ノーサプライズ

容原静

☆$%#

カルマ。

業。宿命。

誰かを傷つけた罪。

自分の行いに対する後悔。

罪に対する罰。

人間は己のカルマからは逃れることは出来ない。

宿命を受け入れるしかない。

猿として大地を駆け巡っていた頃から道理は変わらない。

産まれたら死ぬ。

諸行無常。

21世紀、種の滅亡のカウントダウンが始まった。

宿命に抗う中で人類は時間移動の能力を手に入れた。

時間移動。タイムトラベル。

それは夢のような能力。

時間移動は人類に新しい未来を提示したように思われた。

しかし。

歴史は繰り返す。

科学の発展が世界大戦のジェノサイドに繋がったように時間移動だけでは人類は救われなかった。

この物語は救われない人々に焦点をあてて、それでも生きていこうと足掻くその姿を記す。

私たちが根源的に救われたと涙する日を僕は待っている。

しかし待っているだけでは幸運はやってこない。

掴むのだ。

生き延びるのだ。

滅亡するその日まで。


21××年××月××日。

劇場の受付口から僕は青空を眺めている。暇だ。

客は来ない。

偶に来る客も冷やかし程度で終わる。

現代に於いて劇場は生きた化石。外からみても古臭くて見ていられない。

僕の仕事は風前の灯が消えるそのときまで劇場を守ることだ。誰もが避ける仕事だからこそやり甲斐がある。

なんて口にしたものの実態は毎日誰も来ない受付口に座っているだけだ。生きてさえいれば誰にでも出来る仕事。僕がいる必要もない。

僕の本当の仕事は帰宅後始まる。

誰にも公言しない秘密の仕事だ。知られると僕の生命は危ない。

皆さんにはお教えしよう。

僕は自宅で隠れてタイムマシーンを作っている。

タイムマシーンは21世紀も終わりに近づいた頃突如人類が獲得した最後の発明だ。

現在タイムマシーンは人類を束ねる現政権の管理下にある。

政府の許可なくタイムマシーンを使用することは厳禁。もちろん作成するなんてもってのほか。許されない。知られば直ぐに極刑が待っている。

今僕がしていることは正気の沙汰でない。

しかし政府のほうがもっとイカれている。

彼らが実施したジェノサイドを僕は知っている。

数十年前彼らは前政権をクーデターで薙ぎ倒した。その際彼らはあろうことか過去にタイムスリップした数億人を総て殺害した。そして其れに反対した数万人も全員処刑した。

現在その事実はタブーとされている。

少しでも話題にすれば、処刑台行きだ。

ありえない。

許されない。

被害にあった罪なき人々を救うため僕は過去改変を行う。

その為ならなんだってする。

もうすぐで完成する。

此処までかなりの年月を有した。

政府はタイムマシーンに関してかなり敏感だ。

自分たちに都合悪いことなら総て捻り潰す。

世間の話題には挙がらないが、僕と同じような行為に取り組み、失敗し殉死された方は沢山いると聴く。

最後まで気持ちを緩めない。

無念の気持ちを晴らすため。

僕は負けない。


カリーナ・糸数・チェンは同志だ。

彼女は美術館で働いている。

美術館も劇場と同じく人が寄りつかない。

文化を求めない人類は絶滅しているに等しい。

末期だ。僕たちは。

そう話すとカリーナは口を人差し指をあてる。

言葉には気をつけなければならない。

彼女は数ヶ月に一度出逢う仲だ。

同志であるが趣味趣向は違うため話は合わない。

そもそも僕もカリーナも無口だ。

出逢っても二人、街カフェでお茶を飲みながら、静々と気配を潜めながら意見を交換するだけ。

何の色気もない。

カリーナの祖母は人類最後の女優だ。

現政権に移る変わるとき祖母はカリーナの母親を残して失踪した。

恐らく政府によって抹殺された。

カリーナは祖母の復讐を叶えるため私に協力してくれる。

そもそも彼女の力を借りなければタイムマシーンは作れなかった。彼女の頭の中にタイムマシーンは有り、僕は彼女から頂く古書に挟まれたプランに沿って作成している。

何故そのような七面倒なことをしているかというと、カリーナは政府から要注意人物として監視されているから。

僕たちはかなり危険な橋を渡っている。

それももう少しで完了する。

ほとんど会話をしない僕たちだが、この作戦を終了した暁には自由を得られる。

二人で勝利の晩餐を月明かりが差すテラスですることが僕のささやかな夢である。

カリーナにはそのような夢があるの?って聴くと彼女は密かな声で囁いた。

「貴方と二人でシチューを作って、柔らかいソファで読書をしながら一日を終えられたら幸せでしょうね」

僕たちは自分たちの目的を果たすため、この程度のささやかな出来事も千夜一夜のように雄大で黄金のスパイスが降りかかるロマンティックな事象に捉えてしまう。

なんて夢がない話か。

彼女も僕も欲望を律している。

希望を捨てない民は闘うだけ。

歌って踊るのはその先だ。

今日も特別な会話をすることなく二人は離れる。

次会うときはテラスの上だ。

希望の日まであと少し。


タイムマシーンが完成した。

これから僕は過去に向かう。

過去を改変する。

現政権が世界を転覆させた時代より少し前へ戻り、当時の人々と協力して世界が今よりも良き道へいくよう努力する。

呼吸を整える。怖気づくな。

これからが大変なのだ。僕が動かなければこのまま人類は幕を閉じる。

それはとても哀しいことだ。僕は哀しみます。

僕は床に置いてある古書を手に取る。

タイトルはキャッチャー・イン・ザ・ライ。

ライ麦畑でつかまえて。

このとき他にも手に取れる本はたくさんあった。

カリーナは本当に色々な本を僕にくれた。その本を僕は仕事中暇な時間を使って読んでいた。

どの本にも様々な思い出がある。

何故この本を選んだのだろうか。

その心境は僕にも理解できない。

でも何か大切な願いがそこには詰まっている気がする。

ガタンと入り口の方から音がする。

僕は思わず唾を飲み込む。

政府が僕をかぎつけたのか。

最悪の事態を予想する。感傷に浸っていられない。ここまできて捕まるのはごめんだ。僕はタイムマシーンを起動する。

扉を叩く音が止まらない。何故このタイミングなんだ。あまりにも都合がいい。

僕が早いか、彼らが早いか。

此処はライ麦畑じゃないんだ。キャッチャーはお呼びでない。

さぁ。もう出発できる。

準備は整った。

バリンッ。

窓が割れる音が聴こえる。

そして、銃声が響く。

其奴はタイムマシーンの先の僕の頬を襲う。

乱暴じゃないか。

黒服の男たちの姿が見受けられる。

タイムマシーンに異常がみられる。

此れはもしかしたら飛べないかもしれない。間に合わないかもしれない。

あと少しなんだ。

神さま。

このようにしてあと少しで終わっちまうそんな結末お呼びじゃないぜ。

僕が求めているのはただ一つ。

僕たちが勝利する事実だ。

黒服の男が迫ってくる。

タイムマシーンに近づいてくる。

あともう少しだったのに。

ハイテンションだ。

男が倒れる。

銃弾が聞こえる。

カリーナの声が聞こえる。

助けが来たのだ。

僕は彼女に感謝の雄叫びをあげた。

それが僕のこの時代での最後の記憶だ。

カリーナ。

必ずまた逢おう。約束だ。

君も含めて誰一人犬死にはしない。

すばらしきこのせかいで酒を酌み交わし、踊り、歌おう。

さようなら。

また逢う日まで。

僕はタイムマシーンで過去へ飛ぶことに成功した。

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