妹の友達は大手企業のお嬢様

 自宅に荷物を降ろし、また二人で出発した。今度は車を返却しないとだ。自宅からは、それほど距離もない為、十分程度で到着。アプリで精算を済ませた。


「ふぅ、これでカーシェアリングは終了っと」

「今日一日お疲れ様、お兄ちゃん」


 辺りはすっかり夜。十九時を回っていた。今夜は熱帯夜らしく、日が落ちても汗ばむくらい暑かった。


「歩花も付き合ってくれてありがとう」

「ううん、いいの。わたしにとってお兄ちゃんと過ごす時間が一番だから」


 その気持ちは嬉しすぎる。今日の疲れが吹っ飛ぶようだった。



 ――そのまま歩き続け、自宅まで辿り着く。玄関を開ければ、先ほど『Snowスノー Parkパーク』で爆買いした車中泊の品々が山積みされていた。


 うわ……これは整理が大変だ。


「仕分けは明日にして、今日はもうゆっくりしよう」

「うん。賛成~! じゃあ、わたしお風呂行ってくるね。お兄ちゃんも一緒に入る?」


 俺の手を取っていざなおうとする歩花。聞く前から連れていく気満々だ。けれど、足はガチガチだし、すっごく無理をしている。察するに、これはガチの裸の付き合いを所望しているようだ。……それはマズイ。


「せ、せめて水着にしてくれ。ほら、以前はそうしたじゃないか」

「そ、そうだね。そうしよっか! 背中流してあげるねっ」


 歩花は、水着に着替えに行った。

 最近、一緒にお風呂に入る機会が増えたな。まあ、水着なら構わないか。



 ――以前と同じように風呂を済ませ、楽しすぎる入浴を終えた。可愛い妹と一緒に風呂まで過ごす……至福の一時すぎて頭がポワポワしていた。


 リビングでキンキンに冷えたクロ烏龍茶ウーロンを味わっていると――スマホが激しく振動した。俺ではない、歩花のだ。



「電話だぞ、歩花」

「ああ、うん。……って、紺ちゃんだ」

「へえ?」


 狐塚ちゃんか。こんな時間にどうしたのだろう。忘れ物でもしたのかな。不思議がっていると、歩花は唐突とうとつに驚きの声を上げた。



「――ええッ!? 紺ちゃん、家の前にいるの? 泊まらせて? なんで!? ……うん、分かったけど……うん、とりあえず迎えに行くね」



 電話を切る歩花は、困惑した表情を俺に向けた。これは何か一波乱ありそうな予感。


「どうした、狐塚ちゃんに何かあったのか?」

「うん。紺ちゃん、家に帰れないみたい」


「は? 家出?」


「詳しくは分からない。玄関に居るみたいだから家にあげちゃうね」

「仕方ないなぁ」



 玄関へ向かい、扉を開けるとそこには狐塚がいた。今にも泣き出しそうな、そんな顔。辛そうじゃないか。さっきはこんな表情はしていなかったのに。どうしたんだかな。



「こんばんは……回お兄さんと歩花ちゃん」

「どうした、狐塚ちゃん。まずは落ち着いて事情を聞かせてくれ」


「……はい。実は、お財布とか家の鍵も全部落としちゃったんですううぅぅ……! 幸い、スマホはあったんですけど、家の電話に繋がらなくて絶望しているんです。助けてくださいぃぃ……」



 わんわん泣く狐塚。

 ――って、そういう事情かよ。それは一大事じゃないか。家に帰れないって。しかし、スマホ以外全部落とすって、どうしたらそんな事態になるんだか。


「紺ちゃん、なんでスマホだけあったの?」


 俺の違和感を歩花は、代わりに聞いてくれる。ナイスだ。


「それがね、スマホはハンタークロスカブのスマホホルダーに刺していたから、無事だったの。でも、それ以外は何処かに落としちゃって……うあぁぁん、どうしよう……」


「ちょ、ちょっと! 紺ちゃん、どこ触ってるの……そこ、お兄ちゃんにも触られた事ないのに……ダメぇ!!」



 ちょ! 狐塚ちゃん、暴走して歩花の胸に突撃している。猪突ちょとつ猛進もうしんだ……! てか、歩花の胸にあんな顔を埋めて……女子同士だから問題ないけど羨まし……ち、違う!


 それより、歩花が顔を真っ赤にしてなまめかしい。はぁはぁと息を乱し、体をびくびく振るわせている。そういえば、歩花って結構敏感なんだよな。


 俺は、この状況を見守っている事しかできないのか……! いや、だけどこの謎の百合フィールドを邪魔したくない気持ちもあった。これはこれで……。


 スマホでパシャリ、っと。



「……ふぅ」

「ちょっと、お兄ちゃん。写真撮ってないで助けてよ!?」



 ――ハッ。俺は何やってんだ。美少女二人がじゃれ合っていて、つい見惚みとれてしまっていた。そんな場合ではないというのに。



「こ、狐塚ちゃん。歩花から離れてくれ」

「す、すみません。つい……」



 歩花が困っているので、狐塚ちゃんを引き剥がした。ようやく解放された歩花は、涙目で息を乱し、腕で胸を防御ガードしていた。地味にトラウマになっているようだな。


「もぅ! 紺ちゃん!」

「ご、ごめん、歩花ちゃん。みだしちゃった……本当にごめん。だから、泊まらせて欲しいの」

「良いけど、もうベタベタ触らないでね。わたしに触っていいの、お兄ちゃんだけなんだから」



 ぷんぷんと歩花は怒る。か、可愛い……。しかも、俺なら触れていいのか。それを聞いて試したくなってきた。


 悪戯心が発動した俺は、歩花の腰に手を回す。



「どうかなっと……」

「……え、お兄ちゃん。そ、そこは……ふにゃぁぁぁ……」



 目をグルグル回す歩花は、脱力して倒れそうになった。俺はあせりながらもギリギリで支えた。あっぶね……!



「回お兄さん、歩花ちゃんが倒れちゃいましたよ!?」

「どうやら、刺激が強すぎたみたいだ」

「腰に触れただけで??」


 きっと嬉しすぎて昇天しちゃったんだろうな。それを証拠に歩花は笑って気絶していた。……腰に手は回さない方が良さそうだな。



 狐塚ちゃんを家に招いた。

 リビングへ戻り、歩花をソファに寝かせた。いつもながら可愛い寝顔だ。



「歩花は起きそうにないな。寝かせておいてやろう」

「はい。……ところで、その本当に良かったんですか?」

「いいよ。歩花の友達だし、それにこれから旅も共にするんだろう。親睦を深めておいて損はないさ。はい、飲み物」


 俺はグラスにクロ烏龍茶ウーロンを淹れて、テーブルに置く。狐塚は、のどかわいていたのだろう、グラスに口をつけるなり、勢いよく飲む。今日は暑いもんな。


「……美味しい。クロ烏龍茶ウーロンなんて初めて」

「そうか。脂肪の吸収が抑えられておススメだぞ。と、言っても狐塚ちゃんはスタイル抜群だし、そんな必要もないか」


「い、いえ……普通ですよ」


 照れくさそうに視線を外す。

 普通どころか手足が細くて、スラっとしている。とにかく清潔感が漂う。



「狐塚ちゃんって、お嬢様? なんか品があるよね」

「……うぅ」

「図星だね。教えてくれ、君のこと」


「そうですね、お互いの事をあんまり知らないですし……では、自分から話しますね。あたしは『Snowスノー Parkパーク』を経営する父の娘で――」



 ……え。


 ……え?



 Snowスノー Parkパーク??



 嘘ォ!!

 本日利用した店舗名を耳にし、俺はぶったまげた。鳥肌さえ立った……あの大手アウトドア総合メーカーの『Snowスノー Parkパーク』の娘かよ!!

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