大丈夫ですか!?」
わたしとナースメイドが駆け寄ると、
「大丈夫。これぐらい……ほれ、アンタの猫!」
ムクッと立ち上がると、少年はわたしにロキュータスを渡してきました。
「あっ、ありがとうございます!」
「気にするな!」
と、擦り傷だらけの顔が笑っていました。
その時、自分の胸の中が激しく震動したような気がします。初めて体験すること。まるで、教会の鐘のように――
「お名前を――」
赤毛の少年に聞かなければ。マルグルー家の人間としてお礼をしなければならない。
幼いとはいっても、とっさにわたしは思いました。
ですが、
「――マイケル様ッ!」
誰かの声が聞こえてくる。遠くの方で、別のナースメイドが誰かを探しているようです。
「ヤベ、オレ逃げていたんだ。またなぁ!」
そのまま赤毛の少年は、王都の雑踏の中に消えていきました。
※※※
わたし、キャスリン・マルグルーが昨晩見た夢。
幼い頃の王都であった出来事……イヤな夢だ――。
そう、本当にイヤな夢だ。
後で思えば、初恋というものだったのかもしれない。
あの『赤髪の少年』に、幼いわたしは初めて恋心を抱いた。だが、色々と勘違いをしていた。
あの時はしばらくの間、胸のモヤモヤしていたのが抜けなかった。
そして、すべては勘違いであったことを、王都の女学校に入った時に思い知らされる。
「マーティン=グリーンだ」
と、挨拶してきたのは、幼い頃にわたしのロキュータスを助けた少年だった。あの頃から成長しているが、笑顔もあの赤毛も変わらなかった。
ただ……彼女はスカートをはいていた。
つまり、わたしの初恋の相手は女性であった。少年……彼女のナースメイドが「マイケル」と呼んでいたので、すっかり男の子と勘違いしてしまっていた。
女学校までの数年間を黒歴史にしたい!
まさか初恋の相手が、女の子だとは思いもよらなかった。
そして、あろうことか、女学校に上がる数年間、本当に黒歴史にしたいことを色々としてきてしまった。
ポエムとか……
だから、できるだけ女学校の時には、人に関わらないようにしていた。
影で『氷の魔女』と、わたしの素っ気なさを揶揄する人はいたようですが、すべては「マイケル」から距離を置くため。まるで男のように振る舞う彼女は、女学校内では浮いた存在。問題もありましたが、人間として魅力は人一倍だった。
そんなの近くにいたら、諦めたのに……これ以上はダメ!
わたしは静かに学生生活を送っていたつもりでした。が、何故か色々と慕ってくる人がおり、クラス長に就任してしまう始末。
世の中、本当にどうなっているのかわかりません。
片田舎の領地出身の、田舎娘でしか無かったわたしには理解しがたいことです。
いつしか「マイケル」は、家の都合で女学校を辞めてしまいました。
――これで少しは気が晴れる。
と、思い、心が落ち着きを取り戻した次第です。
そして、卒業すると同時に、故郷に戻ると父の領地経営の手伝いを数年していたときでした。
父が倒れたのは――
サポート役でしか無かったわたしは、今日に表舞台に立つこととなりました。
確かに少し年の離れた弟がいます。ですが、彼に負担を掛けるわけにはいきません。
父が病気から回復するまで。
弟が仕事を任せられるようになるまで、わたしが頑張るしかないのです。
そんなある日、こんな昔の夢を見たのです。
――何かの予感なのかしら?
王都からも遠く、片田舎のわたし達の領地。彼の地からの情報も乏しいところです。
何も無いことを望みます。
ですが、秘書官がある犯罪のことを、領民からの訴えをわたしのところに持ってきました。
「このところ、無許可で猟をしている者がいる」
と……
領地が広いとはいっても、資源は無限ではありません。
猟にしても許可制を取っております。なので、無許可で狩りをするというのは、わたし達の領地内では犯罪です。
たまに他の領地などから、山賊崩れの野蛮な人が現れて、そのようなことをしています。
見過ごせないこと。すぐに無法者を捕らえなければ!
秩序を乱す者は許せません。
すぐに捕らえるように部下に命じました。しかし、その無法者は今までの者とは違い、腕の立つ者で捕らえるどころか、反撃に遭い追い返されたとか。
しかも、相手は1人で――正確には、もう1人いたようですが――1ダースもいる兵達を退かせたそうです。
「いったいどんな人物ですか? そのバケモノみたいなのは?」
戻ってきた兵士達に問いかけると、
「赤毛の女でした。多分……」
急に見た幼い夢。やはり何か悪い予感だったようです。
【つづく……かも】
お嬢様は恋を諦めて、仕事に活きることを決めました~炎の獅子と氷の竜と~ 大月クマ @smurakam1978
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