シックスセンス エンカウンター――魅惑のフォーランドブリッジ――(月光カレンと聖マリオ3)

せとかぜ染鞠

第1話

 豪華客船バイバニック号で催されるパーティーの話で世人は浮き足だっていた。招待される著名人の名は伏せられていたが,シスター聖マリオの来臨が噂にのぼっていたからだ。

 パーティーへの出席を願う希望者が殺到し,参加チケットは数秒のうちに完売したばかりか,主催の慈善団体への寄付金も莫大な額にふくれあがっていた。

 甚だ憤慨していた――俺さまが軽薄なパーティーなんぞへ行くはずもない。慈善団体の代表者ワロシュにはかねてから黒い風聞がつきものだ。完全に仕たてられたフェークニュースに世間は踊らされているというわけだ。

 何より許せないのは,俺のかわいい信者まで騙されて高額チケットを購入させられたことだ。払い戻しには応じないという。離島の教会に通えない末端信者に至っては真実をいまだ知らない。パーティーに参加したところでマリオとは会えないという事実を。

 懲らしめてやらねばなるまい――しかし悪い予感がした。第六感というやつだ。無性に気乗りしなかった。

 しかも客船の渡航ルートは,いつも逃亡を助けてくれる鮫たちのテリトリーをはずれていた。何もかも条件が悪すぎた。

 だが,燃えさかる義侠の火を消すことなど到底不可能だった――

 出席者たちの当日寄付した大量の紙幣をリュックにぎゅうぎゅう詰めにしてからワロシュの部屋を出ようとする。思いとどまり,カーテンの裏側に潜んだ。

 頭部から爪先までボディスーツに身をつつむ数人の人間が忍びこんでくる。デスクの鍵を細い金具で解除して引きだしをあけると,とりだしたパソコンを起動させ,小型カメラで撮影を繰りかえす。

「よし,完了だ――」一際大柄な体格の1人が低い声で合図するなり,ほかの賊たちが一斉に敬礼する。「ラッケルさま,御散華をお祝い申しあげます」

「フォーランドブリッジまで 1 0 分だ。早く脱出したまえ」ラッケルと呼ばれた賊が小型カメラを差しだす。

「お急ぎのようだね?」俺はカメラを横どりした。

 賊たちが身構えた。

「おまえは……月光カレンか!」

「そうだよ,ラッケル。この船は俺のテリトリーだ。勝手に荒らしてもらっちゃ困るね」

「面倒なことになった。カメラは奪いかえし,海上へ投げておく――君たちは早く脱出したまえ!」

「しかしながらラッケルさま!――」

「早く行くのだ!」

 ラッケルを残し,賊たちが立ちさった。

「カメラを返してくれたまえ」ラッケルが掌を突きだす。「ワロシュが本国を裏ぎって国家機密を売った各国要人のリストが入っているのだ。是が非でも本国へもちかえらねばならない――頼む,時間がないのだ!」

「時間がないとはどういう意味だ! 何故仲間を脱出させた!」

「フォーランドブリッジを爆破するのだ! 船が真下を通過するとき!――」ジャックナイフをとりだし姿勢を低めた。

「何のために爆破する!」

「ワロシュの暗殺と,彼と取引した国々への見せしめだ! 大勢の人間が死ねば,我が国に対する侮辱を悔やむだろう! 我が国の機密を奪い,世界で孤立させ,存亡の危機へと追いつめた国々に反省を促してやるのだ!」

「目的のために自分も船と散るつもりか!」

「任務のためなら命など惜しくはない! ワロシュの死を見届けてやる! 売国奴を地獄へつれていくのだ!」ナイフを振りかざし,襲いかかってくる。ハイキックでナイフを飛ばし,空中で奪いとり,着地するなり十文字を描いた――

 ラッケルのボディスーツがはらりと剝げた。金髪のかかる青い瞳を伏せながら闇に浮かぶ胸のふくらみを隠す。

「済まない――気づかなかった」ファスナーをさげ,革製ジャケットを脱いでラッケルへ投げた。「カメラは返す。ただし爆破を中止してくれ」

「無理よ……」ジャケットを着てファスナーをあげる。「もう爆破はとめられない」

「そうか,無理なら別の手段を考えるさ。君は早く船を出て同志と合流しろ――それがカメラを返す条件だ」

「駄目よ,ワロシュを暗殺する任務があるの!」

「船をおりるのが条件だ。要人リストが欲しいんだろ――暗殺は次の機会にしてもらう」

 彼女をつれて甲板へ出た。グラミー賞受賞歌手とハリウッドスター共演の出しものがあり,乗客たちはみな第1フロアに集まっている――はずだった。

「ああ~,マリオさま……お怒りに触れてからまだ 1 0 日です」額づきながら祈りを捧げている。「今宵お出ましになると聞き及びました。鉄やダイヤの隔てを介してでも構いません。いかなる状況でも拝謁にあずかれますならば至上の感謝を捧げます。もしやお声など拝聴できますならば万の神々を敵にまわすともちっとも恐ろしくなどございません。ああ,愚かなしもべは参上してしまいました。教会に伺うのではないのですから,お許しいただけますね」

 三條さんじょう公瞠こうどう巡査が月光を浴びていた。

 彼には1箇月の教会出入りを禁じているから,聖マリオのパーティー出席はデマだという真実も伝わっていないのだろう……

「マリオさまが浮薄な集まりなどにおいでになるはずはない――そう信者仲間から忠告されました。ええ,さもありなんかし。きっと御臨席を仰げないのでございましょう。けれども愚かな私めは何故,どうして馳せ参じてしまったのでしょう。残り20日――気が遠くなりそうです。お言葉を賜らずして,いかに過ごせとおっしゃいますのやら……」おいおい泣きはじめた――

 マリオの来ない確率をほぼ100パーセントと理屈上では認識しながらも船に乗った三條公瞠巡査め――やはり恐るべし。油断のならぬ第六感のもち主だ。

「そこに隠れているのはラッケルだな!」ワロシュが拳銃を発砲した。

 ラッケルの胸が撃ちぬかれた。手からカメラが弾けとんで遥かむこうへ転がっていく。

「リ,リストが……」虫の息でカメラの行方を探そうとする。

「諦めろ――」ラッケルを抱いて甲板から海へ飛びこんだ。船上のワロシュが続けざまに撃ってくる。

 三條がワロシュに体あたりして一瞬で膝下に組みしいた。手錠をはめたようだ――

 モーターボートが海面をさき疾走してくる。意識のないラッケルをボートに引きあげるなり,敬礼をして男たちは去っていった。

 ボートの立てた水飛沫と濃霧との綯いまぜが俄に晴れて巨大な橋梁が出現した――フォーランドブリッジだ。いけない,爆発してしまう! 客船と橋梁との距離はわずか十数メートルほどしかない。騒ぎたてれば乗客たちを混乱させて危険だ。でも時間がない。船に戻り逆方向へ舵を切る?――駄目だ,それも時間が足りない。

「どうして,何故!――あなたがここに?!」三條が甲板から身を乗りだしている。

 そうだ,三條に操縦させればいい!――状況を説明しかけて言葉をのんだ。

 包囲されている。体のあちこちに傷をもつブラックシャークの大群だ。ひどく獰猛で,鮫同士でも始終殺しあいをするので生傷が絶えないらしいが,生態は謎だ。ラッケルの血のにおいに引きよせられ,集まってきたのだろう。

 第六感が的中した。ブラックシャークを手懐けることは俺さまにも無理だ。

 バイバーイ――口形だけで伝えて波間に沈む。ついに海底の藻屑と化すのだ……

「月光カレン! 逃がさないぞ,たった今行くからな!」

 待て,待て,待て! 鮫に食われるぞ!――海面へ浮上する。「おい! 何も聞かずに俺を追ってこい! 船に乗ったまま!」

「何?! 船の操縦を奪えと言うのか! 船を乗っとれと?」

「そうだ,シージャックだよ! だって追いかけっこしたってよ,おまえ,いっつもおっせーじゃん! だったら船で追っかけてきぃ? もしかして,できねぇーの? だっせぇの!」

ぬぁに?! やってやるよっー!」甲板から姿が消えた。

 すぐさま船首と船尾の位置が転換する――よし,その調子だ!

 再び海に潜り,ほかより目だって傷の多い鮫に密着する。接吻と愛撫の嵐で陶酔させてから尖った歯に腕を押しつければ,口を大きくひらき,全身を揺すりながら尾びれを倒した。

 受容の態勢が整った合図だ。体に飛びのり両腿で強く挟めば急速に浮上する。そのまま鮫の背中に二足で立って疾駆していく。

 客船も猛スピードで追跡してくる。

 乗客たちが異変に気づいた。

「見て! あの人,海面を滑ってるわ!」

「サーフィンしてるんじゃない! 道具もなしに海上を渡ってるんだ!」

「そうさ! あれは月光カレンだ!――」

 客船の背後で爆発が起きた。橋梁が崩れおち,炎と黒煙が天と海に渦巻いた……

 翌朝,客船の甲板を隈なく探して例のカメラを見つけた。愛国者たちによる命がけの成果がおさまっている。再会したときに返してやるのだ。

「クリーンサービスの姉ちゃん――終わったんならこっち来てよ」船員たちに呼ばれた。

 長身痩躯を強風に煽られながら青い制服姿の若者が甲板にあがってくる。どうした縁か,また三條だ。立ちどまり,まじまじと俺を見ている。

 まずい相手と遭遇した。変装をして入念に化粧もしてきたが,何しろ鼻もきくし勘も鋭い男だ。今日の探索は性急だったかもしれない。軽率な行動の自重を痛感しながら,何事もなく時間の過ぎさってくれることを祈る――

「お嬢さん,何処かでお会いしましたか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シックスセンス エンカウンター――魅惑のフォーランドブリッジ――(月光カレンと聖マリオ3) せとかぜ染鞠 @55216rh32275

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ