地獄船

西羽咲 花月

第1話

大きな揺れを感じて俺は目を覚ました。



一瞬ここがどこなのかわからなくて、横になった状態のまま周囲を見回した。



部屋の中は暗いが、目が慣れて来るとその様子が見えて来る。



見たことのないソファにみたことのない丈夫そうな机。



天井には小さなシャンデリアがぶら下がっているが、それはユラユラと揺れていた。




「あ、船の中か」



ようやく目が覚めた俺がそう呟いて上半身を起こした。



俺は鳴神高校2年生の成瀬早人(ナルセ ハヤト)。



昨日から豪華客船での修学旅行が始まった所だった。



俺の通っている鳴神高校は日本国内でナンバーワンとも言われる大富豪のご子息たちが集まる高校だった。



通常の高校の10倍はある校舎に、教室には1人1人にソファがあてがわられている。



生徒たちの家は世界を相手にする大企業や実業家ばかりだった。



「あれ? 倉内?」



隣のベッドが空になっているのを見つけて、俺は同じ部屋にいたはずの倉内の名前を呼ぶ。



部屋の電気をつけて確認してみても、倉内の姿はどこにもなかった。



バスローブを脱いで学校のジャージ姿になると、俺は部屋を出た。



あの揺れはなんだったんだろう?



倉内はどこだ?



廊下には何人かの生徒たちが出て来ていて、周囲を見回している。



俺と同じようにさっきの揺れで目を覚ましたのだろう。



「早人!」



後ろから声をかけられて振り返ると、そこには幼馴染の内藤綾(ナイトウ アヤ)の姿があった。



綾も俺と同じジャージ姿だ。



「綾。なにがあったんだ?」



「あたしにもわからないの。突然大きな揺れを感じて目が覚めたんだから」



綾は大げさなくらい両手を広げて身振り手振りで説明をする。



しかし本当に怖かったのだろう。



その顔は心なしか青くなっていた。



俺は綾の手を握り、歩き出した。



あれだけ揺れたのに警報が鳴らないのはおかしい。



先生たちも部屋から出てきているだろうから、一旦広間へ向かおうと思った。



歩くたびに綾の茶色い髪の毛が揺れて、シャンプーの香りがする。



備え付けのシャンプーは使わなかったのか、それは俺とは違う香りだった。



ギュッと握られた手からは綾の温もりを感じて、自分の鼓動が少しずつ早くなるのを感じていた。



いつからだろう。



綾の事を幼馴染以上だと思い始めたのは。



気が付けば俺の目は綾を追いかけていた。



だけど、俺はこの気持ちを綾に伝える気はなかった。



お互いに大きな企業の子供だと理解している。



綾は綾で、俺は俺はで定められた相手がいるのだ。



「え、これだけしかいないの?」



綾の言葉に我に返ると、いつの間にか広間に到着していた。



しかし、そこにいたのは数人の生徒たちだけだった。



さっき廊下で見た生徒を合わせても10人くらいしかいない。



「先生たちは?」



俺は集まって来た生徒たちへ向けてそう聞いた。



「いや、見てない」



そう返事をしたのは2年4組の森田文夫(モリタ フミオ)だった。



文夫とは1年生の頃同じクラスだったから、今でも友達だ。



「先生も他の生徒たちも、部屋にはいないみたい」



後ろから来た大塚ミヅキがそう言った。



ミヅキは2年3組の生徒だ。



派手な化粧と大きなピアスが印象的な生徒だけれど、今は両方ともとられていていつもより幼く見える。



「部屋を見て回ったの?」



綾がそう聞くと、ミヅキは頷いた。



「あたしの部屋、この階の一番奥なの。大きな揺れを感じてから順番に部屋をノックしながらここに来たの」



広間は俺たちが泊まっていた客室の最奥に位置している。



広間の更に奥にはスポーツジムなどの施設しかない。



「どこに消えたんだ?」



俺がそう呟いた時だった。



ゴゴゴッという音を共に地面が大きく揺れた。



綾が俺にしがみつく。



しかし、立っていられる状態じゃなかった。



悲鳴が上がり、固定されている家具にすがりつく生徒たち。



俺は身を低くし、綾の体を抱きしめた。



一体どうなってんだ!?



さっきよりも大きな揺れは、広間に設置されている大きなシャンデリアを振り回している。



嫌な予感が胸をかすめ、俺は綾をつれて近くのソファの下へと身を隠した。



体全部は入らないが、とにかく頭を守ろうと思った。



綾がソファの下で俺の手を握りしめた、その時だった。



ガシャーン‼ という大きな音が耳をつんざいた。



悲鳴や泣き声が入り混じる。



俺はソファの隙間から広間の様子を伺った。



予想通り、大きなシャンデリアが落下し、周辺にはその破片が散らばっている。

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