灰色を生きる
ラム肉太郎
プロローグ
プロローグ
昔々、あるところに、子供と大人が手を取り合って暮らしている施設がありました。
その施設の子供部屋には、何冊かの本と絵本がありました。大人の部屋には本がなかったので、そこに住む少年少女たちは、本は子供のものであると思っています。そのため、子供部屋にある本を、実際に手に取る子はほとんどいませんでした。しかしある少女とある少年はその限られた本に夢中になりました。ひょろりと背の高いやせっぽちの少女と、同じくやせっぽちだけど頬がふくふくとした少年です。
少女は少年に本を読み聞かせています。少年は真剣な表情で少女の読む『グスコーブドリの伝記』に耳を傾けます。少年は少女の鈴のような透明な声が好きでした。だから、子供部屋にある本をもう自分で読めるというのに、少女に読み聞かせてもらいます。それが二人の日常でした。
「お前たちはいい子供だ。けれどもいい子供だというだけではなんにもならん。わしといっしょについておいで。もっとも男の子は強いし、わしも二人はつれて行けない。おい女の子、おまえはここにいてももうたべるものがないんだ。おじさんといっしょに町へ行こう。毎日パンを食べさしてやるよ。」そしてぷいっとネリを抱きあげて、せなかの籠へ入れて、そのまま、
「おおほいほい。おおほいほい。」とどなりながら、風のように家を出て行きました。ネリはおもてではじめてわっと泣き出し、ブドリは、
「どろぼう、どろぼう。」と泣きながら叫んで追いかけましたが、男はもう森の横を通ってずうっと向こうの草原を走っていて、そこからネリの泣き声が、かすかにふるえて聞こえるだけでした。
ブドリは、泣いてどなって森のはずれまで追いかけて行きましたが、とうとう疲れてばったり倒れてしまいました。
彼女はそのまま『グスコーブドリの伝記』を続けて読もうとしましたが、少年はそれを遮ります。
「ネリはどうなったの」黒目がちの幼い瞳は不思議そうに揺れます。
少女は曖昧に笑いました。少年は、何でも知っている少女が、そういった曖昧な態度を取る時は、大抵、自分を子供扱いする時だと理解しているので、ムッとして、「僕だってもう、『忘我の十訓』だって上手にとなえられるもん、教えてよ」とそっぽを向きます。少女は、少年のの刈り上げられた丸い頭を愛おしそうに撫でながら、困った顔をして、
「女の子はね特別なの」とはぐらかします。
「なんで特別なの?男の子のほうが力があって足だって早いよ?どうして?」
「でも賢さは男の子と女の子の間に差ががないじゃない?」
「でもさ、でもさ、おんなじ賢さだったら力が強いほうが特別なんじゃないの」少年は食い下がります。
「それは」少女は口ごもります。その表情をみた少年は生まれて初めて、少女を言い負かせたことに得意になって、「僕だって馬鹿ばっかりやってないもん」と笑います。いつも少年がわらうと、少女はつられて笑うのに何故か彼女は口ごもりながら、うつむきます。
その時、大人が少女と自分を呼びました。二人とも祈祷室に行く必要があるそうです。なにやらお勤めがあるようです。少年はお勤めは今日が初めてだから、お姉さんに教えてもらえよと大人は項垂れます。
少年は、お勤めの時間になると、少女が祈祷室に行くのが嫌いでした。だから今日から一緒にお勤めができるのがとても嬉しく、「がんばります」と元気に返事をしました。大人は複雑な表情をして少年をみつめました。
「この子はまだ子供です」少女はいつもの凛とした鈴の音のような声ではなく、怒りを滲ませた鋭い声で大人を睨みつけました。少年は子供扱いされたことにムッとして、「僕だってもう大人だもん『忘我の十訓』だって唱えられるし、掃除だってじょうずだし、御尊師様の教えだってきちんと守ってるもん」と叫びます。そうして少女にすがります。少年は少女にもう子供ではないと認めてもらいたいのでしょう。
少女は毅然とした様子で、しがみつく少年を強い力で払いのけ、「私はお勤めを今日は二倍こなします。だから、この子だけは」と大人を睨みつけます。
「三倍だったら御尊師様も喜ぶと思うぞ」
先程、少年に向けた憐れむような表情打って変わり、大人はなんだか気味の悪い笑顔を少女に向けました。少年は『やめろ』と叫びたかったのですが、この大人は怒るといつも子供たちのお尻を力いっぱいペンペンと叩きます。それが怖くて、結局少年は大人に対して強い言葉を口にすることが出来ませんでした。
「分かりました。有難うございます」少女は震える声でうつむきました。
「お姉ちゃんの馬鹿、馬鹿ったら馬鹿。僕だってお勤めできるもん、ちゃんとするもん。だから連れて行ってよ。」少年は大人にぶつけられない怒りを少女に向けます。彼の頭の中はもう、少女に子供ではないと認めてもらって、一緒にお勤めに行くんだという使命感でいっぱいでした。
「うるせえんだよ」
大人はそう、一喝し、少女と子供部屋を出ていきました。少年はなんだか、少女と長いお別れになる予感がして、子供部屋を出て大人を必死に追いかけます。しかし少年は大人に蹴飛ばされてうずくまります。子供部屋に居た他の子供達が少年を部屋に連れ戻します。少年は一晩中わんわんと泣き叫びました。少女はもう二度と子供部屋に戻ってきませんでした。次の日のお勤めは、少年ではなく別の少女が選ばれました。
それから十五日後、青い服を着た大人たちがゾロゾロと子供部屋に入ってきました。少年は子供部屋を出ることになりました。
そして黒と白のヘンテコな車に乗せられました。車はどんどんと進みます。施設の周辺の、緑の景色から灰色の不思議な建物がたくさん並んでいる景色に変わりました。
「ボクはもう自由だよどこに行きたい?」少年の隣りに座っている青い服の大人は尋ねます。
「祈祷室」
少年はそう答えてうつむきます。
「君はもう自由なんだよ」大人は困ったように言います。
「お姉ちゃんはどこ」少年はそう尋ねると大人は黙って彼の手を握りました。暑い暑い夏のことでした。
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