「曲の合間に、篠倉先輩がわたしのお弁当見て、唐揚げを欲しそうにしてたから一つあげたの。それで『こういう手作りのお弁当、いいなぁ』って……」

「あー、分かった。麻友子は『よかったら作ってきましょうか』的なことを言っちゃったわけね」

「来週の火曜日、『先輩の分もお弁当作ってきます!』って、言っちゃった……」

「言っちゃったか……」

 私は帰宅部だから放送部のことは基本ノータッチだけど、そこにお弁当が絡んでくるとなると事情がちょっと違ってくる。

 なぜなら、麻友子のお弁当は、麻友子ではなく麻友子のお母さんでもなく――この私が作ったものだからだ。

「理瀬、どうしよう~」

 麻友子はひどく狼狽えていた。いっぽう、私は溜息しか出ない。

「どうするも何も、作るって約束したんだから、やるしかないでしょ」

「理瀬、作ってくれるの?」

「何で私が」

 にべもない返事をすると、麻友子は握りしめていたお弁当箱の包みをちらりと見やった。

「だってこれ、理瀬が作ってくれたお弁当じゃない」

 私が麻友子のお弁当を作るようになったのは、去年のこと。

 高校に入学して、初めて話しかけてくれた女の子が麻友子だった。私は同性の子と話すのがちょっと苦手だったから、麻友子の方から近づいてきてくれて嬉しかった。

 小学校からの幼馴染である晴哉も同じクラスだったから寂しいことはなかったけど、麻友子がそこに加わって、私の高校生活はさらに楽しくなった。

 私と晴哉がお弁当を広げる横で、寂しそうにコンビニの袋を取り出す麻友子に気が付いたのは、しばらくしてからだ。

 事情を聞けば、麻友子のお母さんは看護師をしていて忙しく、毎朝お弁当の代わりに五百円玉を渡されるのだという。

「お母さんが大変なのは分かるけど、コンビニのご飯って何だかちょっと寂しいなぁ。でもわたし、料理できないし……」

 俯く麻友子を見ていたら、私の口から自然と言葉が出た。

「よかったら、麻友子の分のお弁当、私が作ろうか?」

 私も親が共働きで、中学生の時から自分のお弁当は自分で作っていた。料理自体嫌いじゃなかったし、同じおかずでよければ一人分作るのも二人分作るのもたいして変わらない。

 私の提案に、麻友子はにっこりと頷いた。

 以来、私が毎日お弁当を二つ作り、麻友子のランチ代から必要経費をもらっている。

 篠倉先輩が『いいなぁ』と言ったのは、私が作ったお弁当だ。それは事実だけど、だからって私が先輩にお弁当を作るなんて……。

「あのさぁ」

 そこへ、今まで私と麻友子のやり取りを黙って聞いていた晴哉が口を開いた。

「弁当作ってくるって約束したのは麻友子なんだろ。自分でやんなきゃ、篠倉先輩との約束破ったことになるんじゃねーの?」

 その言葉は至極もっともだ。だが麻友子は、しゃがんで頭を抱え込んでしまった。

「ええぇー、わたし、料理なんて無理だよぉ~」

 困り果てているその姿は、同じ女子である私から見ても本当に可愛い。私はそんな麻友子の肩にポンと一つ手を置いた。

「晴哉の言う通りだよ。麻友子が自分で作るべき。一週間後なら、練習すればなんとかなるって」

「れ、練習……?!」

「そう、練習。私の作るお弁当って、そんなに難しいおかず入れてないし、一週間あれば麻友子にだってできるよ。大丈夫、大丈夫!」

「……理瀬、一緒に練習してくれる?」

「もちろん。いくらでも付き合う」

「ううぅ……分かった。やってみる!」

 私の手にすがって、麻友子はようやく立ち上がった。その目には、さっきまではなかった闘志のようなものが宿っている。

「よーし、こうなったら頑張る! 唐揚げと卵焼きは絶対入れたいし、あとは……ねぇ、理瀬!」

 麻友子の頬は微かに上気して、薔薇色に染まっていた。期待に満ちた瞳が私を捉える。

「何?」

「おいしくて、簡単にできて、でもそれなりに凝って見える料理、ある?!」

 私は可愛らしく小首を傾げる麻友子に向かって言い放った。

「――そんな都合のいい料理、あるわけないでしょ!」


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