【1章完結】白銀はアツく焼いて打て! ~略奪された精霊鍛冶師と、勝利を知らない死に還りの剣士~
五色ひいらぎ
1章 隷属の首輪と白銀の剣
奪われた精霊鍛冶師
辺境の押し込み強盗
物盗りだ、とはすぐにわかった。
御前闘技会前の剣士並の、凄まじい殺気だった。そのくせ、悪事を企むやつ特有の落ち着かなさもほんの少し感じる。どう考えたってまともな客じゃあねえ。
まあ、珍しいことじゃねえんだが。うちは金目の物なんざ置いてねえ、しがない村鍛冶屋ではある。だが、自宅兼工房が人里をちょいと離れた山ん中にあるせいで、ついでにオレが見た目十五くらいの若造にしか見えないせいで、襲いに来る馬鹿が年に一回くらいは出やがる。めんどくせえ。
ま、今回もちゃっちゃと脅して、追っ払ってやるとしよう。揉め事は嫌いなんだよ。
オレは赤く熱した鉄を叩きながら、入ってきた「客」をちらりと眺めた。
「……いらっしゃい。用があるなら手短に頼む」
「鍛冶屋ロルフの店はここか?」
声に抑揚がねえ。とことん感情を押し殺した喋りが、不気味だ。
名前を呼ばれたのは意外だったが、まあ、入口に「ロルフ・バウアー鍛冶店」って看板が掛けてあるからな。油断を誘うためかもしれねえ。緊張を解くのはまだ早い。
「あってるぜ。ご指名とは光栄だな……で、何の用だ」
直に目を合わせないようにしながら、様子を窺う。
オレより、頭一つとちょっと分くらい背が高い――つまりは並の大人の男より若干高い――客は、フード付きの外套をかっちりと着込んでいる。灰色の羊毛で織られた、山賊にしちゃあ上等な生地だ。しかし裾の方は風雨に汚れ、幾分すり切れかけている。腰には何か長いものを差している……ちょうど、
フードを目深に被っているせいで、顔は見えねえが……やっぱり、とんでもねえ殺気だ。十人並の強盗にしちゃあ不自然なくらいに。
いつもの山賊よりは厄介かもしれねえな。ま、いざとなりゃあ、オレの「炎の拳」を叩き込んでやるだけだが――とか考えていると、客が口を開いた。
「強い武具を探している」
「よそをあたってくれ」
客の言葉尻にかぶせて、極力そっけなく答える。
何のつもりだおまえ……と、内心で吐き捨てる。武具が欲しけりゃ、王都エーベネでも鉱山街シュタールでも、いくらでも探す所はあるじゃねえか。なんでこんな、なにもねえ山ん中に来てやがる。オレはもう、剣も鎧も打たねえって決めたんだよ。揉め事に巻き込まれるのはもうごめんだ。
それとも、難癖付けて強盗を働くつもりか。十中八九そっちの線だろうな。
とはいえ、こっちから決めつけるわけにもいかねえ。あくまで客扱い、しかし愛想は見せないように、オレは返事をした。
「見ての通りの村鍛冶屋なんでな。
「なら作れ」
本人は、淡々と話しているつもりなんだろう。
だが言葉の端々に、隠しきれないイライラが感じ取れる。殺気は相変わらずだ、だが、落ち着きのなさが少しずつ消えてきた。尻尾を出すまでもうすぐか。
「悪ぃな、だが扱ってねえものはしょうがねえんだ。材料も道具も、ここじゃ用立てられねえ」
「作れ。鍛冶屋ロルフ、お前が作れ」
やっぱりな。こいつ、オレの話をまともに聞いてねえ。
ちょうど、叩いていた鎌の刃が、綺麗な赤い三日月に仕上がった。手を止めて、座ったまま客を見上げる。
客の顔はフードに隠れて、相変わらず見えねえ。灰色の布地の下に、色白の顎と口元だけが覗いている。が、白く滑らかな肌には無精髭ひとつない。山賊にしちゃあ、えらく綺麗好きな輩だな……などと思っていると、形の良い唇から苛立った声が飛んできた。
「材料と道具があれば作れるのだろう?」
「すまんが、オレは剣鍛冶でも鎧鍛冶でもないんでな。打ったことねえものは作れねえよ」
「ならあれは何だ」
「……あー」
客が指差した先は、入口近くの棚だった。何段もの白木の板の上に、釘・鋤・
その一番上、オレの背だと踏み台がなけりゃ届かない場所で、剣一振りと盾一枚が埃をかぶっていた。
しまった、と、内心で舌打ちする。六年前、ここに来たばかりの時に作ってたやつだ。すっかり忘れてた……だが、こいつがあれば、面倒ごとにならずにやりすごせるかもしれねえ。
脚立代わりの椅子を持ってきて、棚の上から剣と盾を下ろす。剣を鞘から抜いてみれば、幸い、錆も浮いてねえ綺麗な状態だ。盾の方も、埃を払ってやれば錆も染みもねえ。
オレは右手で、抜き身の刀身をまっすぐに掲げてみせた。
「強い剣ってことなら、こいつは十分強いぜ。まあだいたいの鎧や盾は切り裂ける」
左手では、盾を持ち上げてみせる。
「そしてこっちも強い。こいつで受けさえすれば、ほとんどの剣や槍は防げるはずだぜ」
どっちも嘘は言ってねえ。
オレの打つ物は、程度の大小はあれ「炎」の霊力を帯びている。鎌や包丁に宿せば切りやすく、蹄鉄に宿せば馬に活力を与え……剣に宿せば鋭利に、防具に宿せば強靭になる。だからこそ、揉め事の種にもなるんだが。
「貸せ」
客が手を差し出してくる。
物盗りかもしれねえ相手へ武具を渡すことに、危険を感じなかったわけじゃねえ。だがオレは、ちょっと思っちまってた。こいつに「強い武具」さえ渡しゃあ、すべて丸く収まるんじゃねえか――って。相手が賊だとしても、怪我をさせるのは寝覚めが悪いからな。あちらさんの気が変わってくれて、万事穏便に済むなら、それに越したことはねえ。
剣と盾を渡すと、客はしばらく両方を眺めていた。殺気が、少しおとなしくなる。
オレの中で、張り詰めていたものが少しばかり緩んだ。
部屋の中央にある大きな作業机に、客が盾を立てかける。
そして、剣を構え――いきなり、盾に向けて振り抜いた。
グァァン――と、物凄い音が響いた。
盾が、砕けた。
客の手中を見れば、剣も、柄だけを残して砕け散っている。
鋼の欠片が、工房中に飛び散っていた。めちゃくちゃだ。見れば、打ったばかりの鎌の上にも、いくつか飛んできてしまった。台無しだ。
緩んでいた気分が一瞬で吹き飛んだ。耳の中にはまだ、グワングワンいう残響が残ってやがる。
どうしてくれるんだ、と、客の方を振り向いて――息が止まった。
「こんなガラクタを、求めに来たわけではない」
衝撃で、フードが落ちたらしい。客の顔がすっかり全部、窓からの薄灯りに晒されていた。
恐ろしいほどに美しい男だった。白磁の壺、もしくは磨いた大理石みてえな艶やかな肌に、吸い込まれそうな深青の瞳が二つ乗っている。切れ長の目を、細い銀色の眉が飾り、通った鼻筋と薄い唇も完璧な均衡を描き……非の打ちどころのねえ、完璧な美貌を形作っている。
名工の彫像のような顔は、さらに、乱れひとつない銀色の髪に縁取られている。
そう、この顔に、オレは確かに見覚えがあった。忘れようにも、忘れようがなかった。
「強い武具をよこせ。お前が作れる、最高の剣と鎧を」
碧玉の瞳が険しく細められる。オレは、身の内が勝手に震えだすのを感じた。
「おまえ、ヴァルター……『白銀の』ヴァルターか……?」
白銀の、という言葉に、客――剣士ヴァルター・ユング、少なくともそいつにそっくりな目の前の誰か――は、ぴくりと眉を動かした。
切れ長の目が細められ、殺気が痛いほどに膨れ上がっていく。
オレの背筋は、凍りついた。
こいつが……「白銀の」ヴァルターが、なんでここにいる。
おまえは、七年前に死んだはずじゃねえのか。
理由はさっぱりわからねえ。だが、一つだけ確かなことがある。
……今のこの状況、とんでもなくヤべえ。
「来い。鍛冶屋ロルフ――いや、精霊鍛冶師アウレール・シュミット!」
掴みかかってきたヴァルターを、オレは紙一重でかわした。
こいつがヴァルターで間違いねえなら、確実にオレを恨んでいるはずだ。
この辺境まで、わざわざ追ってきやがったのが何よりの証拠。
逃げろ。何が何でも逃げ切れ、オレ。
捕まったが最後、何をされるかわからねえ!
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