第33話

ジャンケンにより、先行は女子チームからになった。



女子チームの最初はミヅキだ。



ミヅキは歌に自信があるようで、その表情は明るかった。



どこから持って来たのか、子鬼たちはカラオケの機械を準備している。



ご丁寧にも、小さなステージまで持って来た。



ミヅキはそこに立つと曲をリクエストした。



先月発売されてからずっと首位を守っている、今最も人気のある女性歌手の曲だ。



イントロが流れ始めると子鬼たちが拍手をする。



ミヅキは曲に入るように目を閉じて体を揺らした。



そして歌い始める。



ミヅキののびやかで美しい声に、思わず息を飲んだ。



一般人のカラオケのレベルを超越している歌声は、心に直接響いてくる。



「なんだよこれ、上手すぎるだろ」



浩成がブルブルと体を震わせてそう言った。



ミヅキの歌声はいつまでも聞いていたくなるようなものだった。



そこらへんの歌手よりも、断然うまい。



気が付けば俺はミヅキの歌声に聞きほれていた。



恐怖も不安も消えてなくなり、ここにはミヅキの歌声と自分だけしかいないような錯覚さえ起こす。



素晴らしい出来栄えだった。



ミヅキの周囲には花が咲き、沢山のスポットライトが当てられているように見える。



気が付けば俺は泣いていた。



頬を伝う暖かな涙に驚き、そして拍手を送った。



歌い終えたミヅキはうやうやしく頭を下げてほほ笑む。



もはやここは船上などではなかった。



ステージだ。



日本武道館だ。



「すごい、すごすぎる……!」



興奮した状態でそう言うと、隣に立っていた綾が呆けた顔をしているのが見えた。



「綾、今のミヅキの歌声、聞いたか?」



「うん……聞いてた」



綾はまるで寝起きのようなとぼけた声でそう言った。



「だったらもっと感動しろよ! ほら、拍手!」



俺の言葉に誘われるようにして拍手をする綾。



しかし、それも力が入っていない。



「なんだか、同じ人間の歌声とは思えないよ……」



そう呟いた綾はため息を吐き出した。



ここでようやく、綾は歌が下手だと言う事を思い出した。



今のミヅキの歌声で更に自信を無くしてしまったようだ。



「ミヅキほど上手な人なんてなかなかいないよ。後はみんな似たようなもんだって!」



そう言って綾を励ますものの、綾の歌声は人並み以下だ。



「はい、次~。白組~」



鬼からの指示が飛んだ瞬間、浩成の目に涙が浮かんだ。



浩成の歌声を聞いたことはないけれど、ミヅキの美声の後じゃ誰でも泣きたくなるだろう。



「大丈夫だ浩成。頑張れ!」



本当は紅組に勝つつもりなんてないけれど、とりあえず応援しておくことにした。



浩成は涙目のままステージに立つと、1年前映画の主題歌になった曲を選んだ。



CMなどでも使用されていたため、サビくらいはみんな知っている曲だ。



イントロが終り、浩成がマイクを強く握り直す。



……可もなく、不可もなくと言った歌声が聞こえ始めた。



ミヅキと比べれば一般のカラオケと同じレベルだ。



決して下手ではないけれど、ミヅキの後ということで小さなミスでも大きく感じられる。



よし、この調子なら綾がドヘタでも紅組が勝てる可能性はある。



俺が盛大に音程を外して歌えば、きっと大丈夫だろう。



歌い終えた浩成が、がっくりと頭を垂れて戻って来た。



「ダメだ。全然ダメだった……」



確かにダメだった。



だけど綾に比べれば神レベルの上手さだった。



「大丈夫だ浩成。ほら、鬼たちは拍手してくれてるじゃないか」



ミヅキの時には起こらなかった拍手が微かに聞こえて来る。



微かに、だけど。

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