第2話


 小鳥の囀りが聞こえるような雄大な自然の中で、銃声が響きわたっていた。


「んー、よく当たるね」


「訓練してますから」


 椅子に足を組みながらタバコを吸う牧野の目の前で加賀は、ライフルを構えて次々と的に命中させていた。


「牧野さんもどうです?」


「私? 私はいいよ。慣れないことはしない主義だからね」


「扱い方くらいは覚えておくと便利ですよ」


「一応持ってるよー。ほら」


 懐から取り出された拳銃は、彼女とは似つかわしくない大きさのリボルバーだった。

 それを見て加賀は怪訝な顔で質問をした。


「それは、ご自分でお選びになったんですか?」


「これならバンバン何発も撃たなくなって一撃だからね」


「……当たれば、ですね」


「…………」


「今からでも扱いやすものに変えてもらっては?」


「いい、これを使う」


「そう意地にならずに」


「そういう問題じゃないんです」


「はぁ」


「疑ってるね? 疑ってるでしょ。私はちゃーんと扱えるんです。少し疲れるだけなんです」


 一度言い出したら聞かない彼女のことだ。今回だって何度説明しようと考えを変える気はないのだろう。

 加賀は話が平行線になる前に話題を変えることにした。

 

「今日はご出社されてるんですね」


「ご出社ぁ? あぁ、これだよこれ」


 牧野が取り出した新聞の見出しには、【新興企業海洋資源の取り出しに失敗大惨事に】とあった。

 流石にあそこまで派手に隠蔽したのだからしょうがないと言えばしょうがないのである。


「どーも最後の処理がまずかったからしくてさ。遺物の各責任者も吹っ飛んじゃったらしくてね。晴れて主任代行ですよ」


「出世じゃないですか!」


「どーだか」


「ていのいいトカゲの尻尾切りかもしれないよぉ?」


「そうでしょうか」


「だいたい遺物管理してればいいって話が、どんどん膨らんでいくんだよ。その話聞くたびに」


 牧野と加賀がその場を後にすると、先ほどまでの風景は消え去り無機質な空間が広がっていた。いつも地下にいることの多い署員に向けた会社なりの労いなのだろう。


 エレベーターフォールで、到着を待っている時に珍しく牧野が口を開いた。


「彼女さんは心配してなかった? 場所は伝えてたんでしょ」


「まぁ、Aランクの事案でもありませんでしたから。ただ、任務は任務なので詳細までは!」


「当たり前だよ」


「彼女、牧野さんも心配しましたよ。地下の爆発に巻き込まれなくてよかったって」


「……そう」


「なにか?」 


「いやいや、またお礼言っといてね。よろしく」


「はい!」


 エレベーター内で加賀は何やら嬉しそうに牧野に言い寄った。


「なんだが緊張しますね!」


「何がさ?」


「だって出席名簿見ましたか? うちのお偉いさんたちならまだしも、外部からもこんなに。牧野さんだってちゃっかり責任者になってるじゃないですか!」


「いらないこと気にしなくていいんだよ。それに私がそうなったのは施設にいた上の役職の連中がいなくなっちゃったからなんだから」


「牧野さんが吹っ飛ばしましたもんね」


「うるさいな君は。黙ってなさいよ、少しは!」


 エレベーターが開いたそこには、

シャンデリアの灯りにキラキラと映されたビュッフェが並べられ、隣を見ればビール、ワイン、葉巻、タバコとさまざまな嗜好品が取り揃えられていた。







「いやーどうも皆、集まったかな?」


 取りまとめを行う常務の声に、参加者たちは姿勢を正して向き直る。


「会議が長引いて少し遅れてしまっが、待ってる間もそう悪くはなかっただろ? 待ってる間、たっぷり食事を堪能されたはずだ。さて、皆さん所定の席へ」


 各々が決められた席へと、料理と飲み物を持って移動していく。


「さて、学校行事のようで恐縮だが、初対面の者もいるので自己紹介をしていただきたい。私は取りを務めるので」


 右隣から粛々と自己紹介がスタートしていく、自衛隊、警察の制服組のトップたち、そして与党内で大きな力を持つ大議員。

 なぜその最後は私なのだろう。


「牧野です、会社では主に遺物の管理などの取りまとめを……以上です」


「そう緊張するな」


 そう耳元で囁かれたが、しない方が無理というものである。こんな連中を敵に回せば人間の一人や二人、簡単にいなかったことにできてしまうんだろうから。


「遺物? 遺物とはなんだ」


 牧野が恐れていたように、案の定質問が飛び交うが常務は特に気にしていないようだった。


「皆さん、いろいろご質問はあるだろうがまずは話を聞いていただきたい。どうか」


 その言葉で場が静まる。


「先の大先生方にご尽力いただいた憲法、法改正、その解釈によって日本国内での我が社の設立が認められ、自衛隊、警察方のご理解によりその活動を迅速に行うことができた。日本は新たな兵器産業という国の基盤を手にすることができたのだ」


 円卓の皆が頷いている。


「今、ご協力いただいているのは主に産業の分野だが、我が社はこれから民間軍事分野への展開を考えている」


「私兵を持たせろということか? それは流石に」


「これはビジネスだ。自衛隊、警察は普段通り国を守る唯一の存在となっていただきたい。私が欲しいのはそんな役所ではなく、戦争だ」


「待ちたまえそれでは日本に戦争をしろと」


「話は最後まで聞け。要は戦争の切り売りだ。正規の自衛隊は国土を守る。では国外派遣はどうだ? もちろん海外の戦争にも手を広げる。日本は今ままで金を出し血を流さない国とされてきた。そう言ったグレーの部分を我々が代行していく。そして、我々が持ち込む武器に各軍隊は目を見張るはずだ」


「話は分かった。また我々が儲かりそうな話だ。だが、最後の目を見張る武器とはなんだ?」


「牧野、冒涜の書を」


「は。こちらに」


 その刹那、円卓から笑いが起こる。

 確かにどんな大ががりなものが出てくるかと期待して、それがただの本だったとなれば仕方ないのかもしれない。


「これは秘術だ。一章一章に人が犯すべきで無い禁忌が書かれている。だが、それを復活させることができれば死なない軍隊すら作り出せる。すでに一部は解読済みだ」


 エレベーターが上がってくる振動を感じ、言葉を発する。


「その昔、地球と異世界を繋ぐ門が存在したとのことでした。そこには悍ましい生き物たちが巣くい魔術師もいた。最終的に門は人間によって壊され。この章も人間側に見方をした魔女が管理することとなりました。……まだこの世の中には残っているんですよ。その末裔たちが、奴らもこの書を狙っているはすだ。そして、門の向こう側から持ち込まれたオーパーツ、いわゆる遺物というものも」


 「バカバカしい!」と言わんばかりに数人が立ち上がったところで、牧野は懐に忍ばせていたリボルバーで降りた人物を撃ち抜いた。

 あまりの行動に馬が騒然となるが、牧野は至って普通に振る舞っており、倒れた人物に手まで差し出した。


「ヴァーニさん、お疲れ様でした」


「降りてすぐ撃つことはないじゃないかしらねえ」


「この弾丸、人外用じゃ無いんで平気かと」


「撃たれりゃ痛いわよ!」


 呆気にとられる会場をよそに、役員が口を開いた。


「諸君、信じていただけたか? 彼女は紛れもなく撃たれたが、平然としている。そう、吸血鬼だからだ。まだお疑いであれば一人ずつ撃ってみればいい。……誰もいないということは同意いただけたと考えて宜しいな」


「んー、ええっとですね。狼男なども確認が取れておりますので、こちらは目下捜索中です」


 ヴァーニが書類を人数分円卓に置いていく。死んだと思っていた女が笑顔で横にいることに皆不気味さを隠せてはいなかった。


「この書には更なる化物を作るための手法が載っている。我々はこれを商品化し、民間軍事分野でアピールすることで、市場は動き出す。そうなれば各国が興味を示すはずだ。……そして、すでにこれを取り戻そうとしている輩がいる。そちらに対処するためにも私兵は必要なのだ」


「警察は気にするな我々でどうにかする。何かあれば連絡をくれ」


「自衛隊も同じだ」


「我々は政治家と官僚への手回しだな」


「助かる。皆、莫大な金が動くぞ。成功を祈ろうじゃないか。我々が核に次ぐ新たな軍拡競争を作り上げるのだ」


 会議後、空き部屋となった会議室のソファに牧野はどかりと体を預けた。


「ご苦労だったな」


「……これはこれは常務」


 そんな牧野に常務が声をかける。流石に上司のため牧野も姿勢を直したが、会議後にこちらに寄ってくるなんてどんな魂胆があるのかと警戒してしまうのも仕方ないことだ。


「それで、我々の施設を襲った輩の健闘はついているのかな?」


「目下捜索中ではありますがまだ。えー、なんせ施設自体がなくなってしまっているので」


「君が爆破したからね」


「えー、はい」


「そう固くなるな、あの判断は正しかった。そうでなければ我々は遺物を失ってんだからな。ただ、いつまでも襲われるだけでは不味いのだよ、牧野君」


「それはもう重々に承知しておりますよぉ。えーとどこやったかな。加賀君、あのレポートは?」


「上着の左ポケットです」


「左ポケット? あぁ、あった。現在可能性が高い人物をリストアップしております。まずは例の血縁者から」


「うむ、よろしい。引き続き取り掛かりたまえ。犯人も絞り込めたとなれば君も施設を爆破した甲斐があったと言うものじゃないか」


 重い沈黙がその場を支配する。このときばかりは空気にも重さがあると錯覚してしまうくらいである。


「今後は遺物を移動させていく必要がある。そこでた、牧野君には研究部門の取りまとめもよろしく頼む。期待している」


 バタンとドアが閉まるのと同時に牧野の体もソファへとダイブしていた。


「はぁー、もう疲れちゃったよ」


「お疲れ様でした」


「君は後ろで立ってただけじゃないか。最後にあんなこといわれちゃってさぁ。もう8時だ。人間の働く時間過ぎてるよ。帰ろう」


「遺物を安全なところに移動させないと」


「ここでいいじゃないか。あ、そうそう。なんて言ったっけ君の彼女さん、えーと」


「うちのが何か?」


「まぁ、いいや。前にさいただいたケーキなんだけどもね、どーこで売ってるか分からないかなぁ?」


「よく通ってる喫茶店のケーキだって言ってましたけど、なんならまた買ってきましょうか?」


「いやいや悪いよ悪いよ。自分で行ってみたいから。……ちょっと待って。彼女さん喫茶店に通ってるの?」


 気になることがあったらしくだらけていた体制を槙野は若干直した。


「はい。書き物の仕事をしてるので」


「作家さんか何か?」


「ライターですよ。硬い言い方すればいわいる記者。最近調子出てきたみたいで安心してるんです」


「何? それまではスランプってやつぅ?」


「いえ、部署が異動になったらしくて。彼女、もともと政治部にいたらしんですけど、今はオカルト系のようなところになってしまったみたいで落ち込んでたんですよ」


「今はー? 元気なんだね?」


「おかげさまで」


「……そう。ありがとう! じゃあ、私は帰ります」


「え、少しは手伝ってくださいよ」


「私は特別ー。そうだそうだ、来週冒涜の書の調査の同行頼んだよ」


 コートを手に取ると牧野はそそくさと帰路に着くのであった。

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