ミルタウンの生徒たち

樋渡香織

はじめに

 アメリカのニューヨーク市のすぐ北に、コネチカットとロードアイランドと言う二つの小さな州があります。

 その二つの州の北に横たわるようにボストン・レッドソックスで有名なマサチューセッツ州があります。その上にちょうど日本の北関東三県のように三つの州が乗っかっています。

 海沿いからロブスターやウニが美味しいメーン州、日露戦争ポーツマス条約締結の地ニューハンプシャー州、そしてハウスバーモントカレーとは縁もゆかりもないバーモント州があります。

 これら六つの州はニューイングランド地方と呼ばれています。十六世紀に清教徒が渡ってきて、新天地を作ってやろうと言う気概を込めて、新しいイングランド、と呼んだのでしょう。


 そんなニューイングランドにはミルタウンと呼ばれる町がいくつもあります。大抵は町のど真ん中を大きな川が走っていて、その川沿いにたくさんの赤レンガの工場跡地が並んでいます。

 そういった町の多くは貧困の状態にあり、白人がほぼ100%の近隣の村々に比べて、カリブ海や中米のスペイン語圏からの移民が過半数を占めています。慣れない人だけでなく、近隣住民にとっても異世界な、ちょっと近寄りがたい雰囲気を醸し出しています。


 ミルタウンとはその昔、水力発電を使った織物工場がたくさんあった町の事です。1900年前後には最盛を極め、多くの労働者たちで賑わったミルタウンですが、三十年代の世界恐慌から四十年代の第二次大戦、労働者運動の過熱に伴う企業の移転などで大打撃を受けました。五十年代には、多くのミルタウンが古びた赤れんがの廃墟だけが残る寂れた町になってしまいました。


 残された人も少なく、経済も停滞するこういった町は、安い家賃や政府主導の助成プログラムを目当てにプエルトリコやカリブ海、中米諸国などの移民が増えていきました。ヒスパニック系移民が白人の人口を上回り始め、残った白人の多くは近隣の村へ逃げるように引っ越して行きました。


 大した産業もない廃れた町に住む肌の色の違う人々。貧困がはびこり、治安も悪い町の公立の中学校、高校などで出会った生徒たちの物語を思い出しながら綴っていこうと思います。登場人物の名前は全て仮名です。

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