第3話
「行ってきますっと」
あたしは玄関の戸締りをしっかりとして歩きはじめた。
お店の開店準備がある両親はとっくに出勤している。
店舗は家からそう離れていないけれど、出勤時間は早く、帰宅時間は遅いのが毎日だ。
あたしも時間がある休日などはできるだけお店の手伝いをしている。
高校を卒業すると両親のお店で働くことが決まっているし、その辺は他の子たちよりも悠々自適だった。
もちろん、あたしが料理が嫌いじゃなかったからこそ、だけど。
今日のお弁当もちゃんと自分で手作りをしてきた。
朝は忙しいから昨日の晩のうちに仕込んでおいたしょうが焼きを焼いて、晩御飯の残りのおひたしと、だし巻きたまごだ。
だし巻き卵のだしはお父さんから教わった秘伝のだしを、冷蔵庫に随時ストックしてある。
料理が大好きで食べることも大好きなあたしは歩きながらそっと自分のお腹に触れた。
最近ちょっと太ってきた気がする。
育ち盛りだからといわれればそれまでだけど、ちょっと食べすぎかもしれない。
毎日毎日定食屋の料理を食べていれば、体重も変化してきて当然だった。
「少し痩せないとなぁ」
歩きながら呟いたとき、「そのままで十分だよ」と言う声が聞こえてきてあたしは足を止めた。
振り向くが、誰もいない。
行きかう生徒やサラリーマンの中に、あたしの見知った顔はいなかった。
「今の誰?」
呟いてみても、返事はない。
気のせいだったのかな?
でもあんなにハッキリ聞こえたのに……。
その瞬間、後方から強い視線を感じてあたしは勢いよく振り向いた。
しかしそこには電柱が立っているだけで誰の姿もない。
突然寒気を感じて強く身震いをした。
早く学校に行こう。
そう思い、足早に歩き始めたのだった。
☆☆☆
「心~っ!」
大森高校1年C組の教室に登校したあたしは真っ先に心に抱きついた。
心は小さな体で必死にあたしを受け止めながら「どうしたの夏美?」と、聞いてくる。
「今日、なんか怖かったんだよぉ~!」
「怖かったって、なにが?」
心と一緒にいた彩が首をかしげている。
あたしは心の体を思いっきりギューッと抱きしめた後、ようやく体を離した。
心は少し苦しそうにむせている。
「実は学校に来るまでにさぁ」
あたしは通学路の途中で感じた視線について、2人に熱弁した。
「なにそれ、気持ち悪い」
心は顔をしかめている。
「でしょ!?」
「だけど誰もいなかったんでしょう?」
彩は冷静に質問してくる。
「そう! だからさ、誰かがどこかに隠れて、ジッと見てたのかなって思ったの!」
「隠れる場所なんてあったの?」
そう質問されると返事に困る。
通学路にあるのはせいぜい電信柱くらいだ。
隠れられる場所は限られている。
しかもその視線が校門を入るところまでずっと続いていたのだから、さすがにおかしい。
「夏美の勘違いじゃない?」
彩の冷めた声に思わず頬を膨らませた。
「そんな勘違い今までしたことないし!」
と、ついむきになってしまう。
「そうだとしても、誰かが見ているような気がする時ってあるよ? ねぇ、心」
彩に言われて心まで「そうかもねぇ」と、うなづいている。
「ちょっと心。心はあたしの味方じゃなかったの?」
詰め寄ると心は困ったように眉を下げて、可愛い笑顔を浮かべた。
「そ、それよりさ! 夏美も彩も柳純くん好きだよね?」
無理矢理話題を変えて心が言った。
柳純くんとは、今とときめく人気俳優だ。
去年ホラー映画で主人公を演じたのがきっかけで大ブレイクした。
今年の純くんは飛ぶ鳥を落とす勢いで人気急上昇中なのだ。
もちろん、あたしたちもそんな柳純くんの出ている映画やドラマはのきなみチェックしている。
「もちろん好きだよ」
クール系の彩まで目を輝かせてうなづいている。
「今日の歌番組に出演するんだってさ!」
「柳純くんって俳優だよね? どうして歌番組に出るの?」
「それが、純くんって歌もうまいみたいで、仲のいいアーティストから一緒に歌わないかってオファーがあったらしいよ! だから今日は貴重な純くんの歌声が聴ける日ってこと!」
心の嬉しそうな声にあたしと彩は同時に歓声を上げる。
かっこよくて、演技が上手で、歌もうまいなんて最高だ。
途端に今日の夜が楽しみになってきた。
「まぁた柳純の話か」
ため息混じりに声をかけてきたのは裕也だ。
裕也は呆れた表情を浮かべている。
「なによ裕也」
「お前は本当にイケメンが好きだな」
「それのなにが悪いの? 裕也だって女性アイドル好きじゃん」
「そ、そんなこと」
慌てて否定しようとする裕也が持っていたスマホを奪い取った。
そしてホーム画面の壁紙を2人に見せる。
「おい、なにするんだよ!」
裕也が慌てて取り返しても、もう遅い。
2人は目を見交わせ、心はニマニマと笑っている。
裕也のスマホの壁紙は有名アイドルの写真になっているのだ。
「そっか、裕也君はXYZの飯田ちゃんが好きなのかぁ」
心が裕也を見てニヤついた笑みを見せて言う。
彩はクールに「ま、悪くない趣味だと思うけど?」と、興味さなそう。
「そ、そんなんじゃねーしっ!」
裕也は顔を真っ赤にして、逃げ出してしまったのだった。
その後ろ姿を見て笑うあたし。
「ねぇ夏美、あんた本当に気がついてないの?」
彩に聞かれてあたしは笑顔を引っ込めた。
「なにに?」
「ダメダメ、夏美は鈍感だから」
心は左右に首を振った。
「だから、なんのこと?」
どうやらわかっていないのはあたしだけのようで、1人で2人を交互に見つめる。
「ま、いつか気がつくんじゃないの?」
「いつになるのかしらね」
2人の会話に全くついていけず、あたしはキョトンとするしかなかったのだった。
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