感覚

舞後乃酒乱

感覚増大のアイテム

 おれがまだ駆け出し冒険者だった頃の話から始めよう。

 そのアイテムの話を聞いたのは、ギルドの酒場でのことだった。


 その日、いつものように薬草採取から戻り、採ってきた薬草の入った袋ごと査定カウンターに提出、その間、先輩冒険者ダルムと一杯ひっかけていた時


「おい、知ってるか? ダンジョンで面白いアイテムが見つかったらしいぞ。」


「面白いアイテムですか? どんなアイテムなんですか?」


「金属製の筒らしいんだが、ギルドの鑑定士によると、使った人間の能力を向上させることができるらしいぞ。でも大した効果がないそうだ。」


「能力向上のアイテムなら、魔道具や装備でいいじゃないですか。ただで手に入るなら使ってもいいですけどね。そもそもランク不足でダンジョンに潜れないですし。」


「確かにそうだな。わざわざ危険を冒してダンジョンに行ってまで探すもんじゃねぇな。」


「薬草の査定終わったみたいなんで、お先に失礼します。」


 その時はそんな会話で終わった。


 数日後、薬草採取から戻ると、ダルムが手を振っておれを呼んでいる。


「おう!セス!ちょっとこっちこい! おめぇ、これ買わねぇか? ダンジョンで見つけたが買い取り査定もゴミみたいな値段だったから捨てるのももったいねぇしな。銅貨3枚でどうだ?」


 そういって、先日話していたあの金属の筒をテーブルに置く。


 普段から世話になっているから、断りづらい。銅貨3枚と言えば、今居座っている宿の一泊分の半分だ。


「今のおれには、銅貨3枚で意味不明のアイテムを買う余裕は…エール1杯でどうです?」


「がっはっはっ!ちゃんと交渉できるようになってるじゃねぇか! いいぞ、エール1杯だ!」


 おれはエールを一杯注文し、ダルムの前に置く。


「この人なりの心配の仕方なんだろうな。」


 そう思いながらその金属の筒を受け取る。


「ギルドの鑑定士が言うには、中身を飲むんだとさ。毒じゃねぇのは確かだ。」


 そう言うと、ダルムはうまそうに喉を鳴らしながらエールを呑む。



 宿に戻り、板張りのベットに座り眺める。筒の両端は平らになっている


「中身を飲むって…どうするんだこれ?」


 平らな面にナイフを突き立て、穴をあけ匂いを嗅いでみるが変な匂いはしない。ナイフでさらに穴を大きくして、中身をコップにあけてみる。

 薄茶色の液体、指に漬けて少しだけ舐める。少しだけ青臭いかな? 体に異変が無いかしばらく様子を見る。

 意を決して、コップに口を付け飲み干す。


 なんてこった。目が回る、めまいが…。やっぱり毒だったのか? そのままベットに横になる。しばらくするとめまいは治まった。


「なんだ? 視界に違和感が?」


 しばらく周りを眺めるが、その違和感の原因がわからない。気が付くとそのまま寝てしまっていた。


 翌日、いつものように薬草採取に向かう。

 いつもの場所で探し始めると幸先よくさっそく発見、その後も次々に薬草が見つかる。他の草の陰に隠れた薬草までも。

 いつもの半分の時間で採取を終え、ふと思い出す。 ”能力向上”… 視覚が強化された?のか?

 時間もまだ十分、他の場所も回り薬草を採取する。その場所でも面白いように次々と見つけることができた。


 ギルドであまりの量に驚かれた。



 そんな生活をして半年、ランクも上がりダンジョンへの入場資格も得た。

 全くダンジョンの薄暗さも苦にならない。浅い層でもあったのでサクサク探索が進む、途中現れたモンスターも視界がクリアなおかげであっさり倒せた。

 素材も充分集まったので帰ろうとした時、目の前の行き止りの通路の壁に違和感を感じる。近づいてみるとはっきりわかる。隠し扉だ!


 隠し扉を開けると、そこには木の箱があった。中身は…短剣と宝石の原石、そしてあの金属の筒。

 ギルドに戻ると、依頼された素材の提出、3階の隠し部屋の発見を報告。鑑定士のいる査定室に案内された。


「セス。発見したものを出してくれ。」


 短剣・宝石の原石・金属の筒を出す。


「この短剣…魔鉄混じりの鋼か、良品だ…銀貨20枚。

 この原石は…品質もいい、大きさも十分。銀貨50枚。

 この金属の筒…またこの筒か。あまり価値は無いな、銅貨20枚。

 すべて売却でいいか?」


「…短剣は自分で使いたいと思います。原石は売却で、金属の筒は持ち帰ります。」


「わかった。原石の売却の手続きをしておく。この割符を持って後日、銀貨を受け取りに来てくれ。こっちは素材の分の報酬だ。」


 宿に戻ると、早速あの金属の筒にナイフを突き立て、中身をコップに注ぐ。

 薄紫の液体、微量を舐めてみて問題ないことを確認。一気にコップを煽り飲み干す。

 物凄い耳鳴りが…しばらくすると治まる。


 めまいで視覚ということは…聞き耳を立てる。やっぱりだ! 隣の部屋どころか、下の食堂の会話まではっきり聞こえる。

 意識をすれば個別に話声だけが聞こえてくる。…あ、これはちょっと刺激が強いな。集中を解くと聞こえる音も普通だ。

 その夜は、ベッドでゴソゴソしてしまうおれだった。



 視覚・聴覚が強化されたおかげで、ダンジョンの探索は5階まで一気に進んだ。しかし、ソロで5階から先は今のおれにはかなり無理がある。

 そんな時あるパーティから誘われ一緒に探索することとなった。5階までは最短ルートで進む。そして6階。初めて踏み入れるので緊張していたが、皆は慣れたものだった。どんどん進んでいく。


 7階までくると慣れてきた、色んなトラップを発見、回避していく

 

 おや?これは・・・


「メヤル、この階層で隠し部屋が見つかったって聞いたことある?」


「聞いたことないけど? もしかしたら、お宝?」


「かもしれん。あるいはモンスターハウスか…みんな探索してみるか?」


「みんな、ちょっと待って…」


 おれは、壁に耳を付けて中の音を探る。重たい木の様な何かを引きずっているような音が聞こえてきた。数は1つみたいだ。


「中に何かいる。音は一つ、石畳の上で重たいものを引きずっているような音が聞こえるた。」


 盾使いのガヤンとバスターソードのバッシュが扉の前で態勢を整え、ナルクが全員に速度増加のバフを掛ける。


「開けます。」


 あけた瞬間に二人が飛び込み、それに続いてみな部屋に入る。


 ガン!という鈍い音の方向を見ると、巨大なオークが振り回すこれまた巨大な棍棒をガヤンの盾が受け止めていた。

 オークが再び打撃しようと棍棒を振りかぶった瞬間に、バッシュが両手剣で切り込み脇腹を切り裂く。

 シルンの矢が左目に刺さる。おれは後ろに廻りこみ足の腱を切断する。

 止めは、メヤルの剣一閃。巨大オークの喉を切り裂いた。オークはそのまま絶命する。


 部屋を見回すと、大きな宝箱があった。

 中身は、古びた鞄、黒鋼の両手剣、黒鋼の大楯、首飾り、宝玉のついた杖、そしてあの金属の筒。


 オークの素材を剥ぎ取り・・・この量は持って帰れそうも無いな。皆で顔を見合わせる。


「ちょっと待って、もしかしたらこれ…」


 シルンが指さした古びた鞄、皆が思い当たる。


 マジックバックにすべて放り込んで、今回の探索を終了することにした。


 ギルドで7階のモンスターハウスの報告をして、今回の分け前の相談をする。黒鋼の両手剣、黒鋼の大楯はそれぞれバッシュとガヤンが、必中の首飾りはシルンが、宝玉の魔導杖はナルク、残ったのはマジックバックと金属の筒。


「おれはこれでいい。」


 と金属の筒を手に取る。しかし、みなが首を振る。


「セス。さすがにそれだけってわけにはいかない。そもそもあの隠し部屋を発見したのは君だし。俺たちはマジックバックを渡そうと思ってたんだ。」


 確かに、マジックバックも欲しいが、今はあの金属の筒が優先だ。

 結果、オークキングの素材売却益の半分を貰うことになった。なんと金貨2枚。


 その夜早速調べる。中身をコップに注ぐと、今後は薄緑色の液体。一気に飲む。

 …体中が、痒い。しばらく悶絶した。視覚・聴覚ときて今度は…触覚? 今回は外れたか?


 それからも、ソロでダンジョンに潜る。触覚はハズレかと思ったがとんでもなかった。指先の感覚が鋭敏になることで、カギの解錠・トラップ解除が驚くほど上達した。素材の見極めも触れただけで出来るようになり、稼ぎが倍増した。


 13階に到達。また隠し部屋を発見する。しかし鍵とトラップが設置されている。でも今のおれなら問題は無い。さっと解除し部屋に入る。


 目の前に宝箱が一つあるだけ。トラップの気配もない。なんか簡単すぎる部屋に入る前にトラップがあったらかそれが原因か?

 そう思い、宝箱に近づく。その瞬間宝箱が開き中から触手が飛び出してきておれの脇腹をえぐる。クソ!ミミックだ! こいつは確か凍結に弱い…クソ、痛い…考えがまとまらない。痛みさえなければ…そう考えた瞬間、脇腹の痛みが消える。

 リュックから凍結の魔道具を取りだし発動。ミミックの動きが鈍った所で短剣を突き立てて魔石をえぐり取る。ミミックの後ろに本物の宝箱があった。宝箱を開けると、汚れたマジックバックと金属の筒。

 さすがに血を流しすぎた、ポーションを飲んでこの部屋で野営だな。


 翌日、ダンジョン内でさっそくあれを調べる。薄赤の液体。そいつを飲む。

 うぉっ、鼻の奥に水が入ったみたいに痛い。痛覚無効も効かない。

 治まると嗅覚が…


 そのままダンジョンを進み、途中の素材はマジックバックにぶち込む。


 17階に到達。視覚・聴覚・嗅覚のおかげでモンスターを避けひたすら素材を回収する。そして隠し部屋を見つける。罠もあっさり突破。嗅覚でミミックの擬態も見破る。そして宝箱。

 やはりあった。金属の筒と、料理道具…。




「そして、この店を開いた。いくら感覚は鋭くなっても、そもそもの身体能力が限界だった。」


「へえ~、親父さん昔は冒険者だったんだ。…で最後のは味覚だよね。」


「ほぅ、よくわかったな。」


「だって、親父さんの味付け絶品だもん。」


「だがな、実はもう一つ見つけてたんだ。料理で必要だった感覚。聞きたいか?」


「この味の秘密? そんなの教えちゃっていいの?」


「かまわん。」


「で、最後は何だったの?」


「それはな、だ。」



6個目の金属の筒。 





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