夢のカフェ(ショートショート)

海風りん

夢のカフェ

「いらっしゃいませ」

鄙びた喫茶店のマスターが、チラリと視線をよこし、低い声で言った。

「こっ…この店には最高の快楽があると聞いてきました」

緊張していた僕は、コーヒーも頼まず、いきなり本題を言ってしまった。

「どんな美味い料理も、最高の交わりも、心地よい眠りも凌駕する快感を味わえるそうですね。ぜひ頂けませんか?」

マスターは、僕の顔から足元に舐めるような視線を這わせ、最後にもう一度、僕の目をみた。

「覚悟はできてるのかな?」

その言葉を遮るように、力強く頷く。

間髪をいれず、マスターの細くて力強い指が、僕の首に巻きついた。

「本能の欲求より強い快感は『死』さ。それ以上があるかい?」

反論も抵抗もできず、ニヤリと笑うマスターの顔が薄れ、意識を失った。


その後、道端に倒れていた僕は、ぼんやりと目を開けた。そのとたんどっと蘇ってくる記憶。

あぁ。僕は生きている!喜びと安堵が全身を駆け巡る。

なるほど。これ以上の快感はこの世にはない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢のカフェ(ショートショート) 海風りん @umikaze_rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ