シックスセンス狂騒曲

シンギョウ ガク

シックスセンス狂騒曲


 第六感。


 視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を超える超感覚的知覚。


 どうやらトラックとの交通事故で生死の境目を彷徨った俺には、その超感覚的知覚である第六感が宿ったらしい。


 らしいというのは、俺自身が未だにその能力に関して現実として受け入れられていないからだ。


 なんでかって? そりゃあ、あまりにも突飛な能力すぎて、あり得ない、俺はすでに死んでいるんじゃなかろうかと思う気持ちの方が強いためだ。


 この世の極楽、いやこれが天国という場所なのかもしれない。


 ベッドの上で寝ている俺の身体は、事故の重大さを物語るように身体中が包帯とギブスでガチガチにされ、身動きがほとんど取れないでいる。


 なんとか動く左手を動かし、霞んで視線がぼやけた目をマッサージするが、やはり能力は発動しているままだった。


 ここまでもったいぶった物言いになったが、俺に宿った第六感とでもいうべき超感覚的知覚は『透視』能力。


 そう、物が透けて見える能力だ。


 この能力が発動しているせいで、目覚めた視界がおかしなことになっている。 


「大丈夫ですか? 返事できます? 記憶の混濁とかありますか? お名前聞いていいですか?」


 高校生の自分よりちょっとだけ年上の黒い髪を真後ろでまとめた若い看護師さんが、心配そうにこっちを覗き込んできた。


「あ、はい。記憶は大丈夫です。俺は|臥龍岡拓斗(ながおかたくと)。高校三年。トラックにはねられてここに運び込まれたんですよね?」


 名札に『鈴木』と書かれた若い看護師さんは、俺の返答を聞いてホッと安堵したような顔をした。


「よかった。記憶の混濁はなさそう。お話も普通にできるみたいだし、頭は守られたみたいね。臥龍岡さんは全身打撲、両足複雑骨折、右腕も骨折、左腕は擦過傷だったけど、全治三か月の重傷の診断が下ってます。意識ない間に二度ほど手術して両足ギブス、右腕もギブスで固められてますね。意識も戻ったようですし、何かありましたらナースコールを押してくださいね」


 心配そうに俺を見ている看護師の鈴木さんの話が、全然頭に入って来ない。


 なぜなら、発動したままの透視能力のせいで、めちゃくちゃ下着が透けて見えてるからだ!


 大人しそうな顔してても、下着が黒だなんて……人は見かけによらない――って、なんで俺は冷静に見てるんだよっ!


 思わず動く左手で自分の頬を引っ張る。


「きゃ! な、なにしてるんですか! やっぱり記憶の混濁があるんじゃないですか! 本当に大丈夫? 担当医呼びましょうか?」


 自分の頬を引っ張っていた俺の左手を引きはなそうと、鈴木さんが近づいてくる。


 おっぱい大きい……いや、寄せてあげるタイプのブラかな……。


 それにしても寄せているとはいえ大きい。


 巨乳と言っても過言ではない。


 って! 俺はまた――。


 頬を引っ張っていた左手で自身の煩悩を追い払うかのように、痛烈な張り手を自分の頬に食らわせた。


「ちょ、ちょっと! 臥龍岡さん! 落ち着いて! 落ち着いてください! ナースコール押さないと!」


 俺の奇行に慌てた鈴木さんが、ベット脇のナースコールのボタンを乱打する。


「はい、ナースステーションですけど、どうされました?」


「朝比奈先輩! 目覚めた臥龍岡さんが急に暴れ出してて! 助けてください! すぐに来てください!」


「え!? あ、うん! すぐ行くから、暴れて自傷しないよう抑えつけてて!」


「はい!」


 会話を終えた鈴木さんが、ひたすら頬を叩く俺を止めようと、左手を抑え込みながらベッドに上の俺に馬乗りになった。


「臥龍岡さん! 落ち着いてください! 大丈夫ですから! ゆっくり深呼吸をしてください! 少し混乱してるだけですし!」


 俺のことを心配して呼びかけてくれている鈴木さんだったが、透視能力のせいで攻撃性の高い黒い下着姿で馬乗りになられていること自体が、自分を冷静でいられなくさせていく。


 黒い下着のおっぱいが揺れてる。


 おっぱい、ぷるん、ぷるん。


 視線が鈴木さんの胸に釘付けになっていくと、頭に血が昇り始め、意識がぼんやりとし始めた。


 ベッドサイドモニターで心拍を測っていたため、鈴木さんの攻撃的な格好のせいで心拍数の急上昇を告げるアラームが鳴り響く。


「臥龍岡さん! しっかりして! バイタルサインがっ! 先輩! 早く来てください! 血圧180/90 心拍90超えてます!」


 これが天国ってやつか……俺の人生も最後にこんないいもの見させてもらえて、悪いものじゃなかったな。


 遠のく意識の中で、鈴木さんが朝比奈先輩と言っていたと思われる茶髪の色気のある看護師さんが、走り込んでくる姿が見えた。


 でかい……さらにでかいよ。


 おっぱい、ブルン、ブルンだよ。


 しかも、透けてる部分が多い紫の下着とか、絶対に俺を殺しに来てるだろ。


「バイタルさらに上昇! 朝比奈先輩! 藤堂先生呼びますか!?」


 看護師さんが黒と紫の下着なんて信じられない……。


 あと二人とも紐パンなんて不潔ですっ!


 刺激が強すぎる二人の姿を見て、頭に血が昇りすぎて、逆流した血が鼻から流れ出した。


「しゅ、出血! 鼻腔から出血です! 頭部見えないダメージがあったんじゃないですかねっ!」


「そんなわけが!? CTもMRIも問題なかったって藤堂先生が言ってたし!」


 朝比奈先輩と呼ばれた看護師さんも、鼻血をドクドクと垂らして心拍アラームを鳴らしている俺を見てうろたえた様子を見せている。


 違うんだ……この血はそういう重大なものから出た血じゃなくて――


 うろたえてた朝比奈さんが、電話を取り出し、誰かと喋っているのが見えた。


「藤堂先生! 交通事故で運び込まれた臥龍岡さんが意識を取り戻されました。ですが、意識の混濁が見られ、暴れ出し、バイタルが安定せず、鼻腔からの出血も確認されてます。どうしましょう。鎮静剤入れます?」


 通話の相手は俺の手術を行った担当医らしい。


 様子があきらかにおかしい俺を心配して、担当医まで確認の連絡をしてくれたようだ。


 現状、俺には綺麗な看護師さん二人が下着姿のエロエロな格好に見えて、色んな意味で危険な状況なだけであって、命の危険があるわけじゃない。


「確認しに来られます? え? あ、はい。準備だけはしときます! 萌音もね、ちょっと準備してくるから、臥龍岡さんの様子見てて」


「せ、先輩! 無理です! 出血もあるし、意識の混濁、バイタルも安定してません!」


「あんた、看護師でしょ! しっかりしなさい!」


 ですです。二人とも冷静になってください。


 俺はただひじょーに刺激の強い二人の姿を見せられて、色々と我慢の限界が近づいてるだけなんで!


 それにしても、鈴木さんって下の名前、萌音もねって言うのか。


 鈴木萌音さん……いい名前。


 外見は大人しめだけど、下着は攻めてますってギャップが……って、違うわ――!


 やましい妄想に流れそうなった自分に活を入れるため、再び強く張り手を喰らわす。


「臥龍岡さん! 朝比奈先輩、私、頑張りますから! 早く行ってきてください!」


 暴れる俺に馬乗りになったままの鈴木さんが、身体を密着させて抑え込んでくる。


 萌音さん、それはアカンです! くそう、ここは地獄か天国か!


 逝く、逝ってしまうぅううっ!


「萌音すぐに戻るからねっ!」


 朝比奈先輩が病室から立ち去っていく姿が見えたが、お尻もセクシーでプリンプリンだった。


 もう俺は普通に生きていけないかもしれない。


「はぁ、はぁ、はぁ、臥龍岡さん! もう少ししたら藤堂先生も来ますから、頑張って!」


 近い、近いですよ。萌音さん、吐息が俺の首筋に当たりますからっ!


 そういうプレイですか? 違いますよね? 違うって言ってくださいよ!


 身動きを封じられた俺は、馬乗りまま萌音さんに密着され、抑え込まれていた。


 その間も鼻から流れ出る血はとめどなく垂れていく。


「先生、鎮静剤準備しました。臥龍岡さんの状態の判断をお願いしますっ!」


「ああ、ちゃんと見るわ。CTもMRIでも異常がなかったんだけど、何か見落としてのかも」


 病室の外からはさっき駆け去った朝比奈さんの声とともに、別の女性の声が聞こえてきた。


 扉が開き、朝比奈さんと一緒に入ってきたのは、白衣を着たひっつめ髪の眼鏡をかけた三〇代と思しき美人女医さんだった。


 私、脱いだら凄いんです……ほんと、凄すぎですっ! 布面積ほとんどないなんて卑怯ですって!


 おっぱい、ばいんばいんじゃないですかっ!


 この病院はおっぱい大きな人しかいないんですかっ! そういう人集めてるんですかねっ!


 そういう不意打ちされると心の準備が――


「血圧さらに上昇、200/100 心拍130超えてますっ! 鼻腔出血量増大! 藤堂先生、まさか脳内出血とかじゃ!」


「分からないっ! とりあえず意識を保たせるため呼びかけ続けてちょうだい!」


「臥龍岡さん! 意識を保ってください! 臥龍岡さん! こっち見て! ちゃんと見てて!」


 萌音さん、見てますからバッチリと見てますっ!


 黒の下着姿、目に焼き付けてますからっ!


 朝比奈さんも何か準備してるみたいだけど、お尻こっちに向けられると目が釘付けにっ!


 藤堂先生に至っては、下も布面積少ないじゃないですかっ! そんなエッチなことに興味ありませんけどって感じを醸し出してるくせに、一枚脱いだらエロエロなんですかっ! 不潔ですっ!


 身動きの取れない俺は三人の美女の下着姿を見せつけられて、逝き地獄を体験させられている。


「朝比奈君、どうも様子が怪しいので鎮静剤を入れる。緊急で脳の再検査を行おう。もしかしたら、病変を見落としてた可能性もある」


「はい、準備はできてます。萌音、臥龍岡さんが暴れないよう抑えてて!」


「はい!」


 さらに萌音さんが密着して俺を強く抑え込む。


 彼女の大きな胸が、俺の身体に触れた。


 これが極楽――


 そこで俺の意識は遠のいていった。



 三か月後、リハビリこそ残っているものの俺の怪我は癒え、通院に切り替わるため、病室を去ることになった。


 不思議なことにあのあと目覚めると、覚醒したはずの透視能力は見事に消え失せてしまい、あの時俺が見ていた三人の下着姿は、妄想だったのだと思うようになっていた。


 あまりに突飛な能力の一時的な発現であったこともあり、あの時のことは全て俺の心の中にしまってある。


 きっと、事故の後遺症で視覚や意識が安定しておらず、白昼夢でも見たのだろう。


「臥龍岡さん! 退院おめでとうございますっ! これからリハビリもあると思いますけど頑張ってくださいね! これ、私の連絡先。勤務中だから、もう行かないといけないけど暇な時はデートくらいするわよ」


 退院の準備をしていた俺のもとに萌音さんが、祝いの言葉を言いに来てくれた。


 だが、俺は彼女の言葉に返答できず固まってしまう。


 そう、なぜなら、萌音さんが今日は真っ赤なえっちい勝負下着を着て、俺の前に立っているのが見えたからだ。


 まさか……これって、あの時の……落ち着け俺!


 取り乱すな! クールに行こうぜ! 萌音さんとは入院生活でけっこういい感じになったと思う。


 本人もデートくらいはしてくれるって言ってるし。


 信頼関係が大事なんだと思うんだよ。


 努めて冷静さを保とうとしたが、つい口から言葉が漏れ出した。


「萌音さん、今日の下着って真っ赤なえっちい勝負下着付けてます?」


 途端に萌音さんの顔面が真っ赤に染まり、次の瞬間、俺の頬に衝撃が走った。


「――って!」


「臥龍岡さんの馬鹿っ! そ、そそそんなわけないでしょ! て、いうかべべべつに意識してるわけじゃないしっ! もう知らない!」


 ぷんぷんと怒り出した萌音さんが病室から立ち去ろうとしたが、その手を取ると俺は言葉続けた。


「真っ赤なえっちい勝負下着の萌音さんも大好きですよ。今度、リハビリ兼ねてデート誘うんでお願いしますね!」


 恥ずかしそうに俯く萌音さんが、俺にはたまらなく愛おしく感じた。

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