第20話

☆☆☆


それからのあたしたちの間に会話はほとんどなかった。



裕也はさっきからジュンが誰なのか調べてくれているけれど、特定できるものはなさそうだ。



インツタにコメントするために作られているアカウントも、いつでも消すことができるような捨てアカウントだったらしい。



そんな中でも裕也は気になる部分を見つけることができたみたいだ。



「ジュンって、確か俳優にもいたな」



そう言われてあたしはすぐに「柳純くん?」と、反応した。



今最も売れている俳優で、インツタでもその名前を出したことがある。



「そう、柳純。こいつのハンドルネームもジュンだ」



「ただの偶然じゃない?」



しかし、裕也は難しそうな表情で腕組みをしている。



「何日か前の投稿で『純くん大好き』って書いてなかったか?」



「書いたよ?」



あたしは首をかしげて裕也を見る。



それがどうしたというんだろう。



裕也は見る見る目を見開いていく。



「きっとそれだ!」



「え、なにが?」



「こいつのハンドルネームのジュンはきっと本名なんだ。それで、夏美の『純くん大好き』の投稿を見て、自分のことだと思い込んだんじゃないか?」



「え……」



あたしは唖然として裕也を見つめた。



そんなことがあるだろうか。



純なんて名前いくらでもあるし、どこの誰のことかなんて書いていない。



あ……。



そう、あたしは柳純くんのことだとも、ジュンのことだとも書かなかった。



だからこそ、相手を勘違いさせたんだ。



気がついて、サッと血の気が引いていく。



「どうしよう、あたしとんでもないことをしちゃったのかもしれない」



相手が思い込みの激しい性格であることには違いない。



だけど、そのスイッチを押してしまったのは自分自身なのだ。



全身が冷たくなって立っていられなくなったとき、裕也があたしの体を支えてくれた。



「少し休憩したほうがいい」



そう言われても、ろくに返事もできなかったのだった。


☆☆☆


あたしを部屋に運んでくれた裕也は、言葉通りずっとそばにいてくれた。



いつあの男が来るかわからない恐怖はあったものの、少し眠ることもできた。



「大丈夫か?」



ベッドの下で膝を立てて漫画を読んでいた裕也が顔を向ける。



「うん。少し落ち着いてきた」



窓の外はすでにオレンジ色に染まってきている。



「裕也、そろそろ帰らなきゃ」



学校はすでに終わっている頃だ。



さすがにずっと家に帰らないと両親が心配してしまう。



「俺は平気。ちゃんと親に連絡したから」



「でも……」



これ以上迷惑はかけらないという気持ちと、もっと一緒にいてほしいという気持ちがない交ぜになっている。



そんな気持ちに感づいたのか、裕也は優しく微笑んであたしの頭をなでた。



「俺のことは気にしなくていいから。自分の心配だけしてろ」



「うん……」



もう少し甘えてもいいんだろうか。



そう思って視線をテーブルへ移すと、自分のスマホが見えた。



今日は怖くてあまりスマホを確認できていない。



両親からの連絡があったかどうかだけ確認するために、手を伸ばした。



するとそのタイミングで電話が鳴り始めて、驚いてスマホを落としてしまいそうになった。



「誰からだ?」



「心だ」



着信相手を確認してホッと胸を撫で下ろす。



今日学校を休んだから、心配して電話をかけてきてくれたみたいだ。



「もしもし?」



『あ、夏美? 体調大丈夫?』



いつもの元気な心の声が聞こえてきて、なんだか和んでしまう。



「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」



『それならいいんだけどね、今日は裕也まで休んでて風邪流行ってるのかなと思ってさぁ』



「あ、裕也なら一緒にいるよ。電話代わろうか?」



『え? なんで裕也が一緒にいるの?』



聞かれてハッと息を飲んだ。



まずい、裕也がここにいることは誰にも知らせていないんだった。



「あ、いや、なんでもないの」



慌てて取り繕うとしたけれど、遅かった。



受話器の向こうには彩も一緒にいるようで『裕也と夏美がどうして一緒にいるの!?』と、騒いでいる。



これは黙っていたほうが余計に怪しまれてしまうかもしれない。



困ってしまって裕也を見ると「事情を説明しよう」と、言われた。



変に隠すよりもそっちのほうがよさそうだ。



「実は、ちょっと事情があって」



『事情は夏美の家で聞くから、絶対に逃げないでよ!』



心は叫ぶようにそう言って、電話は強引に切られてしまったのだった。



「2人とも今から家に来るってさ」



あたしは軽くため息を吐いて言った。

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