千夜子と麗と。【KAC2022第3回】

はるにひかる

他に誰も残っていない教室で


2月の中頃の或る日、誰も居なくなった放課後授業後の1年5組の教室で、千夜子ちよこれいは2人残って前後並んだ自分達の机をくっ付け、1週間後に迫った学年末テストに向けた勉強に精を出していた。


「あー、疲れた! ちょっと休憩休憩!」


 鉛筆を置いて、大きく欠伸をしながら手を伸ばし、身体を左右にくねらせる千夜子。


「直ぐに一斉下校時刻になるんだから、もう一息頑張ろうよ」


 麗は、そんな千夜子に一瞥もくれずに、自分の勉強を続けながら言った。


「だって、疲れたんだもん。それに寒いし。私の部屋か麗の部屋でやれば良かった」

「そうしたら千夜子、絶対に勉強に集中しないでしょ」

「……否めない」


 自分のボヤキにで返す麗の言葉を、千夜子は唇こそ尖らせながらも嬉しそうに認めた。


「ね、麗って、自分に第六感って有ると思う?」

「第六感。理屈では説明しがたい、物事の本質を掴む心の働きの事。……無いわよ」

「そうなんだぁ」

「小さい頃からずっと一緒なんだから、私の堪が悪い事は知っているでしょ? その点で、千夜子の方が上だと思うわ」

「……だよね……」


 麗の言葉の棘はスルーした千夜子は、机の中に手を突っ込んだ。


「第一、自分で有るって言う人、胡散臭くはないかしら? 都市伝説とか、陰謀論とかは、冗談で言っているのでも無い限りそのたぐいでしょう」

「……あ、確かに。流石は麗だね。ちゃんと考えてる」

「別に考えていないわよ? 今、ふと思っただけ」


 表情も変えずに言い放った麗は、ノートに走らせるペンを止めない。


「……やっぱり麗だわ。そんな麗に、……はい、友チョコ。ハッピーバレンタイン!」


 そう言って千夜子が差し出した手には、可愛いラッピングが施された箱。

 ここで漸く麗は動かし続けていた手を止め、顔を上げた。


「千夜子、毎年くれるよね、ありがと」

「どういたしまして!」


 千夜子からその箱を受け取った麗は、机の横に掛けた鞄を開けてそれを仕舞い、再び参考書に目を落とした。

 千夜子はそんな麗に対して特に何を言うでも無く、満足そうな目で見詰めていた。



   *****



 キーンコーンカーンコーン――。

 とっぷりと陽が沈んで教室の窓の外からの景色が暗闇に変わった午後5時、一斉下校時刻を告げるチャイムが人気の少ない校舎に鳴り響いた。


「――ふう、今日は捗ったわね。千夜子はどうだった?」

「訊くまでも無いでしょ?」


 立ち上がって体を伸ばしながら訊ねた麗に、千夜子は悪びれもせずに訊き返した。


「そうね。……そんなんじゃいずれ困るわよ?」

「分かってるよ、分かってるんだけど……」

「はい、これ」


 口許をムニンと歪ませて頬を掻く千夜子に、麗はセカンドバッグから取り出した丁寧にラッピングされた箱を差し出した。


「え?」

「本命チョコ」

「えぇっ?!」


 飽く迄淡々と告げた麗の言葉に、千夜子は激しい動揺を見せる。


「今まで友チョコも1回もくれた事無かったのに!」

「高校生になって千夜子より好きな人が出来ないから、良いかなって。それに、千夜子も小学校の頃からずっと“友チョコ”って言ってくれていたけれど、中学の頃からは本命だったでしょ?」

「あっ! ……そ、そうなんだけど、何で? さっきも第六感は――」

「――無くても分かるわよ。幼馴染として、ずっと千夜子を見て来たのだもの」


 言いながら荷物を纏めた麗は、教室の出入り口に向かって扉を開けた。

 静まり返った廊下は底冷えがしていて、ただ冷気だけが駆け抜けている。

 千夜子は身体を縮こまらせながら、麗を追う。


「じゃあ、私たち、両思いだったの? これから、恋人同士として付き合えるの?」


 麗の横について歩きながら、千夜子は訊ねた。

 しかし、麗は真っ直ぐ前を見た儘、歩調も変えずに答える。


「それは、千夜子次第ね。小さい頃からずっとだけれど最近は特に、貴女に勉強させる様に小母さんに頼まれているから。せめて、学年の半分以上の順位は取らせて欲しいって」

「……あれ?」

「だから、さっき言ったでしょう。って」

が近すぎる!」


 その叫び声が廊下に反響して行った時、麗は足を止め、千夜子の顔を見た。


「この後、うちに来て勉強の続きする?」

「行く!」

「ただし、サボろうとしたり変な事をしようとしたら、追い出すからね」

「分かってる! 麗との未来の為に頑張るもん!」

「ふふ、どうかしらね。じゃあ、行きましょ」


 そう言って差し出された最愛の幼馴染の手を取った時、千夜子は、相手の手が細かく震えているのを感じた。

 自分の手に力を籠めてそれを押さえる様に包み込むと、ボソッと「本当に頑張るから」と呟いた。


「ん? 何か言った?」

「ううん、何でも無い!」

「……変な千夜子」

「えへへ」


 満面の笑みを浮かべる千夜子と、微笑む麗。


 ――2人の幼馴染は、今、手と手を取って歩き出した――。

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